特別短編『マーヤ・オーケルマンさん全裸になりすぎ問題』★その3


♥️チャンギ空港


 入国も滞りなく進んだ。


「つまんないな。何か起こればよかったのに」

「笑えない冗談はやめてくれ」


 実際かなりドキドキしたんだからな。機内で勝負してポーカーフェイスのウォームアップができたのは図らずも助けになった。その点に関してはマーヤに感謝する。


「で、ついたわけだが。これからどこに行く? 観光のプランは決まってるのか?」


 外に出ると、日本とは比べものにならない暑さ。いきなりスーツを脱ぎ捨てたくなったがマーヤの予告通りに動くのもなんだかシャクだし、根性で長袖を貫いたまま尋ねる。


「シンガポールなんて何度も来てるし、いまさら観光なんてしないよ。ホテル行って、プールでちょっと泳いで、あとはボーッと過ごす」

「旅行なのに?」

「旅行だからなんもしないの。環境が変わればそれでいーんだよ。違う場所にいるっていう事実だけで充分刺激的でしょ。なのに日本人てばセコセコ動きすぎ」


 そういう発想はなかったな。目から鱗……とまでは言わないが、新たな視点をもらったような気がした。


「じゃあ行き先はホテルか。やっぱり泊まるのって、あの有名な屋上に舟が載ってるところ?」

「サンズ? 違うよ」

「違うのか」

「うん。ウチはサンズのポイント溜めてないから」

「……意外とポイント溜めるの好きなんだな」

「好きとかじゃないんだな。ホテルもエアラインも上級会員のベネフィットががデカい。それだけの話」


 ベネフィット……利益。どんな利益があるんだろう。


「それではさっそくエターナルダイヤモンド会員のパワーを見せてあげよう」


 なんだその厨二感全開なネーミングは。

 とか思ってるとマーヤは勝手知ったる道とばかりに(実際そうなのだろう)歩き出し、バスやタクシーが止まっているロータリーを横切る。

 そして、黒塗りのリムジンの前で立ち止まった。間髪入れずベスト姿の若い男性が早足で近付いてきて、マーヤと俺の荷物を笑顔で回収する。

 以下、英語の要約。


『お帰りなさいませ、オーケルマン様』

『ドモドモ。いつもの部屋空いてた?』

『はい、もちろんです。オーケルマン様のためであればどんな時でもご用意いたします』


 お帰りなさいませ……? そんな挨拶から入るの? ホテルだぞ。メイド喫茶じゃないぞ。

 いきなり強烈なカルチャーショックを食らいつつ、マーヤに続いてコソコソとリムジンに乗り込む俺。そんな挙動不審さを見せてしまったが、ベスト姿の男性はまったく俺に対し怪しみの視線を向けることなどなかった。マーヤの連れ人なら無条件でもてなす。そんなガイドラインができているようだ。

 しかし、リムジンで送迎か。二階堂家もリムジン持ちだが、外国、しかもホテルが迎えに来てくれるとなるとまた違った驚きがある。


「いくらかかるのこれ?」


 車窓からシンガポールの景色を眺めつつ、我ながら下世話な発言。


「タダだよ」

「嘘だろ……?」

「言ったろ。上級会員はベネフィットがでかいって」


 しゅごい。それ以外の言葉が浮かばなかった。

 そこから先もしゅごかった。チェックインはフロントではなく、上階のラウンジルームで悠然と。通された部屋は……まさかと予感していた通りのスイートルームだった。一室に三部屋もある。洗面台もトイレも二つある。


「いくらですか?」

「そればっかだなカズラ。でも聞いて驚け、このホテルの最低料金しか払ってない。ホテル側がスイートにアップグレードしてくれるんだ。いつもね」

「信じられん。上級会員すげえ……。どうやったらなれるの?」

「ここだと、年間60泊でダイヤモンドかな。それを五年続ければエターナルダイヤモンド」

「ろくじゅ……」


 一瞬自分も目指してみたくなったが愚かだった。確かにスイートにアップグレードというのは強烈だが、ベースに必要な金と時間が結局セレブ業界の単位だ。


「ポーカーでデカい金稼げばカズラでもなれるよ。それとこれは受け売りだけど、お金欲しいならお金を稼ぐ方法も大事だけど、お金を使わずに済む方法を学ぶのも大事なんだって。この部屋普通に取ったら一泊ウン十万だけど、そんなムダ使いしない方法もあるって知ってた?」

