義男
記憶消去。俺は、自分の持つ力の事をそう呼んでいる。その名の通り、人の記憶をゴッソリ消してしまう能力だ。何の捻りもない名前だが、別に誰かに話すわけでもないから、そうカッコつける必要もないだろう。
俺になぜこんな力があるのかは、俺自身も知らない。ただ物心ついた時から自分にそんな力があるのは知っていて、おかげで色々助かる事もあった。
例えばまだ子供の頃、悪い点を取ったテストが親に見つかった。当然起こられるところだったが、この力を使ってその記憶を消してやった。おかげで怒られずにすんだというわけだ。
昔、魔が差して盗みを働いた事がある。だけど運悪く、その現場を人に見られてしまった。その時は迷わずこの記憶消去を使って、オレに関する一切の記憶を消してやったよ。
言っとくけど、もう盗みなんてバカな真似はやっていないぞ。なにしろ最近じゃ街中のいたるところに防犯カメラが設置されているからな。この力も、機械相手には何の意味もない。そんな危険な事、俺にはできないよ。
そして何と言っても、この力のおかげで円満な夫婦生活が送れている。
妻の佐奈子は、美人で気立てが良い、俺にとっては最高の妻だ。愛してる。だけどいくら愛していると言っても、時々けんかをする事もある。どんなに仲がいいと言っても違う人間だから、そう言う事もあるだろう。仕方ない。
で、そういう時はつい手が出る事もあるんだよな。俺って、子供の頃からマズい事があっても大抵の事は記憶消去で乗り切ってきたから、歯止めがきかなくなる事があるんだ。
けどだからと言って、佐奈子が嫌いになったわけじゃない。彼女のことが好きだっていう俺の気持ちは変わらない。なのに佐奈子のやつ、そんな事があると家から出て行くだの離婚するだの言うんだ。もちろんそんなのは嫌だ。佐奈子のいない生活なんて俺には考えられない。
だからそんな時は、また記憶消去の出番ってわけだ。俺が怒った記憶、殴った記憶を全て消す。殴られた痕が残ってたまにそれに疑問を持つ事もあるけれど、そんな時は更に記憶を消していく。そうすれば、佐奈子にとって俺は優しい旦那のままだ。殴られた事に対する恐怖だって、きれいさっぱり消えてしまう。
俺は俺で、佐奈子と一緒にいられて嬉しいし、これがお互いにとって幸せな方法なのだろう。
テーブルを挟んだ正面には、全てを忘れ朝食を取っている、愛する佐奈子の姿がある。
「どうしたの、そんなに見つめて?」
「いや、佐奈子と一緒にいられて良かったなって思って」
「もう、いきなり何を言い出すのよ」
戸惑う佐奈子もまた素敵だ。
好きだよ佐奈子。これからも二人で、ずーっと愛を育んでいこうね。
記憶を踏みつけて愛に近づく 無月兄 @tukuyomimutuki
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