Episode4 〆切前には買い物が捗る②


 東急ハンズでの買い物を終えると、優佳理はタカシマヤを出て数分の場所にあるヨドバシカメラに向かった。

 店のテーマソングや商品案内の放送が大音量で流れる賑やかな店内。ここもまた優佳理のお気に入りの店の一つで、パソコンやゲームを眺めたりオーディオ機器やマッサージ機を試しているとあっという間に時間が過ぎていく。

「電器屋さん……? なにを買うんですか?」

 愛結が怪訝な顔を浮かべて訊ねてきた。

「テレビとゲーム機、あとテレビ台もかしら。愛結ちゃんの部屋用の」

「あたしの部屋の!?」

 驚く愛結を、優佳理は不思議に思う。

「なにを驚いてるの?」

「え、だ、だって……今日は生活に必要なものの買い物に来たんですよね……?」

「そうよ。ゲームは生活に必要でしょう?」

「……そう、ですか?」

 優佳理が当たり前のことを口にすると、愛結は何故か疑問符を浮かべた。

「え、もしかして愛結ちゃんゲームやらないの? 最近の若者なのに」

「えっと、ツムツムとポケモンGOならちょっとだけやったことあります」

「GOじゃないポケモンは?」

「ないです。そもそもゲーム機を持ってなかったので……」

「ゲーム機を……持って、ない……?」

 幼い頃からゲーム好きだった優佳理にとって、ゲーム機のない生活など拷問にも等しかった。 そこで優佳理はハッと気づく。

「もしかして愛結ちゃんが家出してきた理由って、ご両親にゲームを買ってもらえなかったから……!?」

「ち、違います! そんなわけないじゃないですか!」

 確信に近い推測を、愛結は一瞬で否定した。

「……うーん……でも、ゲームをやったことがないというのは問題ね」

「なにが問題なんですか?」

「だってせっかく同じ家に住んでるんだから、一緒にゲームをしたいじゃない」

 優佳理の言葉に、愛結は何故か頬を赤らめ、

「ま、まあ、全然ゲームに興味がないってゆうわけじゃ、ないですけど……」

「そうなの? じゃあなにかやりたいゲームはあるかしら?」

「えっと……どうぶつの森、だっけ? 友達がやってて面白そうだなって思いました」

 愛結の回答に、優佳理は微妙に顔をしかめた。

「ぶつ森かー……私アレは一時期やってたけどやめちゃったのよね……」

「なんでですか?」

「あのゲーム、村の住民の口癖を変えられるんだけど、戯れに『はたらけ』って言う口癖を教えたら話しかけるたびに働けって言われるようになっちゃったの。『おはよう、働け!』、『今日は暑いね、働け!』『ボクはいま休憩中だよ。働け!』……なにこれ地獄?」

「自業自得じゃないですか」

「まあそれだけじゃなくて、ゲーム内の時間がリアルの時間に合わせて流れるから、夜はお店が閉まっちゃうし住民も寝ちゃうし、真っ当に遊びたいならプレイヤーも規則正しい生活をしないといけないのよ」

「むしろ先生はどうぶつの森をやるべきなんじゃ……?」

 愛結のもっともな意見をスルーして、

「やっぱり動物とは友達になるものじゃなくて、狩って料理したりアイテムの素材にするべきだわ」

「えー……」

 呆れ顔を浮かべる愛結に優佳理は苦笑し、

「まあ、ぶつ森のソフトはまだ家にあるから、愛結ちゃんがやりたいならあげるわ。とりあえず今は買い物を済ませちゃいましょう」

 有無を言わさずそう言って、優佳理は愛結とともに店内を巡る。

 購入したものは50型のテレビとテレビ台、スピーカー、PS4とSwitch、それから気になっていたゲームを数本。Switchとゲームソフト以外は配送を頼み、到着は三日後だ。

