02 異世界への案内人

 

 ――俺は、刺されて死んだ。



 苦しみ足掻きながら命尽きた俺。

 だが、そんな俺が再び覚醒したのだ。

 

「……ここは?」


 視界に飛び込んできた景色は、あの惨劇の場所では無かった。

 かといって、救急車の中ではなさそうだし、ましてや病院のベッドの上でもない。

 ぼんやりとした虚無の空間へ放り出されて浮かんでいる。そんな感じだ。

 

 と、いうことはアレなのか。俺は魂となった。

 ここはあの世へ通じる場所、言わば三途の川的な所。そこにぽつんと一人だけさまよっている。

 右も左もわからず、誰かが迎えに来てくれないことには、どうすることも出来そうにない。


 俺は、途方に暮れた。


 このままこの寂しい空間で、さまよい続けるのか。せめて誰かが迎えに来てほしい。

 できれば極楽浄土の使者がいい。女神さまに仕える天使だって。

 地獄の使者はご遠慮いただきたいな。俺、何も悪い事していないし。


 ……などと考えながら、先ほど少年に致命傷を食らった胸に手を当ててみる。

 やっぱり傷一つ付いていないし、痛みも無い。死んで魂になったから当然か。

 

 と、遠い目をしていた俺の目の前に、突然少女の顔が現れた。


「――――えっ!!」


 どこかあどけなく可愛い顔をした女の子。どこからともなく姿を現し、平然と笑顔を浮かべている。これは間違いなく女神さまの使者、天使に違いない。


 大きな瞳をキラキラ輝かせて、華奢な体をゆらゆらさせている。


 ……が、どうもイメージしていた天使とは、幾分容姿に相違があるように思える。俺はあらためて女の子の全身を見渡した。


 キラリと光る鋭い八重歯に、黒いボディスーツ。

 背にはコウモリのような黒い翼と、可愛いお尻からは細くて長い尻尾が。

 登頂に輝くリングは無く、代わりに頭部から不気味な触覚なんかが生えている。

 その姿はまるで……、


 悪魔。


 ――――いやいや、冗談でしょ? デビルじゃん。小悪魔じゃん。地獄の使い魔じゃん!!


