エピローグ

 

 差しこむ陽光が、眠気を誘ってくる。


 時間には密度があることを俺は知っている。

 だからこそ、こんな気持ちのいい天気の日は、のんびりと、ゆっくりと相対的に時間の流れは、おそくなることだって知っているのだ。


「あぁ、だけど、ダメだ。いま眠るわけにはいかない。今日をすっぽかしたらきっとエラスムスのじいさんに怒られる、いや、絶対か」


「チュンチュン、チュチュ、ちゅん」


 小鳥のさえずりが俺の意思をくじこうとしてくるが、彼らの思惑に乗るわけにはいかない。

 突っ伏していた書斎机から顔をあげ、ぐっと凝り固まった背筋をのばす。


 かたわらの棚をひとつあけて、分厚い包みを取りだす。先日、魔術大学から貰ったものだ。


 ーーコンコン


 軽快なノックとともに、ひとりの若い紳士がはいってくる。


「サラモンド様、お時間でございます。そろそろ行かなければーー」

「ああ、今行きますよ」


 分厚い包みを小脇にかかえ、机のうえの書類をカバンに詰めこんで俺は部屋をあとにした。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 突如としておきた不可思議なる大事件ーーレトレシア魔術大学の謎の崩壊も、もう人々の話題には登らなくなった。


 街いく人々の顔は平穏の日々を取り戻している。


 幸いにもあの事件での、死者は報告されていない。

 皮肉なことだが、どこかの悪魔のおかげなのだろう。


「サラモンド様、それでは魔術大学でまた会いましょう。絶対に来てくださいね? 『無断欠勤の魔術師』なんて、不名誉すぎる二つ名は嫌でしょう?」


「ええ、わかってます、わかってますって」


 若い男は念入りに釘をさして、角の向こうへと消えていく。


 すぐ横の見慣れた豪邸へ視線をむける。


 この一年間、変化した生活にも慣れたものだ。


 俺がもう、この屋敷ーーパールトン邸に住む事はなくなった。


 なぜかって?


 それは、立場の問題だ。


「あっ、サリィだ!」


 元気な声に、我にかえる。

 視線をややさげると、すぐに視界下から青いポニーテールがはえてきた。


 やれやれ、まったくこの子は。

 相も変わらず、ぺろぺろ待ったなしに可愛いな。しかし、俺はもう彼女の従者のひとりというわけではないのだから、そんな事してはいけない。


 もう気安く呼べる仲ではないのだと、わからせてあげなければ。


「んっん、あー、ミス・パールトン、その呼び方はやめなさい。俺たち、いや、わたくしたちはもうそんな気安く接していい仲ではーー」


「何よ、その呼び方! サリィこそ、その呼び方やめてよね! それに、何してるの。はやく入ってこないの? はやく来ないと、もうサリィの事なんて家に入れてあげないんだからー!」


 地団駄をふむ青髪のレディーーレティスはそういうと、プイっと顔をそむけてしまった。


 まったく、俺もダメだな。

 彼女にこうされると、どうにも敵わない。

 俺、もうレティスの家庭教師じゃないのになぁ。


「あー……はい、そうですね、すみません、レティスお嬢様。だけど、レティスお嬢様も、もう立派なレディなのですから、あまりそういう振る舞いはーー」


 もちろん、俺的には全然問題ない。

 むしろウェルカム、ウェルカム、カモンカモンだけれど……プラクティカに彼女のことも任されてしまった以上、その行動には口を酸っぱくしないといけない。


 レティスには、プラクティカの魂の一部が溶けこんでいる。

 それはつまり、少なからず悪魔の秘術の影響を受けていることを意味する。


 彼女の年齢にそぐわない幼さは、老いから遠ざかる悪魔の力の影響だ。


 その影響は、レティスの中にプラクティカがいる証でもあるが、同時に生涯つきまとう呪いでもある。


 幸いにも、ゆっくりではあるが精神年齢も成長している。話もわかるので、教育次第では十分に年相応の振る舞いをすることができるはずだ。


 だからこそ、俺たちは頭を悩ませなければいけないのだがーー。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 再建された荘厳なる校舎。