「あんまりゲームばっかりやってると、またみやちゃんに怒られるんじゃないですか?」

 新しいゲームを買って上機嫌な優佳理に、愛結が言った。

「ゲームは作家の仕事の一環よ」

「またそんな嘘を……」

 百貨店で騙されたことを思い出したのか、ふくれ面になる愛結に、

「これは本当だってば。だってゲーム代は確定申告のとき経費として認められるもの。疑うならみゃーさんに訊いてみてもいいわよ? 経費として認められるということは、ゲームは正真正銘、仕事の一環っていう証明でしょう?」

「かくていしんこく……けいひ……」

 よくわからないらしく、愛結は首をひねりながらもそれ以上ツッコんではこなかった。



「さてと、お昼はどうしましょうか」

 ヨドバシカメラを出たところで、ヒカリが言った。

 時刻は十二時半を過ぎ、たしかに愛結もお腹が減っている。

「愛結ちゃんは何が食べたい?」

「あ、あたしは別になんでもいいです」

「ほんとに?」

 ヒカリにジッと見つめられ、愛結は動揺しつつも、「ほ、ほんとです」と頷く。

 実際、多少の好き嫌いはあるが愛結は基本的になんでも食べられる。

「そうねえ……じゃあ、昆虫でいいかしら?」

「こ、昆虫!?」

 あまりにも想定外の言葉に愛結は目を丸くする。

「セミとか蜂とかサソリとかが食べられるお店が新宿にあるの。そこでいいかしら?」

 断じてよくはない。

 昆虫なんて食べたことがないのでもしかしたら美味しいのかもしれないが、いきなり心の準備もなしに連れて行かれて食べられる自信はない。

 とはいえ自分で「なんでもいい」と言ってしまったのは事実。やっぱり駄目なんて言ったらヒカリにがっかりされてしまうかもしれない――。

「い、いい、です、よ……?」

 引きつった笑みを浮かべて絞り出すように答えた愛結に、ヒカリは可笑しそうに、

「冗談よ。そのお店、ランチ営業はやってないし」

 ……ランチ営業をやっていたら本当に行くつもりだったのだろうか。

 ヒカリはあたりを見回し、

「そうねえ……あ、ラーメンはどう?」

 その提案に、愛結は全力で「はい! とてもいいと思います!」と頷いた。

 この近辺にはラーメン屋が多いようで、普通に歩いているだけで複数の店舗が目に留まったが、ヒカリが選んだのは濃厚な豚骨スープがウリという店だった。入り口前の看板には分厚いチャーシューが何枚も乗ったラーメンの写真が印刷してある。

 ヒカリは微塵の躊躇いもなく店内に入り、券売機の前で少し考えた末に「豚骨ラーメン(麺増量)」と、トッピングの味玉とコーンと紅ショウガの食券を購入した。

 細身で可憐なヒカリのイメージに、ボリュームたっぷりの豚骨ラーメンは不似合いに思えたが、思い出してみると昨夜のローストビーフは一人で食べるつもりだったにしてはかなりの量だったし、朝食もそれなりの量があったのにぺろりと平らげてしまった。見かけによらずよく食べる人なのかもしれない。

「愛結ちゃんはなんにする?」

「え!? あ、じゃあ先生と同じので!」

 自分の注文を考えてなかった愛結は咄嗟にそう答えた。

「トッピングは?」

「そ、それも同じで」

「おっけー」

 ヒカリが食券を購入して店員に渡し、二人は並んでカウンターに座る。

「先生は、ラーメン好きなんですか?」

「そうねー……外出して何を食べるか迷ったときの採用率は割と高いかも。でも行列に並ぶほどじゃないわね」

「普通に好き、くらいですか?」

「普通に好きか大好きかだと大好き寄りだし、ラーメン道の奥が深いことも知ってるんだけど、とにかく並ぶっていうのが性に合わなくて、あと一歩を踏み出せない感じかしら。基本的に予約もできないし」