「知らなかったです……」

「知は力だね~」


 マーヤが快活に笑う。今この瞬間はさすがに、この旅行に来られて良かったと感謝せざるを得ない。


「さて、と。さっそくプールサイドでのんびりしたいところだけど、汗かいちゃったしシャワー浴びないと迷惑だよね。ちょっと行ってくるからテキトーにくつろいでて」

「お、おう。了解」


 まっすぐバスルームに向かうマーヤを見送る。くつろぐと言われても、とても落ち着ける空気感ではなかったが。世界が違いすぎて。

 とりあえず物見遊山で部屋を歩き回る。


「ていうか、俺とマーヤ同室……?」


 呆気にとられているうちに今さら重要なことに気付いた。問題ありまくりではあるまいか。

 でも、執事役なら当たり前なのかもしれない。幸いなことに三部屋あるから同じ天井を見つめながら眠る心配はしなくて良さそうだし。

 そんなことを考えながらメインのベッドルームに入ってみる。隣がバスルームで、シャワーの音が幽かに聞こえてくる。


「ぶっ!?」


 何の気なしにそちらへ目をやると、恐ろしい光景が広がっていた。ガラス張りだ。シャワールームとベッドルームの間の壁が。

 つまり、筒抜けだった。気持ちよさそうに湯浴みする一糸まとわぬマーヤの姿が。

 もちろん首がちぎれん勢いで顔を逸らした。逸らしたが……一瞬目が合ってしまったような気がしないでもない。

 バレたか……バレてないのか……いやそれ以前になぜガラス張りなんだ……高級リゾートホテルだからか……高級リゾートホテルのバスルームはガラス張りなのか……?

 混乱したまま、一目散にベッドルームから逃げ出そうとする俺。

 ――こんこん。

 その時、ガラスを叩くノックの音が。マーヤか? マーヤ以外有り得ないよな。

 ――こんこん。

 硬直してしまっていると、またノック。明らかに俺を呼んでいる。

 呼ばれても困る。どうしろと。

 ――こんこんこんこん。

 しつこくノック。どうやらからかってるわけじゃなく、何か用事があっての呼びかけのようだ。

 どうする。困りごとなら助けになってやりたいが、そのためには目を向けなくてはいけない。またあの、謎のガラス張りに。

 でも、待てよ。マーヤだって乙女。俺に用が有るのなら身体を隠しているのではあるまいか。むしろ隠しもせず呼びかけている可能性を考える方が発想としてふしだらだ。

 ――こんこんこんこん。

 ノックが続く。もう一度目を向けるか、向けざるか。究極の選択だ。


「………………マーヤ。お前を、信じる!」


 葛藤に次ぐ葛藤の末、俺は意を決して再びガラス張りのバスルームめがけ振り返った。

 全裸だった。


「信じてたのに!」


 絶望感に苛まれながらそのままぐるりと身を反転。今度はばっちり目が合ってしまった……。

 ――――こんこんこんこん。

 際限なくノック。やっぱり用はあるらしい。全裸で。どうもできんわ。

 ――――こんこんこんこん。

 しかし、どうにかしないと収拾がつきそうもない。……やむなし。俺はそっと薄目を開け、床からゆっくり目線を上げていく。マーヤの姿を絶対に視界に入れないように、細心の注意を払いながら。

