あれほど昨日を編集しないでと言ったのに!
ちびまるフォイ
俺が消えれば誰も俺のことを気にしなくなるから
冷蔵庫を開けると缶ビールが10本もストックされていた。
1本飲もうかと取り出したが、人と会う予定があったのでまた戻した。
「さて、そろそろ行くか」
久しぶりに友達と会って話をした。
この年になると健康やニュースの話題が多くなる。
「研究所を襲撃した犯人が逃走中だってさ」
「ああ、この近くの研究所だっけ」
「そうそう。あそこなにしてんの?」
「さあ? 小学生の頃に社会科見学で行ったような気もする。
たしか……時間に関する研究だったような」
「タイムマシンでもあるのかな」
「だったらもっとしっかり警備してるんじゃね」
とりとめのない話をしてその日は別れた。
翌日になってから、昨日話していたカフェで落とし物をしたことに気づいた。
「やべえ。あそこどこだっけなぁ」
友達の後ろをついていったので道順はおろか店名もわからない。
昨日の足取りを繰り返せばいいがそれだと手間だ。
「もしもし? 今ちょっといいか」
『おおーーどうしたんだよ。ずいぶん久しぶりだな』
「なんだその小ボケ。昨日あったばかりだろ」
『は? 何言ってるんだ?』
「それより、昨日のカフェの場所を教えてくれないか。
実は昨日あそこに忘れ物をしたから取り戻したいんだ」
『待て待て待て。いや、そもそもカフェってなんだよ』
「はぁ? 記憶喪失にでもなったのか?」
『お前こそ妄想と現実がごっちゃになってないか?』
「もういい。自分で探す!」
電話を切ってしょうがなく昨日足取りをたどっていく。
時間はかかったがあんとか探していたカフェに到着した。
「あの、昨日ここに忘れ物をしたんですが届いてないですか」
「さぁ……とくにそれらしいものは届いてません」
「そんなバカな。めっちゃデカいかばんですよ?
あんのが席に置きっぱになっていたらわかるでしょう?」
「そう言われましても……」
「まさか客のものを勝手に!?」
「て、てんちょーー! たすけてーー!」
何度探しても結局かばんが見つかることはなかった。
イライラしたので冷蔵庫を空けて缶ビールを1本飲んだ。
お酒は飲めないので一瞬で泥酔してそのまま寝てしまった。
翌日、ふたたび同じカフェを訪れた。
考えてみれば他の客が俺のかばんを持っていったのかもしれない。
そこでかばんの特徴を伝えて置き引き犯をとっちめようと思った。
「昨日ここにかばんを問い合わせたものですが……」
「え? 昨日もここにいらしたんですか?」
「はい。いや、さすがにとぼけないでくださいよ」
「えっと……? どちらさまで?」
「おとといかばんを置き忘れたんですって! 昨日も言ったでしょう!?」
「て、てんちょーー! たすけてーー!」
店長も俺の顔を見て「どちら様?」と答えた。
店員はおろか店長までも俺のことを忘れている。
「おいおいおい……どうなってるんだよ……」
二日酔いが残っているのだろうか。
もはやかばんなぞどうでもよくなる。
この町の人が俺を忘れてしまっている。
なにか記憶喪失の病気でもはやっているのか。
襲撃されたとかいう時間研究所からヤバめの成分が空気にのって……。
「は、ははは。そんなバカな……」
家に帰って眠った。缶ビールは8本になっていた。
一度、飲もうかと冷蔵庫開けたが怖くなって辞めた。
翌日、同じカフェを訪れてもやはり誰も俺のことは覚えていなかった。
「それじゃこの店を利用したっていう証拠を出しますよ!