 ささやかな喜びもつかの間、奈落の底に突き落とされた気分に愕然とする。


「ふむ、ようやくお目覚めしましたね」


 顔を近付けて、覗き込むようにじろじろと見まわす小悪魔。


「傷はちゃんと治しましたけど、具合はどうですか?」

「……ああ、全然大丈夫。君が治してくれたの?」

「ええ、まあそうですよ」


 目が合うと、口端を吊り上げてニヤリと笑った。露わになった牙がちょっと怖い。


「しっかりと完治してると思いますけど、まだ痛む所とかありますか?」


 俺は「いいや、全く」と言って首を振った。

 小悪魔はほっとした顔で薄い胸をなでおろす。


「よかったぁ。万が一あなたに欠陥があると、私、ご主人様に怒られてしまいますから……ずっと心配していたんです」


 ご主人様? それは、地獄を統治する閻魔様か、魔界の大魔王か。

 とりあえず俺は「心配してくれてどうも……」と返した。


「いえいえ……あ、自己紹介まだでしたね。オホン、初めまして。私の名前はエマです、どうぞよろしく」


 チョコンと律儀にお辞儀をするエマ。行儀がよく凄く可愛いが、これが悪魔ではなく天使だったらと残念に思ってしまう。本当に残念でならない。

 項垂れつつも、自己紹介をする俺。社会人としてのマナーだから。


「……あ、俺はひとし。富士見仁ふじみひとしだ」

「ええ、よく存じ上げていますよ」


 小首を傾げてにっこりと微笑むエマ。

 俺を連れに来た地獄の使者だ、まあ、知っていて当然である。


「えっとですね、先ずは仁さん、あなたにご報告があります。この度の抽選の結果、見事あなたは私たちの世界へご招待に選ばれましたー。凄いよ、やったね♡」


 何その明るいテンション。選ばれたって言うけど地獄行きなんだろ。やったねじゃないよ、全く。こっちは全然嬉しくない。


 はしゃいで喜ぶエマの横で、俺は悲壮めいた顔で目を伏せた。


「どうしたんですか仁さん、あまり嬉しそうではありませんね」


 そりゃそうだ、エマは死に人を連れていくのが仕事かもしれないが、こっちはそうもいかない。大それた非が無いにも関わらず、地獄へ堕ちるなんてまっぴら御免だ。

 とにかく、俺のおかれている状況把握のため、今一度エマに訊ねてみた。


「えっと……ちょっと、待って。確認なんだけど、俺って死んだんだよね? その、心臓を刺されて」

「ええ、そうですよ。あっさりと、ぽっくりと死にました」

「そして、死んだ俺の魂を、君が連れに来た」

「はい、まあ、その通りです。間違いありません」


 エマはこくりと頷いた。間違いない、目の前の小悪魔は俺を地獄へと引きずり落とすためにここへ現れたのだ。

 死してなお地獄の苦しみを味わうなんて、そんなのは嫌だ。

 ここは何としてでも、食い下がるしかない。


 幸いにも、使者はこの華奢な小娘ただ一人。ここは力尽くで……いやいや、駄目だ考え直せ俺。いくら可愛くても相手は悪魔だ、とてつもない反撃をされるに決まっている。

 見た目こそ邪悪だが、中身は小柄ではか弱い女の子だ、野蛮な行為は避けるべし。

 性格は優しそうだし、上手く説得できれば、もしかすると情状酌量を認めてくれて、地獄行きを見逃してくれるかもしれない。


 そんな淡い期待にかける俺は、藁をもつかむ思いで自分の正当性を主張することに決めた。


「なあ、よく考えてくれ、俺は潔白だ! 地獄へ堕ちるような、そんな悪い事は何もしちゃいない。ぶつかってきた奴の、ながらスマホを注意しただけ。これって世間のためには良い事だろ? そう、むしろ刺した少年こそ裁かれるべきだ!」

「はい、仁さんの言う通り、私もそう思います」


 意外とあっさり俺の意見に同意したエマ。


「な、な、エマもそう思うだろ」

「はい、仁さんは何も悪くありません」

「じゃ、じゃあさ……今回の俺の地獄行きは、無しって事にしてくれよ。頼む! た・の・む!!」


 手輪合わせて、必死にエマに懇願する俺。


「え、ちょっと待ってください仁さん」

「お願いだ! エマちゃんが、閻魔大王様か怖い鬼に怒られちゃうのは重々承知している。でも、そこをなんとか、地獄だけは勘弁してくれ!」


 俺は必死に懇願する。一方のエマは首を傾げてキョト顔だった。


「いったい何の話をしているんです? 閻魔大王って、地獄行きってどういう意味ですか?」

「……いや、だって、黒ずくめのその恰好、どっからどう見ても地獄の使い、悪魔でしょ?」

「あ、これ? この姿ですか……あーなるほどね、確かにそう見えちゃいますもんね」


 ふふふ、と笑みをこぼしながらクルリと一回転したエマ。


「どうです? いいでしょ、可愛いでしょ。私のお気に入りのコスプレなんですよー。あ、一応私は魔法使いですから、仁さんの思っている悪魔とは違いますよ」


 マジか! コスプレか! 悪魔じゃないんかい! と、俺は心の中でツッコミを入れた。

 では、エマが悪魔ではないとしたら、俺を連れていく目的は何なのだろうか。自らを魔法使いと言ったのも気になるし。


「仁さんはですね、絶世の美女で有名な、私の主でもある世界最強の魔女『モルゲン』様に特別に選ばれた身なのです」

「世界最強の魔女? モルゲン?」

「こらこら仁さん! 呼捨てなんて失礼ですよ。ちゃんとモルゲン様とお呼び下さい。で、そのモルゲン様の待つお城へ仁さんをご案内するため、私がここへ飛ばされたのです」

「あ、はぁ……で? 君が、その……モルゲン様の使いなわけ」

「はい、そーです」


 なるほど、主人の元へ俺を連れて行く案内役でエマがここに来たのだ。案内役だったらもう少しそれなりの服装ってのがありそうだと思うのだが。

 ということは、とりあえず地獄行きは免れたようで。俺は一先ず安心した。


 俺が警戒を解いたと同時に、エマはこちらへ身を乗り出し質問した。


「仁さんの願いは、不死身の体ですよね?」

「ああ、そうだけど」

 

 間違いない。不死身の体は、俺がずっと欲しいと思っている能力だ。

 幼き日からその願いは変わることなく思い続けてきた。


「仁さんは死にました」

「おう」

「絶命するその瞬間でさえ、その欲望の念波は強く、遠く離れた別世界のモルゲン様の心にまで届いてきたんです」

「……へえ、そうなんだ」

「ええ、そうです。でも、仁さんの『不死身になりたい』という願いは、他の人と違っていて珍しいものでした」

「いやいや、そんなに珍しくはないだろう。人間なら皆、死にたくないと願うはずだ」


 他人の死にゆく瞬間なんて、どんなことを考えているかなんてわからない。現実を、運命を受け止めて諦める人もいるだろう。しかし、大多数の人間は少なからず抗う筈だ。

 俺も御多分に漏れず、運命に抗った人間の一人なのだ。


「そうですかねー。誰しも死の瞬間は『死にたく無い』とか『死んでたまるか』と思うのは確かです。ですが『不死身になりたい』と、その瞬間は思いません」

「……まあ、そうかも」

「そして人の欲望の殆どが、不老不死か、あるいは完全無敵を願うかです。まあ、例外はありますけど……でも一貫して『不死身になりたい』と願っていたのは、仁さんしかいなかったのです」