 すると、蒸気で曇ったガラスに指で書かれた文字を発見。

 そこには。


『いいゆかげん』


 と、鏡映しで記されていた。


「報告せんでいいわ!」

 今度こそ俺は一心不乱に隣の部屋へ駆け出す。

 直後。壁越しにうっすらと、爆笑するマーヤの声が聞こえた気がした。あの小悪魔め……。



「ねーカズラー」


 リビングのソファーに腰を落とし頭を抱えていると、ベッドルームからマーヤの声が。シャワーからあがったらしい。


「……なんだよ」


 不機嫌に返事。さすがにちょっと、いやだいぶ抗議したい気持ちが強い。でもマーヤは気にしてない様子だったからな……。話題を引っぱるとやぶへびになるかもしれない。


「水着、ふたつ持ってきたんだけどさ。黒と白、カズラはどっちが好き?」

「しらん」

「冷たいなー」

「お前がからかうからだろうが」

「あはは、悪かった。反省してる。反省してるから教えて」

「……訊かれてもわからないって」

「えー。じゃあ、両方来てみるからどっちが似合うか比べてよ」


 がちゃり。そう言うやマーヤがリビングの方に入ってきた。右手に黒、左手に白のビキニを持っている。

 全裸だった。


「なんか着ろ~!」

「や、だから今から水着を着ようと」

「着てから来るだろ普通は!」

「なんだよさっきから。まだ大してデカくもないおっぱいにビビるなよ。ワタシ血統的に巨乳になる気がするから今のうちに見慣れといた方がいいぞ」

「そういう問題じゃない! 白! 白最高だから早く着て!」

「白か。わかった」


 日光の『見ザル』状態を続ける俺の耳に、衣擦れの音が伝わってくる。もう既に三回くらい心臓マヒで死んだ気分だった。


「着たよ。どう?」


 恐る恐る目を開ける。本当に着てた。ふぅ……。


「うん。似合う」

「そうかな? やっぱり黒の方も見て比べて」


 脱いだ。


「だから! 俺の! 前で! 全裸に! なるな!」


 おかしい。小五ってこんなに自分の裸に対して無頓着だったか……?

 それともカルチャーギャップ……? だとしたら北欧こわい。


「あっ、そうだ。そういやチャットグループに結局なにも投稿してなかった。しとこ」


 再び見ザルになった俺のことなどお構いなしで、スマホを取りに行ったらしいマーヤ。本当にフリーダムというかKYというか……。


「えーっと。『今からカズラとプール』。これでいいや。あと自取りもあげとこ」


 カシャリ、とシャッター音。


「…………………………………………ん?」


 唐突に、俺の論理的思考スイッチが立ち上がった。


 Q:マーヤが白の水着を脱いで以降、衣擦れの音はしたか?

 A:してない。


「えーっと、投稿ボタンどれだ?」

「うわー!」


 ハッと目を見開けば案の定、全裸のままで自撮り写真を投稿しようとしてやがった! それだけは断固阻止! 今この瞬間、多少なりともマーヤの姿を視界に入れることになろうと断固阻止だ!


「削除削除削除ッ!」

「あっ、こら! ヒトのスマホかってに弄るなバカ!」


 バシバシ背中を叩かれたり髪を引っぱられたりしながらもなんとか超弩級の禍根をデータから消し去る。


「はぁ……はぁ……!」


 悪寒と恐怖のダブルパンチに襲われたせいか、一瞬で息が切れた。

 ホテルに到着してほんの数十分でこんなに疲労困憊させられるとは。『楽しんではいけない』なんて発想が甘すぎた。どこをどう頑張っても楽しむ余裕なんてそもそもない。


♠チャイニーズレストラン


 と、思ったのだが。その後の時間は実に平温に、ゆったりと時が流れた。プールで軽く運動した後はパラソルの下に寝転び、トロピカルジュースを一杯。夕食は小籠包など点心をメインに、華やかに彩られたテーブルをマーヤと囲む。