 迅速な手回しにより、ローレシア王家と密に連携を取ることで、復活した魔法王国最高の学び舎。


 わちゃわちゃと、混雑する廊下で出番をまつ。


「緊張していませんか、サラモンド先生」


 すぐ傍で、格好が付くようにと、ついて来てくれた黒髪のメイドが、小首をかしげて聞いてくる。


「緊張、なんてしてませんとも。ミス・アヤノ」


「その呼び方やめてください」


「……さいですか。本心を言えば緊張してますよ。けれど、これは先をいく偉大な魔術師が譲ってくれた務めです。それに俺の生涯の使命である、魔法の普及、のためにも、ここ以上の場所はありませんしね」


「たしかに。ん、どうやら出番が来たようですね」


 アヤノはまっすぐ前を向き、チラリと黒瞳をこちらへ。


「では、いってらっしゃいませ、旦那様」


 やや大きめの声で、しっかりとそう告げ、アヤノは淑やかに、ぺこりと一礼をする。


 目を見張り、呆気にとられていると、アヤノがスッと顔をあげた。


「ぁ、あの、恥ずかしいので、はやく、行ってきてください……っ」


 気恥ずかしそうに頬を染め、背をぐいぐい押してくるアヤノに促され、たたらを踏む。


 まったく、なんだよ、旦那様って……。


 最高の学び舎、その中庭、以前よりずっと大きくなった『オオカミ庭園』に設営された壇上を、ゆっくり歩く。


 1年前の出来事より、プラクティカから継承した役割が、ついに今日よりはじまるのだ。


 ひろく広がる芝生のうえ、多くの生徒たちが真新しい装いを着込み、席に座して、俺の登壇に息を呑んでいる。


 春の日差しが気持ちよく、なんだか眠たくなってきた。


 ああ、いいリラックス具合だ。

 誰のおかげだろうか。


 ほくそ笑み、睥睨する生徒たちへ口を開く。


「長らくお待たせいたしました。一年前の不幸な事故を乗り越え、今日、ここに皆さまとお会いできた事を、そして、このレトレシア魔術大学に迎えられたことを大変嬉しく思います。

 えー、ではこれより本大学の第399回入学式ーー」


 声の張りを意識しながら、一言一言、練習通りに声にしていく。


 ん、いや、待て、何か忘れたような。


「サリィ! サリィー! まずはサリィの名前を名乗らないとよー!」

「お嬢様ぁぁぁああー! お下がりくださぃぃい!」


 目を覆いたくなる大事件。

 青髪ふりみだす少女を、血相変えた老紳士が追いかけてこちらへ向かってくる。


 なんで、入学式なのにいるんだいって叱りたいが、今反応したら負けだ。


 このまま行こう。


「おおっと、これは申し遅れました! わたくしが、先代、故プラクティカ・パールトンに代わりレトレシア魔術大学、

 第35代校長を務めさせて頂くことになりました、サラモンド・ゴルゴンドーラであります。よろしくお願いいたします」


 どこまでも澄み渡る空の下、懐におさまった杖をローブの上からなでる。

 いくたの偉大なる魔術師から、継承し、運命的奇跡の果てにたどり着いたこの場所で、俺は高らかに式の開会を宣言した。


 中庭の端で、青い少女が取り押さえられているの横目にみる。


 彼女と彼女が見守っているのだ。

 俺もまた無様には終われない。


「はてさて、俺は何を積みあげられるのか、ふふ」


 自嘲げに、小さくつぶやき、俺はそっと練習していた台詞回しを忘れるのだった。



 追放のロリコン宮廷魔術師 〜完〜

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【完結】ロリコンなせいで追放された魔術師、可愛い愛弟子をとって隣国で自由気ままに成りあがるスローライフ! ファンタスティック小説家 @ytki0920

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