第2話〜ある一家の場合〜

コンコン……


 「いるの?」

 「いるに決まってるだろっ、閉じ込められてるんだから」

 「……そう」

 「母さんいい加減僕たちを出してくれよ!」

 「……だめよ、あなたを出すことはできない」

 「なんでだよっ」

 「……っ」


 パタパタと扉の向こうで足音が去っていき、僕たちはまた小さな部屋に取り残された。

 まぁ、小さいといっても父さんが別荘の地下をワインセラーにしようとしてたくらいに広いんだけど……

 それを僕の秘密基地に改造したのは数年前のこと。


 ここに閉じ込められて約ひと月。

 幸い調理器具はあるし、簡易的なユニットバスも設置してあったから困らないっちゃ、困らないんだけど……


 「僕たちはただ一緒になりたかっただけなのに……なんで閉じ込められなきゃいけないんだよ」

 「……そうね」

 「まあ、誰にも僕たちの邪魔されなくていいけど」

 「……そうね」


 食料は十分にある。災害用に備蓄してあった缶詰がほとんどだけど……節約すれば数ヶ月は持つ。

 その頃には母さんの気も変わってるはず……彼女も異論はないようだし、それまでは僕たちふたりだけの世界を楽しむとしよう。


 「ねえ、ここから出たらふたりで何しようか」

 「……そうね、あなたの好きなことを」

 「えー、じゃあ前みたいにふたりでデートしようよ。前は他の奴に邪魔されたから」

 「……そうね、楽しみ」


 この前みたいに突然怒ったりしないでよ……しばらく口を聞いてくれなかったし、なかなか会ってくれなくなって……


 別荘に連れて来ることが出来て、嬉しかったのに。君は何故か笑ってくれなかったんだよね。


 だけど、この部屋に閉じ込められてから君はいつでも僕の望みを叶えてくれるようになった。

 どんなに僕が君を愛しているかようやく伝えられたのかな。


 ようやくわかってくれて……嬉しいよ。


 そうだ、焦らずとも時間はたっぷりある。誰も僕たちを引き裂くことはできない。


 「僕らは一緒になったんだ、永遠に……」




◇ ◇ ◇




 コンコン……

 どうかお願いします。震える手でドアを叩く。どうか……どうか返事が返ってきませんように……


 「いるの?」

 「いるに決まってるだろっ、閉じ込められてるんだから」

 「……そう」

 「母さんいい加減僕たちを出してくれよ!」

 「……だめよ、あなたを出すことはできない」

 「なんでだよっ」

 「……っ」


 足早に地下を後にする。身体は震えなかなか動悸がおさまらない。


 「はぁはぁ……っどうしてこうなったのかしら」


 優等生で前途有望といわれた自慢の息子があんな悪魔だったなんてーー



◆ ◆ ◆



 ひと月ほど前、息子が友達と過ごすと言っていた別荘に差し入れを持って訪ねた。夏休みを半分過ぎても家に顔を出さないので少し驚かせるつもりで。


 でも別荘には誰もいない。もっと騒がしくしてると思ったのに。

 また、地下にこもって遊んでるのかしら……


 「はぁ、好きに改造させるんじゃなかったわ」


 ため息をつき、息子がいるであろう地下へ向かうとなにか得体の知れない臭いが充満していた……


 「なんなの、この臭い。変な実験でもしてないでしょうね」


 何気なく地下室の扉を開く……


 「ああ、母さん来てたんだ。紹介するよ、僕の彼女。僕たち一緒になったんだ」

 「……ひっ、いやああっ」


 そこは血の海だった。その中心にいた息子は……いや、あの悪魔は何かを食べていた……人の指に見えるを。

 ……を彼女だと言ったの? この悪魔はいったい誰なのっ!


 慌てて地下の扉を閉めて外から鍵をかけた、これで出てこれないはず。この時ほど外から鍵がかけられる扉に感謝したことはない。


 「あれ、母さん? 急にどうしたの」

 「……っ、しばらくそこにいなさい」


 ハァハァと乱れる呼吸をなんとか誤魔化し震える声を隠す。

 バレたらわたしも同じ目にあうかも知れない。


 「はやくっ、主人に相談しなくちゃ……」


 笑えない冗談だと受け取った主人を強引に別荘へ連れ出すことができたのはあの日から2日後ことだった。


 未だ半信半疑の主人が地下への扉を開け部屋へ1歩踏み込んだ。私は主人の影で震える身体を必死に隠す。


 「あれ、父さんまでどうしたの?」

 「いや、母さんが……なぁ、……はなんなんだ?」

 「……っ」


 主人が震える手で指差したそこにはかつて人だった残骸があった。


 「ああ、あと少しで僕たち完全に一緒になれるんだ。母さんが帰ったあと頑張って掃除したんだ……ほら、母さんが変な臭いとか言うから。なかなか大変だったよ」

 「ひっ……」


 残っていた残骸をも目の前で口にする悪魔がそこにいた。

 吐気が我慢できない。


 血の海だった部屋もすべて元通りだ。事情を知らなければ尚更なにもなかったように見えるだろう。


 震える足を叱咤し、なんとか部屋から出る……

 目の前の悪魔にバレないよう平静を装うが、悪魔は外に出ようなどとは思っていないようだ。


 主人も出たのを確認し、地下の扉を閉め鍵をかける。夫婦の息がこれほどに合うなんていつぶりかしら……


 「あれー、父さんまで閉めていくの?」

 「……いや、せっかくならもう少しふたりきりにしてやろうかと」

 「そっか、父さん気がきくね」


 つらつらとそんな言葉を吐き出す主人の顔は真っ青で今にも倒れそうだ。


 少しでも早く悪魔から離れたい。


 「あなた、どうすればいいの」

 「どうしようもないだろ。遺体すら残ってないんだ……ましてやあの娘の身元もわからない。警察が取り合ってくれるはずない」

 「そんな……」


 ごめんなさい、名も知らぬあなた。その代わり悪魔はここから出さないからどうか許して……



◆ ◆ ◆



 「どうだった?」

 「今日もダメだったわ……」

 「……そうか」

 「ねえ、あの食料いつ尽きるかしら」

 「1年もすればきっと……」

 「そうよね……」

 「ああ」



 それまでなんとしても悪魔を閉じ込めておかなければ。


 毎週、地下の扉をノックしてあの悪魔が死んだか確認している……今のところ残念ながら毎回返事がある……

 ああ、早くいなくなってくれないかしら……

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小さな部屋 瑞多美音 @mizuta_mion

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