「なるほど……」

 なんとなくヒカリらしいと納得してしまった。

「愛結ちゃんはラーメン好きなの?」

「好き……ですけど、こういうちゃんとしたラーメン屋さんは初めてです」

 少し恥じらいながら愛結は答えた。

 学校の友人たちとフードコートでラーメンを食べたことはあるが、ラーメン専門店に入るのは初めてなのだ。

「なるほど、これが愛結ちゃんの初体験というわけね」

「ちょ、ちょっと! 言い方……!」

 顔を真っ赤にする愛結。

 ……初体験と言うのなら、誰かと一緒に住むのも初体験だし、働くのも初体験だし、電動歯ブラシやゲーム機を所持するのも初体験だ。

 適うなら一般的な意味での初体験もヒカリ相手がいい。

 そんな妄想を慌てて頭から追い出し、カウンターに置かれたピッチャーからコップに冷水を注ぎ、一気に飲み干した。

 そうこうしているうちに、注文したラーメンが二人の前に置かれる。

「いただきます」

 看板の写真を裏切らないボリューム感で、しかも麺多めにトッピングまで追加しているのだが、ヒカリは平然とした様子で箸を進める。

 愛結もヒカリに遅れまいとチャーシューにかぶりつき、二人はほぼ同時にラーメンを食べ終わった。

 とても美味しくて愛結的にはボリュームもちょうど良く、非常に満足できた。行列のできる名店でもない普通のお店でこのレベルとは、さすが東京だ。

「はー……美味しかった」

 水を飲み、思わず声を漏らした愛結に、ヒカリはどこか嬉しそうに微笑む。

「愛結ちゃん、なかなかの健啖家ね。さすがみゃーさんの血族だけあるわ」

「けんたんか?」

「よく食べる人っていう意味よ」

 つまり「大食い」と言われた気がして、少し恥ずかしくなる愛結。

「せ、先生こそ、けんたんか? ですね」

「そうね、昔から他の女の子よりたくさん食べちゃう方だったわ」

 ヒカリはすんなり肯定し、

「だから友達と一緒に食べ歩きとかしても満足できないことが多かったんだけど……愛結ちゃんとなら大丈夫かもね」

 その言葉に、胸が熱くなる愛結だった。



 昼食を終えてタクシーでマンションに帰り、買ってきたものをとりあえずリビングに置いたあと、優佳理と愛結は再び部屋を出た。

 向かった先はマンションから徒歩五分ほどの距離にある中型スーパーで、目的は主に今夜の夕飯の買い物である。

 タカシマヤ地下の食料品売り場で買うことも考えたのだが、愛結に最寄りのスーパーを案内しておきたかったのだ。

「どう? ここが東京のスーパーよ」

 店内に入って優佳理がそう言うと、

「さすがにスーパーで驚いたりしないです」

 愛結は少しムッとした顔で言った。

 優佳理は「残念」と笑って、買い物かごを手に取る。

「近所には他にコンビニとスーパーの中間みたいな小さいお店が二つあるけど、品揃えは微妙だから基本的にはここを使うといいわ」

「わかりました。……あ、買い物かご、あたし持ちます」

「じゃあお願い」

 愛結に買い物かごを手渡し、並んで店内を歩く。

「あの、夕飯はなにがいいですか?」

「愛結ちゃんにお任せするわ」

 優佳理の返答に愛結は少し考え、

「……ワインって、どんな料理が合うんですか?」

