おもいつき@雨の日のひととき

あさまん@天川瞳

短いお話

そとは頻りに雨が降続いている。

店の中には初老の男性。この小さな喫茶店の店主だ。

小さい見せながら立地はよく、窓から眺めるけしきはそれはもう心地よい。あれた日の昼下がりには近所のマダムたちが足繁く通うほどだ。

森と川が一望できる。

けれども、こんな天気の日にはそんなにぎやかなご婦人たちもやってこない。穏やかな日だ。

店に流れる小粋なジャズソングと雨水が滴る音をBGMに緩やかな一日を過ごす。

こんな、穏やかな日にはきまってあの女性が姿を現す。

おしとやかで慎ましやかな人。時々私が話しかけると、優しくほほえむすてきな人。

ほら、やってきた。

かすみガラスの向こう側。店のドアをあけるシルエットはまさにその人だ。

「こんにちは、マスター」

「いっらっしゃいませ」

柔らかいくちょうで、その人は店主と挨拶を交わす。

そとは肌寒いのだろう白いワンピースの上から栗色のカーディガンを羽織っていた。

この日もまた、窓際の席に座り、暖かい紅茶とチーズケーキを頼む。

チーズケーキは店主の手作りで、とても評判が良い。

甘すぎないのが特徴で程良い焼き色でふわふわ、ついついその匂いにつられて手をだす。

その度によくしかられたものだ。

店主がテーブルの上に砂時計をおく。

茶葉を蒸らす時間。

淡いエメラルドグリーンの砂が不規則に落ち、時間の経過をゆるやかに知らせる。

彼女はそれをいとおしそうに見つめながら砂が落ちきるのを眺めていた。



雨足が弱くなってきた。

どんよりとした雲は徐々に薄くなり、日の光が下界にうっすらと明るさを送りだしはじめた頃。

彼女はペンを片手にもくもくと文字を書いていた。

彼女に気を使い、ケーキの皿は片づけられ、座席の横に紅茶がとりやすいように配膳用の台車を店主が用意していた。

彼女は世界を作ることができる。

彼女にしかない不思議な世界。

私はとてもそれに興味がある。

だからだろう、気が付くと自然に彼女の元へ歩みを進め、何を書いているのか声をかけている。

「あら、いらっしゃい。今日も元気ね」

「ーーーーーーもちろん」

「今は、ファンタジーを書いているのよ」

「ーーーーーーファンタジー?」

「ええそう。村人の少年が冒険にでかけて、世界中を旅するお話。旅のお供にあなたのような可愛らしい子も一緒。きっとすてきなお話になると思うの」

「ーーーーーー私もいろんな場所に行くことが好きだ」

「ええ、そうね、そうでしょうとも」

それから彼女は彼女が紡いでいる物語を楽しそうに私に語り出した。

私はその話しを聞きながら相づちをうつ。

穏やかな雨の一時。

濡れることを嫌い外出できない退屈な時間を忘れさせてくれる。

物語の少年たちが、楽しそうに冒険する姿が想像できる。

それを語る彼女はとてもきらきらとして眩しい。

いや、彼女が眩しいわけではなかった。

日差しだ。

日差しも彼女の物語に耳を傾けているのだろう。

ふと、窓ガラスごしに空を見上げる。

雲の切れ間から青空が顔をだしていた。

「どうやら、雨が上がったようね」

そういうと、彼女は、残りの紅茶も飲み干し、身支度を整えだした。

「ありがとう、私の話につきあってくれて」

「ーーーーーーこちらこそ」

彼女は、また雨の日にといって、くもりガラスの向こう側へ消えていった。

さて、私も出かけよう。

店主に一声かけて。

どんよりとした雲は消え、空にはすっきりとした青が広がっている。

道ばたには水たまり。

その横を通る私。

そこには嬉しそうには顔をしている私が映っていた。

自由気ままな一人たび。

なぜなら私は、

猫なのだから。

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