「もっとボリュームある料理の方がよかった? ここの点心うまいから昼飯みたいな注文のしかたしちゃったけど」

「いや、大満足だよありがとう」


 珍しく気遣ってくれるマーヤ。実際めちゃめちゃ美味いのでセレクションには感謝の念しか浮かばない。

 よかった。ようやく楽しめる時間になってきた。いや違った楽しんじゃいけないんだった。


♥️客室


 そうして夜も更け、また少しポーカーで競ったりしているうちにマーヤが大あくびをひとつ漏らす。


「そろそろ寝るか」

「そだねー。まだちょっと早い気もするけど。カズラ、寝るのこっちの部屋でいい?」

「ああ。メインのベッドルームはもちろんマーヤが使ってくれ」

「オッケー。そんじゃお休み」


 素直に立ち上がり、手を振って扉の奥に向かうマーヤ。


「よし。これでとりあえずなんとか一日乗り切った……のか?」


 絶体絶命のピンチはあったものの、有罪確定はすんでのところで免れた。ひとまずは安堵して良いだろう。

 スーツケースを開け、パジャマに着替える。ホテル備え付けのものもあったけど着慣れている方がよく眠れそうだ。せっかくわざわざ持ってきたんだし。


「あ、歯を磨かんと」


 いろんな方向からどっと押し寄せた疲れに身を任せベットに飛び込む寸前で思い出す。環境が変わると日課もつい忘れそうになってしまうな。いけないいけない。


「マーヤ、入って良いか。歯ブラシ使いたいんだが」

「ひひよー」


 ちょっとくぐもった声。いいよーって言ったんだよな。今の感じ、恐らくマーヤも歯磨き中か。


「じゃあ失礼します」


 とにかく許可をもらったので扉を開ける。やはりマーヤも歯磨き中だった。

 全裸で。


「全裸なのにいいよって言うな!」

「いい加減慣れろよ」

「小学五年生女子の全裸に慣れてたまるか!」


 慣れた瞬間、慣れない壁と天井を拝むことになるだろう。コンクリートと鉄格子の。


「……………………もう絶対ベッドルームには入るまい」


 コップとペットボトルの水をもらって来て、朝までこっちに引きこもる準備を整えておく。


「疲れた……」


 これを這々の体と言うのだろう。身体が重くて仕方ない。壁一枚隔てて教え子と宿を共にしているという事実も忘れるほどの睡魔に襲われ、俺はベッドに転がり込んだ。



「カズラ、カズラ。起きて」

「ん……?」


 呼び声に、ゆっくり目を開くと、薄明かりを背にマーヤが立っていた。

 全裸で。


「…………………………」


 無言で目を瞑る。もう怒ったぞ。なんの用かしらんが寝てやる。断固寝てやる。


「ちょっと。起きてって言ってるでしょ」

「服着てって言ってるでしょ」

「ワタシのパジャマはヘレノスのナイルデルタだけって決めてるの。それが一番気持ちいいから」


 なんだそりゃ……。香水の名前か?


「どんな格好で寝ようと勝手だが、俺に会いに来るならせめて一枚何か羽織ってくれ……」

「めんどい。それよりマジで起きて。大事な話だから」

「大事な話?」

「うん。これ、迷ったけど今のうちに渡しておくね」


 ぺらり、と顔の上に紙切れが落ちてくる気配。一体何だ? マーヤの方は見ないようにしつつ、その内容を確かめる。

 するとまず、一番始めに飛び込んできた文字列は。


「請、求、書……?」


 ぎくり、と冷や汗が流れるのを感じつつ、読み続ける。ビジネスクラスの飛行機代往復分。部屋代、レストランの食事代、プールサイドのジュース代、ご丁寧にさっきもらって来た水代まで含んだその金額の合計は。


「にじゅう、ごまんえん?」

「安いでしょ。スイートルームなのに。上級会員様に感謝してね」

「………………………………」


 いや、なんというか。

 ずっと虫がよすぎる気はしてたのだ。全部おごってもらうつもりでいるのは。

 そんなわけないよねワリカンだよね。

 むしろ小学生とワリカンってこれでもまだ虫が良いよね。奢ってあげられるくらいの甲斐性は欲しいよね。

 しかし。


「あの、マーヤ様」

「ん? どしたの?」

「大変申し上げにくいのですが……これほどのキャッシュは持ち合わせが」


 財布には両替したシンガポールドルが数万と、もしもの時用の日本円五万。それしか入っていない。よしんば持ち合わせていたとしても二十五万の出費はあまりにも大打撃だが。


「うん。だと思った。むしろそうでなくちゃ面白くない」

「……へ?」


 怒られるかと思いきや、逆にマーヤは上機嫌に笑う。


「ほんとは明日の朝につきつけるのを楽しみにしてたんだけど。そういや今回イージーモードだったな~って思い出してさ。だから今日のうちに渡しておくことにした。今からならまだ間に合うでしょ」