それであなた達が忘れているってことの証明になるでしょう!?」
「証拠?」
「ほらここにレシートが……レシートが……あれ?」
昨日、間違いなく入れていたはずのポケットにレシートはなかった。
それどころか利用したキャッシュカードにも精算履歴がない。
「……あの、よければいい病院を紹介しますよ?」
「こ、こんなはずじゃないんだ!」
これじゃイカれているのは俺のほうじゃないか。
俺だけが記憶が残っているのに、この世界に痕跡が残っていない。
「あのぅ、すみません通らせてください……ふぅふぅ」
道端で呆然としているとおばあさんが前を横切った。
「あ、荷物持ちますよ。どこまでですか?」
「悪いねぇ、お願いしますよ」
おばあさんの家まで荷物を届けた。
部屋にもあげてもらったのでお茶を飲みながら話を聞いた。
同居している娘夫婦にも挨拶してから家を出た。
ここまでしたのは仮説を証明するためだった。
「よし、これで明日どうなっているか……」
おばあさん家の庭にはこっそり小さな石を置いた。
冷蔵庫から麦茶をぐいとあおって寝た。缶ビールは3本。
そろそろ買い足しておいたほうがいいかもしれない。
翌日、おばあさんの家までいくと反応は予想通りだった。
「どちら様ですか? 年を取るとどうにも人の顔が覚えられなくてねぇ」
「だと思いました」
「?」
挨拶をした娘夫婦にも顔を見せたがやっぱり覚えていない。
内緒でおばあさん家に置いてきた目印の石ころも消えている。
記憶喪失なんかじゃない。
昨日から俺の痕跡が消えてしまっている。
もしこんなのが続けばどうなるのか。
俺が存在しない日が365日繰り返されれば、
それはもうこの世界から俺が消えたのと同じじゃないか。
「くそ、誰がなんのために俺の痕跡を消してるんだ! ふざけやがって!」
俺の痕跡を消すつもりなら、絶対に消せないようにあがいてやる。
ネットで知り合った動画配信者に声をかけて、一緒に生放送を実行した。
動画の反響もまずます。
誰かが俺の痕跡を消して、俺のことを忘れさせようとしているだろうが
他の人間を巻き込んでいれば痕跡を消すことはできないはずだ。
「ふふふ、ざまあみろ。これは明日が楽しみだ」
今日は飲みたかった気分だがもう缶ビールは残ってなかった。
翌日、配信した動画の反響を確かめようとアクセスすると、
『404 NOT FOUND ページは存在しません』
「くそっ、こっちは消しやがったのか。
でも動画は配信者を通じて不特定多数に拡散されているんだ!」
配信者に声をかけようとチャットを飛ばすが連絡が帰ってこない。
アカウントも消えていて、まるで存在しなかったように情報が見つからない。
やっと自体の深刻さに気がついた。
「ま、まさか……他の人を巻き込んだら、俺の痕跡と一緒に消えるのか……!?」
自分に関わった人の痕跡も同じく消してしまう。
おばあさんの人助け程度なら記憶だけで済まされるが、
ネットに刻まれる情報ともなると記憶だけでなくデータやその人の存在すらも消してしまう。
俺が関わったせいで配信者の存在を消してしまった。
いや、もしかすると俺が気づいていないだけで
他にも俺が関わったせいで消えているのかもしれない。
仮に俺が車にひかれたとして、事故の記憶はもちろん、
道路に残った血も、衝突で凹んだ車も、元通りになるのではなく消されてしまう。
「う、うそだろ……どうすりゃいいんだよ……」
誰かに助けを求めればその人も消えてしまう。
深く関わるほど、消される範囲は大きくなる。
それからはひきこもりがちになった。
外にも出歩かなくなり、できるだけ迷惑をかけないようにひっそりと過ごした。
そんな生活にも限界になった時、友達の言葉を思い出した。
「そうだ……研究所では時間の研究をしているはず……」
まさか本当にタイムマシンでもあるとは思えないが、
この状況をなにか打開できるかもしれない。
どうせ痕跡は消えるのだとやぶれかぶれで研究所に特攻した。
あっという間に捕まってしまう。
「貴様! さては襲撃者だな!!」
「ちがいます! 俺は昨日から自分の痕跡が消えるのを
なんとかしたいだけです!!」
研究員たちは「何いってんだこいつ」としていたが、
奥から出てきた所長はなぜか不審者の俺を奥へと案内した。
「君は……どこまで知っている?」
「どこまでって、なにをですか?
どういうわけか明日になると前日から痕跡が消えているんです」
「なるほど……君が使っているわけではないのか」
「……はあ?」
「実は先日、この研究所から昨日メモリが奪われてね。
昨日の事柄を自動で記録するドライブレコーダーのようなものだ」
ニュースでは襲撃されたとだけあったので初耳だった。
「どうしてそんなものを……」
「タイムマシン研究の一環さ。君の痕跡が消えるのも
誰かがその装置で昨日を編集しているに違いない」
「いやそれめっちゃまずいじゃないですか。
ここでこうしているのもバレるってことでしょう!?」
「どうしてそんなものを……」
「タイムマシン研究の一環さ。君の痕跡が消えるのも
誰かがその装置で昨日を編集しているに違いない」
「いやそれめっちゃまずいじゃないですか。
ここでこうしていても編集されちゃうんでしょう!?
「ああ、だが安心してくれ。実は無効化電波を極秘裏に進めていたんだ。
これで君の痕跡が消えることはないだろう」
「本当ですか! よかった!!」
「昨日メモリを奪ったやつがどうして君の痕跡を消すのかわからないが」
「そんなこともうどうでもいいです!」
俺は無効化電波発生装置を体に取り付けた。
これで昨日メモリで痕跡が消えるように編集しても無効化される。
「本当にありがとうございます! これでもう安心です!!」
俺はついに自分の痕跡を残すことができるようになった。
誰にも忘れ去られてしまうことの恐怖から開放されたんだ。
「ただいまーー!」
家に帰ると、全く知らない男が缶ビールを飲んでいた。
まるでずっと前から自分の家みたいにごく自然に。
「お、お前はいったい……」
「なあに、気にするな。どうせ明日には俺がここにいた痕跡も消しておく。
これまでと同じように、知らぬ間にかくまってくれよな」
男は手元の昨日メモリを操作し始めた。
もし、もう効かないことを感づかれたら何をされるだろう。
その日以降、俺は部屋にいる不審者をただ見て見ぬ振りをしながら今も過ごしている。
あれほど昨日を編集しないでと言ったのに! ちびまるフォイ @firestorage
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