「え?」

「ワインが残ってたから、今夜飲むんじゃないですか? だったらワインに合う料理にしようかなって」

「ふふ、気が利くわね」

 優佳理は素直に感心し、

「そうねえ……ワインといっても色々あるけど、昨日飲んでたミディアムボディの赤ワインなら、やっぱりしっかりした味付けの肉料理かしら」

「肉料理……ローストビーフ以外だと、ビーフシチューとかハンバーグとかですか?」

「そうね、その二つなら間違いなく合うわ。あとビーフストロガノフとかラザニアとかもいいわね」

「それはどっちも作ったことないです……」

 愛結は申し訳なさそうに言って、

「あ、でもラザニアってたしか平べったいパスタのやつですよね。パスタで肉だったら、ミートソースのパスタはどうですか?」

「悪くないけど、ミートソースよりもボロネーゼのほうが合うかしらね。ワインを使ったソースだし」

「あの飲みかけのワインを使っても大丈夫ですか?」

「もちろんよ。同じのがまだ何本か残ってるし。……飲むワインと同じワインを使った料理なら、相性は間違いなく最高ね」

「わかりました。じゃあボロネーゼとビーフシチューにします」

「ふふ、楽しみだわ」

 献立が決まると、愛結はてきぱきと材料を買い物かごに入れていく。

 挽肉、ブロック肉、にんじん、玉ねぎ、じゃがいも、ブロッコリー、マッシュルーム、セロリなど夕食に使う食材の他、レタス、キュウリ、キャベツ、大根、ナスなどの野菜類。

「一度にこんなにたくさん野菜を買うのは初めてだわ」

 優佳理がそう言うと、

「先生、野菜が嫌いなんですか? 冷蔵庫に全然入ってなかったし……」

「嫌いっていうわけじゃないけど、普段はほとんど買わないわね。料理の材料に必要なら買うくらい」

「サラダくらい毎日食べたほうがよくないですか」

「サラダねー……。生野菜を切ってお皿に盛り付けるという工程に、何の面白さも見出せないのよね……」

「面白さ、ですか?」

 愛結は不思議そうな顔をした。

「私にとって、料理を作るっていうのは娯楽の一つなのよ。作るからには楽しくないとイヤだし、そうじゃないときはお弁当をレンチンでいいかなって」

「料理が娯楽……そんなふうに考えたことなかったです」

 神妙な面持ちで愛結は呟いた。



 スーパーからマンションに戻り、愛結は冷蔵庫を開けて食材を入れていく。かなりたくさん買い込んでしまったが、大きな冷蔵庫のスペースには十分な余裕があった。

「愛結ちゃん」

 空っぽだった野菜室に野菜を納めていると、後ろからヒカリが声をかけてきた。

「私はこれからお昼寝するので夕飯ができたら起こして」

「へ? お昼寝?」

 愛結が振り返ると、サングラスを外したヒカリの目は半開きで、今にも閉じてしまいそうだった。

「二時間くらいしか寝てないから限界がきたわ。じゃあお休み」

 一方的にそう言うと、ヒカリはすたすたと寝室に入ってしまった。

 たしかに昨日夜遅くまで仕事して、それからワインを飲んでリビングで寝落ちして、起きたのが七時だったから、睡眠時間はすごく短い。

 それなのに愛結に部屋の案内をして、愛結のために買い物に連れて行ってくれたのだ。

 先生、優しい……!