「間に合うって……ATM?」

「違う違う。ここ」


 マーヤが近付いてきて、スマホを俺に突きつけた。

 もはや相手が全裸であることも半ば忘れ、画面に食い入る。開かれていたのは地図アプリで、その中心にあるのは。


「……セントーサ島?」

「そ。知ってるよね? ここに何があるのか」


 セントーサ島にあるもの。それはシンガポール肝煎りの複合リゾート施設。その中には、もちろん。


「カジノ、か」

「ご名答。ちゃんとポーカーテーブルもあるって聞いたよ、確か」

「……………………稼いでこいと?」

「これがカズラに対する、ワタシからの最終テスト。お昼にはここ出たいから、朝十時に戻ってきて。移動時間含めてもあと十時間くらいだね。てことは時速三万円でボコってくればお釣りが出るんじゃない? 優秀なコーチ様なら楽勝だよね?」


 なるほど、そう来たか。


「…………」


 俺はおもむろに起き上がり、脱いだスーツをもう一度着直す。


「時速三万円ねぇ。……確かにイージーモードだな」


 さすがに朝言われていたらお手上げもお手上げだった。しかし、観光客が浮かれて押し寄せているこの時間帯なら……マズメ時だ。おそらくお魚食い放題。

 マーヤに別れを告げ、ホテルを飛び出しタクシーに飛び乗る。


「あーあ。未だに意志が弱いな、俺は」


 この旅行は『絶対に楽しんではいけない小学五年生女子と海外旅行48時』だったはずだが、最後の最後で誓いを守れなくなってしまった。

 素直に言おう。この適度かつ勝算のあるスリル。ちょっと、いやだいぶ楽しい。



「釣りはとっとけ」

「……んにゃ?」


 翌朝、シーツに包まれたまま寝息を立てていたマーヤの枕元に、シンガポールドルの札束を投げ置く。


「おー。ちゃんと勝ったんだ」

「時速五万円でな」


 無表情で告げると、マーヤは驚くでもなく満足げに微笑んだ。


「おっけ。とりあえず合格。カズラのこと、コーチとして認めてあげるよ」

「そいつはどうも」


 心地良い疲れを携え、俺は踵を返す。この旅行自体に関しては不本意なものではあったが、こうしてマーヤに有言実行できたことには安堵感を覚える。


「カズラ」


 マーヤが立ち上がる気配。


「なんだ?」


 振り返らないまま答える。


「ありがとね。旅行、思ってたより楽しかった。同年代と遊んでもタイクツだけど、カズラと遊ぶのはわりかし刺激的だったよ。また遊んで」

「……マーヤ。こっちこそ……楽しかった。こんなところまで連れてこられるとは思わなかったけどな」


 柔らかな声色に嬉しくなって、俺もまたついに微笑みを浮かべ、振り返る。

 全裸だった。


「ホントに何も着ないで寝てたのかよ!」


 ダッシュでベッドルームから退避すると、閉め忘れたドアの奥から愉しげなマーヤの声が響いてきた。


「カズラってば、すごくからかい甲斐もあるしね。あははは」


 止む気配のない爆笑を背に受けながら、俺は最後に盛大なため息を漏らす。

 もし『次』があったりしたなら、マーヤに被せる用のバスローブでも持参しよう……。


♠陽明学園初等部ポーカークラブ


 明けて月曜。無事帰国した俺は疲れた身体で授業をこなし終え、部室に足を踏み入れる。


「あら和羅先生ごきげんよう。土日はマーヤと二人きりで海外旅行だったそうで。へー」


 朱梨が、なんか、すごく、怖かった。

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