第31話 それならそれでいい
「ヴォオオオオオオ!」
ワイバーンが叫び、足を踏み鳴らす。この島で俺にしか聞こえない地響きで高台が揺れた。
そして次の瞬間、敵がグッと体を捻る。火炎放射か翼での攻撃を警戒していた俺は、横から薙ぎ払うように繰り出された尻尾の一撃を防御する術もなく、もろに食らった。
「ぐあ……っ!」
そのまま横に吹っ飛ばされ、地面をザリザリと滑る。
左半分がビリビリして、骨が折れているかどうかも分からない。フラフラと起き上がった俺に、敵はもう一度尻尾を振りかざした。
ね、ほら。こういうことなんですよ。貰い物の能力だけで楽して戦ってきた人間にはこういうしっぺ返しが来るんですよ。
おかしいな、こういう生活を望んだわけじゃないんだけどな。でも女神を恨むのも違うよな、彼女だって善意でやってくれてるんだから。じゃあやっぱり俺が悪いんだよな。身分不相応な生き方をしてるんじゃないかな。
ダメだ、心がどんどん沈んでいく。あんまり生きるのに向いてない。やっぱりコシの強いうどんにでも生まれたかった。
でもまあ、生きてるうちは進むしかないんだよ。人が生きると書いて人生だからさ。
「……のやろっ!」
剣を抜きながら尻尾の一撃をすんでのところで躱し、斜め上から振り下ろす。
アルノルに教わった通り。体を捻って遠心力をつけながら。
「ヴォアアアッ!」
尻尾を斬られ、暴れる敵に注意を向けつつ、岩壁の前で倒れているシュティーナのところへ走った。腰に付いている袋から、小瓶に入った緑色の粉を取り出す。
「覚えておくもんだな」
そのまま飲むと気付け薬になるというシュケの葉の粉末を、シュティーナと隣のアルノルに立て続けに飲ませ、水筒で流し込んだ。
「…………ゴホッ! ガホッ、ゴホッ!」
よし、これでしばらくしたら起きるだろう。
「あとは、と……」
振り向くと、敵が迫っていた。
さっきとほぼ同じ状況。高台の端、後ろは壁。
両手を前に翳した。赤い光に包まれ、火球がどんどん大きくなっていく。
「シュウウウウウ……」
ワイバーンが口を開けて、息を吸っている。
「レンマ! 炎が来ます!」
「レンマさん!」
意識を取り戻したらしい2人の声が後ろから聞こえた。無事で良かった。
「シュウウウウウウ…………」
そこで、敵は動きを止めた。炎が、来る。
「…………出ないんだろ?」
ボウッ
俺の呟きの魔法にかかったかのように、口から出てきたのは小さな黒炎。
「だろうな」
手元の火球をどんどん大きくしながら、小さい目でこちらを見ている敵に、笑いながら睨み返した。
あれだけの炎が吐けるワイバーンが、空中と高台の端では失敗していた。偶然だろうか。
例えば、その炎もまた、地脈を利用しているとしたら。空中で使えないのも頷ける。
さっき、この位置で同じように黒煙を吐いた。つまりは、そういうこと。広大なエリアの中で、ここは地脈が弱いということ。
そして、俺だけが魔法を使えるということ。
「……女神に感謝だな」
自分の体ほど大きくなった炎を、まっすぐ前を見て放つ。
「ヴォアアアアアアアアア!」
炎に包まれ、のたうちまわるワイバーン。その動きは徐々に鈍くなっていき、遂に地震のような衝撃を残して地面に倒れた。
「レンマ!」
「レンマさん!」
駆け寄ってきた2人に「さすがです!」と褒められ、謙遜ではなく首を横に振る。
「たまたまな」
そう、本当にたまたま。だけど、ここまでやれたことは、少しだけ、少しだけ認めてもいいかな。
***
「よくやったね、アンタ達」
ミッション管理所で、老爺と老婆が交互に称賛してくれる。周りにいたスタッフも、拍手で迎えてくれた。
「ふふん、そうでしょ? この最強の魔法使い、レンマ=トーハンはね、アタシが仕える女神様が転生させたのよ」
鼻高々にアピールするモーチ。よく他人の手柄でそこまで自慢できるな。「友達がブログで稼いでて仕事辞めた」と同じくらいの感じだぞそれ。
「実は最近、ラッチ郡だけじゃなくて、国直轄のミッションも来るようになったんだけどね」
老婆の言葉に「ええっ!」と真っ先に反応したのはアルノルだった。
「国のミッション! すごい、すごすぎる!」
「相当な難易度だけど、国王や側近からの依頼なんかも来るかもしれないね。どうする?」
国王、という単語に思わずシュティーナを見る。彼女は一瞬顔を顰めたが、すぐにフッと相好を崩した。
「国の中枢に入るのも、情報収集には悪くなさそうです」
そうだよな。シュティーナならそう言うと思ってたよ。
「じゃあもしそういう話が来たら声かけてください」