 感激で胸が熱くなる。

 ヒカリのために、夕食は絶対に美味しいものを作ろう。

 そう強く決意して、愛結は「ふんっ」と鼻息を鳴らした。



「……先生。……先生っ。……先生っ!」

 呼びかけられながら布団越しに身体を揺さぶられ、優佳理は目を覚ました。

 目を開けると、視界に愛結の顔が入ってくる。

「あ……おはよう」

「……すいません、外から呼んでも全然反応がなかったので、勝手に入っちゃいました」

 謝る愛結に「んー……べつにいいわよ」と答えて大きな欠伸をすると、漂ってきたビーフシチューの匂いが鼻腔をくすぐった。

「良い匂い……夕飯できたの?」

「はい。あとはバルコニーに運ぶだけです」

「わかった。すぐに行くわ」

 そう言って優佳理がベッドから降りると、

「ちょっ、先生!」

 愛結が顔を赤くして悲鳴を上げた。

「え、なに?」

「なんで下なんにも穿いてないんですか!」

 下? と自分の下半身に目をやると、下着だけだった。靴下とクロップドパンツは寝る前に無意識に脱ぎ捨てたのだろう。

「パンツは穿いてるじゃない」

 さすがに下着まで脱いでいたら恥ずかしかったかもしれないが、同性の愛結に下着姿を見られても特になんとも思わない。昨夜は普通に愛結の前でシャワーを浴びたし。

 優佳理はサイドテーブルの上に置いてあった部屋着のスウェットを穿き、愛結と一緒に部屋を出た。

 ボロネーゼパスタとビーフシチューとワイン、それにシーザーサラダとアスパラガスの生ハム巻きをルーフバルコニーのテーブルに運び、椅子に座る。

「ふふ、まるでレストランの食事みたいね」

「いえ、そこまでのものでは……」

「そんなことないわよ。ほんとにすごいわ」

 謙遜する愛結に、優佳理は本心から賛辞を送る。

 基本的に単品の食事ばかりの優佳理にとっては料理が複数あるというだけでも凄いことなのに、盛り付けもなんだかお洒落だ。

 優佳理はスマホを手にして、

「愛結ちゃん、はい笑って」

「え!?」

 カシャッ。

 いきなり言われて戸惑っている愛結の顔を画面に収めて、料理の写真を撮った。

「ちょっ、先生!?」

「大丈夫よ。私はSNSやってないから」

「そういう問題じゃ……」

 と愛結は口を尖らせ、

「ほら、冷めないうちにはやく食べてください」

「はーい。それじゃ、いただきます」

 優佳理に続き、愛結も「いただきます」と呟いてスプーンを手にした。

 優佳理はフォークでボロネーゼパスタを口に運んだ。

 牛肉と野菜の旨みとワインの渋みが絶妙に混ざり合った深い味わいが口内に広がる。これは正直、お世辞ではなくレストランで出せるレベルじゃないだろうか。少なくとも優佳理の実家の料理人が作ったボロネーゼにまったく引けを取らないのは間違いない。

 続いてワインを一口。想像以上にボロネーゼとの相性が抜群で、昨夜飲んだときより格段に美味しい気がする。

「はぁ――」

 ワインを舌でじっくり味わってから嚥下し、思わず恍惚の吐息を漏らした優佳理に、愛結が手を止めて緊張の眼差しを向ける。

「ど、どうですか」

 怖ず怖ずと訊ねた愛結に、優佳理は微笑み、

「最高に美味しいわ」

 それを聞いた愛結は、「よかった……」と心底安堵した声を漏らした。

 優佳理も「よかった」と思う。

 優佳理の実家では昔から住み込みの使用人を何人も雇っていて、優秀な人もいればそうでない人もいた。過去に見てきたその人たちと比較してみても、愛結は間違いなく「当たり」の人材だろう。料理上手で、気配りもできて、何より真面目だ。からかい甲斐があるのもいい。

 みゃーさんは、本当にいい「お手伝いさん」を紹介してくれた。

「――たしかに星、綺麗ですね」

 愛結が唐突にそんなことを言った。

 星? と優佳理が視線を空に向ける。

 満天とまではいかないが、周囲に高い建物がなく街明かりも控えめなため、都心にしては比較的いい感じの星空。

 そうだった、そういえば、今夜ルーフバルコニーで夕食を食べることにしたのは、「星がよく見えるから」という理由だった。

 とはいえ、

「……星がよく見えるなんて言っちゃったけど、愛結ちゃんの地元のほうが普通に星空は綺麗よね、どう考えても」

 あくまで都心にしては星がよく見えるだけで、田舎には適わないだろう。そんなことにも思い至らず愛結に星空自慢をしてしまったのは、少し恥ずかしい。

 微苦笑を浮かべる優佳理に、しかし愛結は小さく首を振り、

「……地元じゃ、ゆっくり星空を見上げてる余裕なんてなかったので」

 心の底から満ち足りたように、愛結は空を見つめていた。

 星々を移すその瞳に、うっすらと涙が滲んでいることに優佳理は気づいてしまった。


「ここに来れてよかったです。ほんとうに」


 柔らかな笑みを浮かべる愛結。

 その顔を見つめていると、優佳理は自分の頬が仄かに火照るような感じがした。

 まだワインは一口しか飲んでないのに。

 ふしぎ。

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〆切前には百合が捗る 平坂読 @043

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