 確かに。死ぬ瞬間まで不死身の体を欲したのは間違いない。自分でもそれは自覚している。


「でも不思議なんですよね。仁さんは、どうして不老不死を選ばないんですか?」


 俺を試すように、上目遣いでエマが見る。

 通常、不老と不死はセットで考えるのが一般的だ。永遠の命に変わらぬ若さを維持させるのが世の中の定石。

 だが、エマの質問に俺の答えは既に決まっていた。


「あー、不老不死ねぇ。そりゃダメだ、俺の思想とはかけ離れている。っていうか全然話にならない」

「それは、どうしてですか?」

「不老。つまり老化しないって事だろ。今の若さを留めておいて、ピークの状態を維持できる。一見聞こえはいいが、欠点もある気がするんだ」

「その欠点は、何だとお思いで?」

「……老化とは、体の成長過程の行き着く先だ。細胞レベルでいうと、活性化しやがて朽ち果てる。不老とは成長が無くなること、つまり、一切の成長が見込めない。脳細胞も筋肉も、何も覚えられないし、強くなれない……と、俺は思うんだ」


「あはぁ、さすが仁さんですね。モルゲン様の見込み通りです。大正解です、合格です」


 合格頂けました。ということは、もしや、幼き頃からの夢だった不死身の能力を手に入れられる。マジか! やったぜ。


「では、これからモルゲン様の居るお城までご案内します。そこで仁さんは、不死身の能力を最大限に活用して頂き、モルゲン様のために尽くして下さい」

「よっしゃ、任せてもらおう。不死身の体になれるんだ、どんなことだってお安い御用さ」

「それは頼もしい限りです」

「……で? 俺は、モルゲン様に何をすればいいのか決まっているのか?」

「はい。仁さんのお役目は……モルゲン様の肉奴隷となって、有り余る性欲を満たしていただくことです」


 …………へ?


 今、エマの口から聞きなれない言葉が。

 肉奴隷が……とか、性欲を満たすのどうのこうの……とか。


「あ、ご、ごめん。今ちょっと、上手く聞き取れなかった、けど……」

「ですから、エルフ族であるモルゲン様は、ピチピチの200歳なんです。人間で言うと丁度二十歳くらいかと。そんなモルゲン様は、日々の激しい性欲を満たすために、死なない性奴隷を必要としているんです」

「死なない奴隷って……訳わからんな。性欲を満たすだけなんだろ、少し大袈裟なんじゃ――」

「いいえ、大袈裟なんかではありません。なんといっても世界一の魔法使いですから、その・・時の魔力開放は、並みの魔女に比べたら比はありません。生身の体なんて一瞬で蒸発しちゃいますから」

「…………マジか」

 

 まあタダで不死身の体が手に入るってのは、あまりにも話が出来過ぎている。それ相応の代価が必要なのだ。それが世界最強の魔女であるモルゲンの欲求を処理する役目とは。絶世の美女らしいから、本来なら羨ましいくらいの役得。不死身の体だから何の問題もないように思える。

 が、しかし、不安は拭い切れない。


「仁さんの前に勤めていた方は、耐えきれず、僅か三日で精神崩壊してしまいました。でも、大丈夫。仁さんならきっと乗り切れますよ」


 さらっと前任者情報を口にしたエマ。そんな情報聞きたくなかった。

 ちょっと待って。いまなら未だ辞退とか出来るのかな。


「そんなに不安そうな顔しないでくださいよ。ああ見えて、モルゲン様は結構お優しい方なんですから。あ、そうそう、仁さんはすでに不死身の能力を身に纏っています」

「え、そうなの」

「ですから、もうどう足掻こうと、モルゲン様から逃げる事など出来ませんよ。うふ♡」

「…………」


 万事休す。もう逃げも隠れも出来ないということなのか。

 俺は不死身となった自分の体を見回した。が、これといって変わった様子は見当たらないと思ったが……。

 徐々に、体中が不思議な光を放ち始めた。


「そろそろモルゲン様がお呼びですね」

「マジか」


 その光は徐々に大きくなって、俺を包み込む。


「はい。仁さんの世界から、モルゲン様の居る魔法の世界『アイテーリオ』へ召喚となります」

「……アイテーリオ……か」


 更に光が強くなり、俺の全身も光の粒子へと変わってゆく。

 


 こうなったら覚悟を決めて魔女の元へ行くしかない。

 念願である不死身の体を入手したのだ。それをフルに酷使して、いつか奴隷の身から自由を手にする。最初の目的は決まった。


「おー、仁さん良い目していますね。それでは、しっかりとモルゲン様にご奉仕してください。さようならー」


 手を振るエマの姿が見えなくなると、俺は光となって次元の彼方へと。




 ……そして、『アイテーリオ』のとある場所に出現したのだ。

 

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俺は不死身の体で何度でも生き返る。 うずはし @uzuhashitukiyo

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