快諾すると、老婆は顔をくしゃっと曲げて「あいよ」と歯を見せて笑った。
「そういや報告によると、この辺りの地脈も安定化しつつあるみたいだよ」
「あ、そうなんですか? じゃあ元通り魔法も使えるようになるんですね」
ラッチ郡にも運が向いてきてるね、と言いながら、彼女は手元の紙にペンを走らせる。
「あ、国に紹介するときはアンタ達のことS級って言っちゃっていいかね?」
ハイテンションにずいっと俺の前に来るアルノル。
「もちろんで——」
「いや……E級くらいでお願いできますか」
「えええええっ!」
真犯人が分かりましたと告げたときの容疑者一同のような叫び声をあげるアルノルとモーチ。
「なんで! なんでよレンマ!」
「レンマさん、ワイバーンを倒してE級なんて通りませんよ!」
「いや、でもあそこで勝てたの、一時的に地脈が不安定だったからかもしれないだろ。ってことは、もし普通の状態で戦ってたら、アイツの炎でやられてた可能性もある。それに、これまでここでやってきたミッション自体が、魔法が使えるってだけで大分ラクにクリアできてたからさ。地脈が直ったとしたらS級なんて言えないと思う」
「いや、でもレンマさん、それにしたって……」
「何より、郡のS級なんて言ったら目立つだろ。もし女神の能力のことが知れ渡ったら、俺は人と話すたびに『あー、この人は大した努力もしないでここまで登り詰めた人なんだよな。なんでこんなに堂々と町を歩けるんだろう』って思われてるだろうなあ、って気にしないといけないから……」
「まったく、アンタって人は……」
がっくりと
「そこまで貫けるの、ある意味すごいけどね。女神様も完敗だと思うわ」
ため息交じりに彼女が話すと、シュティーナがクスッと微笑んだ。
「レンマらしいですね」
「いやあ、でも近いうちに国のミッションできるかもしれないんですよね。楽しみですね!」
管理所を出て、上機嫌にスキップで歩くアルノル。日が落ちる少し手間、晴天の穏やかな時間。子ども達が棒とゴムの球で野球のような遊びに興じている。
「まあ、俺は転生者だから不安はあるけどな。国からも認識されてないだろうし……」
あれ、どんどん不安になってきたぞ。これ城に行って挨拶したら「転生してるということは厳密にはこの国の人間ではないだろう? そんな忠誠心の薄い人間に仕事は任せられない」とか言われそうじゃない?
いや、言われるつもりでいた方がいいよな。期待は下げておくに限る。元の世界からは消え、この世界でも胸を張れる居場所がない、ガラケーのような存在。俺は染色体を持つガラケー。
「いやいや、レンマさん、そこはガッツですよ! 俺の魔法ですぐに見返してやるぜって! あと笑顔!」
「アルノル、お前は変わらずにいてくれな」
でも話すときの距離感だけは直してくれな。パーソナルスペースがバグりすぎだから。
「私も心配になってきました」
隣のシュティーナが斜め下を向く。
「早めに国王に近づくことで、『あいつは女王になりたくて取り入ろうとしている』なんて悪評が立つかもしれません。そもそも早く女王を決定してくれればこんなことで悩まずに済むのに、なんでこうやって周囲に振り回されなきゃいけないんでしょう……でもみんなこういうのも清濁併せ呑んでうまく折り合いつけてるんですよね。ってことはやっぱり私に問題があるかもしれないってことで……人生って難易度高いですね……」
頭が取れそうなほど首を突き出すシュティーナを見て、肩に乗って聞いていたモーチがプッと吹き出した。
「アンタ達、似すぎてて逆に面白いわね」
面白くないっての。毎日必死だっての。
「シュティーナ」
「はい?」
「やっていこうな……」
「ですね、やっていきましょう……」
さて、せっかく転生で命もらったんだし、頑張るときは頑張らないとな。
「……今度、食事でもどう? くよくよ会」
目を丸くする彼女。やがて、今までで一番優しい笑顔を見せてくれた。
「はい、ぜひ」
モーチが「わっ、わっ」と言いながら両手で顔を隠した。
「レンマさん、シュティーナさん! 早くお店いきましょう! 乾杯したいです!」
「はいはい、今行く!」
酔ったらまた気分が沈むかな。心が雨漏りするかな。
それならそれでいい。全部引き連れて、泣いて笑って這いつくばって、日々進んでいくだけだ。
<了>
転生して無双できてるけど肝心のメンタルが治ってない 六畳のえる @rokujo_noel
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