第2話
ドアが閉じると声が聞こえてきた。
「ようこそ、私は第10便担当のAIです。ここからは自動音声に従い、次の部屋へと進んでください。」
「先ずはそこにある椅子に座ってください。自動で髪の毛を全てそりおとします。」
「な、何でそんなこと!?」
「髪の毛にはたくさんの雑菌が付着しています。火星の居住地は全て環境のコントロールを人工的に行っています。地球の雑菌を持ち込み生態環境が崩れないよう、必要な処理なのです。」
「なるほど」
男は納得して椅子に座った。すると上から、お椀上のボールが降りてきて…まぁ、これは今ではどこの美容院にもあるものなのでわざわざ説明する必要もなかろう。
ボールが上がり、次の部屋へと歩きながら男は自分の頭を思わず撫でた。
「火星に行こうと思ったのに、まさかこんなところで坊主デビューするとはなぁ。」
「次に服を全て脱ぎ、右にあるバスルームで常備の特殊洗剤を使って体を洗って下さい。洗浄後、右の棚から自分の国民管理番号を入力し服を取り出し、着て下さい」
「そんなに人間は汚いのか?」
「はい。」
即答だった。彼はお前はデリカシーってもんを知らないなぁ。ぶちぶち文句を言いつつ不潔な扱いをされるのは嫌なので丹念に洗い込む。
そして取り出した服はまるで手術用の患者衣だった。
「服も汚いから?」
「それもありますが、チャックなど金属があると転送の際、誤作動の原因となります。」
「ほう。」
この先の部屋でも色々と要求があった。血液検査をするためこの装置に手を入れてくださいだの、心電図をとりますだの、再度頭の除菌の為に紙にアルコールをくみ取りおでこから全体をよく拭いてくださいだの。
やっと終わりかと思ったら、次の部屋にはよくわからないものが二種類、籠の中に入っていた。一個は中に透明な液体が入っているカプセル、もう1つは先に尖った金属が付いている数本の紐だった。
「なんだこれは。出発を祝うには全然嬉しくない品だな。」
「そのようなものではありません。それらは今後とても重要な物です。カプセルの方は割れてしまわないよう、強く握らないで下さい。また、紐の金属部分は錆びさせないよう、決して触らないで下さい。」
「こんな尖ったもの危ないではないか。第一、先程金属は誤作動の原因とかなんとかって言っていたのに。どういうことだ。」
自動音声はその問いに答えなかった。
「本当に火星へ連れていってくれるのだろうな。いよいよ怪しくなってきた。本当は嘘なんだろう。どうなんだ、おい、答えろ。」
男が文句を浴びせてもやはり何も答えない。
くそ、こんなところ来るんじゃなかった。何が火星だ、
そう思っていると壁だと思っていたところに縦方向に筋が入り、ゆっくりと二枚の扉が動いた。すると中から数人が出てきた。
「必ず貴方を火星へお連れしますよ。さぁ、こちらへ。」
その人たちは両手にゴム手袋をし、マスク、髪がはみ出ないようにきちんと帽子をかぶり、、、今から手術をするかのような格好をしていた。
「一体ここは何なのですか。ちっとも火星に行く気分にはなれないようなことばかりさせる。どうやって火星に行くのですか。」
「手順が多いのは今後の課題です。申し訳ありません。あちらをご覧下さい。あれで行けるのですよ。」
ゴム手袋をはめた手の人差し指の指す先を見て彼は愕然とした。そこには、格子状に沢山の仕切りがついた大きな棚に人間のものと思われる脳がびっしりと並び、管理されていた。よく見ると今自分の右手に持っている管とそっくりなものが各脳に突き刺さっている。
「あ、あわ、あぁ…」
あまりのことに何もしゃべれなくなり、そこにしゃがみこんでしまった。
ごくり、と唾を飲み込み何とか気を落ち着けたものの、喋りだした声は震えていた。
「あ、あんまりだ、火星移住を謳っておいて、ほ、本当は人体実験をしているなんて。こんなの犯罪だ。」
「そんなことはありません。あなたは火星へテレポーテーションするのですよ。しかし体ごとではない。科学が進んだことで明らかになったのですよ。あることを体験するには適切な信号とそれを受信する脳があれば良いことを。これならわざわざ宇宙船を作ることもあっちで暮らすための施設を作る必要もないからとてもお安く火星へ、しかも速く"行ける"のです。さらに今地球で起こっている人口爆発も、こうやって人間をAIに管理させれば簡単に制御できる。まさかAIが囲碁やチェスのゲームで人間に勝つために開発されたと思っているわけではないでしょうね?科学は問題を解決するために進歩するのですよ。
移住計画が完了してこの地球からネットへ人間が暮らす場所を変えればかつてあった自然は戻ってくる。良いこと尽くしではありませんか。」
「そんな、そんなの俺はごめんだ!」
逃げようとするが足が上手く動かず倒れ込む。左手を見ると濡れていた。さっき恐怖のあまり手に力が入ってしまい、カプセルを握り潰してしまったらしく、中の液体はどうやら肌から染み込んで効く麻酔液だったようだ。体はどんどんと言うことを聞かなくなり、口も動かず、もはや抵抗する手段はない。
「こいつをそっちの台へ上げろ。もう麻酔は効いている。バイタルは。」
医者が手術の準備を進める中、男は頭のなかで思う。
ウゥ、タスケテ、クレェ…
「脈拍、心拍等全て正常、安定しています。」
ダレカ、
「よし、ではこれから火星転送手術を始める。メス」
………
「はっ!」
呼吸を荒げながら布団をすっ飛ばして起き上がる。
時計は朝の7:30を指していた。
布団を敷いている下の畳の目を撫でて手の臭いを嗅ぐとやはりい草の臭い。また布団に仰向けに倒れ込んだ。
なぁんだぁ、夢だったのかぁ、
リビングに行くと妻が朝食を作っていた。
「おはよう。朝から随分疲れきった顔ね。」
「いやぁ、変な夢を見てね。朝からもう
ぐったりだよ。」
そんなに怖かったの?
うん、まぁね
どんな夢?
ちょっと恥ずかしいよ、子供っぽいとかって言われそうだ
あなたいつも子供っぽいわよ
う、うるさい
焼いてくれたトーストにバターをたっぷりと塗り、半分に折ったのを、これまた朝っぱらから上手に作ってくれた半熟目玉焼きの目玉部分に、パンの耳のかどを突き刺しべちょべちょと黄身をつけて食べる。トイレを済ませてネクタイをし、
鞄の中に今日必要な資料が揃っているか確認して
一通りの支度が終わる。
さっき残したコーヒーを飲み干して妻に一声かける。
「じゃあ行ってくる。」
「いってらっしゃ、貴方、そんな格好で行くの?もう少し厚着した方がいいわよ。まだまだ気温が上がるには後数十年はかかるって政府も発表してたし。」
「何を言ってるんだ。大丈夫だよ、冬はまだなんだし。」
そう言い終わるのも待たずに妻は奥の部屋にあるクローゼットから随分とまぁ、分厚そうな服を出してきた。
「まだ大気が薄くて太陽光線が強いからヘルメットの中の遮蔽板は必ず建物中に入ってからオフにしてね。後ここの画面に表示される酸素残量が少なくなってきたら必ず近くの売店で補充するのよ。それからね……」
注文の多い火星移住 金星人 @kinseijin-ltesd
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