第117話 虚実の境界線
ワンの倉庫
仕事が終わったと判断したディミトリは剣崎に電話を掛けた。取り敢えずは倉庫に散らばっている死体の処理をしてもらう為だ。
運が良ければ守居たちも助かるだろう。
「ブラックサテバの連中は怪我はしてるが無事…… だと思う」
『ああ、分かった』
「他の連中は始末したよ」
『分かった。 後の処理は此方でやるよ』
「これで宿題は終わりだろ?」
『ああ、ところで加藤理子はどうだった?』
「ん? 無事だよ」
ここで剣崎は暫し沈黙してしまった。どうやら期待した答えと違ったようだ。
『そうじゃなくて、変わった様子は無かったかね?』
「怯えてはいるが大丈夫なようだ」
『……』
剣崎は再び沈黙した。
(精々、困惑してくれ…… 俺の知ったこっちゃ無い)
ディミトリは剣崎に一矢報いる事が出来たようで少し機嫌が良くなった。
『お前の秘密が何なのか、やっと理解できたよ』
電話を掛け終えたディミトリがロシア語でリコに言った。
『あら、女の半分は秘密で出来ているものよ…… それを知らない程の初な坊やじゃないでしょ?』
リコが流暢なロシア語で返してきた。
『ああ、手痛い経験は色々としてきたからな』
『それってリーリャの事?』
『ええ…… やめてくれ。 あの女だけは思い出したくない……』
ディミトリがそういうと二人はプッと吹き出し、ゲラゲラと笑い出した。
リーリャはディミトリの初体験の相手だ。もちろん、最初は上手く行かなかったが、何とか事が成功した後にリーリャに慰められた。
『誰だって最初は上手く行かないものよ』
『……』
気恥ずかしさで俯くディミトリに、リーリャは優しく声を掛けてきた。そして、驚愕の一言を告げた。
『私も最初は失敗したわ……』
『え? 最初??』
すぐには意味が分からなかった。
『私って元は男なの……』
衝撃的な一言だった。ディミトリのそれまでの世界がガラガラと崩れ去っていくには十分な衝撃だ。
それは、目に見えるものが全て真実では無いと如実に語ってたいるのだ。それでも、ディミトリはデカパイ姉ちゃん好きなのは変わらなかった。
『で、坊やのディミトリはこれからどうするの?』
『坊やって言うんじゃないよ……』
ディミトリは苦笑いながら答えた。リコもクスクスと笑っている。
『元の身体を取り戻す…… そっちはどうするんだ?』
『そうね…… 私は今のままで良いかな……』
少し意外な答えだった。リコも元の体に戻りたがると思っていたからだ。
そうなると、どっちが先に戻るかを話し合わないといけないかなと考えていたのだった。
『金。 要らないの?』
ディミトリはビックリした表情で尋ねた。彼にとっては、金は絶対的な価値を持つものだからだ。
違う身体とはいえ同じような感覚を持っていると考えていただけにビックリしたのだった。
『そんな物に執着は無いわ』
『ふーん』
彼女の今の両親は比較的裕福な階層であるらしい。これと言って不自由な思いはしてないのだそうだ。
『貴方は元の糞溜まりを徘徊する人生に戻りたいの?』
『糞溜まりのままかどうかは、まだ分からんよ』
それはかっぱらった麻薬組織の売上金の事だ。百億ドル。日本円にして一兆円規模だ。手に入れられればマトモな人生が送れる気がする。
『お金だけが全てじゃないでしょ……』
『それは、今が恵まれて見えているだけだ……』
『日本で生活してても銃弾は飛んでこない』
リコが日本で最初に感じた事を言ってきた。そして、重要な事だった。
『最初は極東の島に住む土人の国だと知って唖然としたもんだ』
『そうね。 素手で丸めたライスに生魚乗せたのを、手掴みで食う野蛮さに辟易したものね』
『毎朝出される臭い発酵豆!』
『ああ、あれは酷かったわ』
『それに火が使えないのか卵を生で食うし……』
『海に生えている草まで食うんだよ?』
『極め付きは俺の靴下なみに臭い茸を有り難がってる所だな』
ディミトリがしかめっ面で答えた。どうやら松茸の事らしい。欧米人にはとても臭い物であるそうだ。
『今はどうなの?』
リコが意地悪く質問してきた。
『全部、大好物さ!』
ディミトリがあっけらかんと言うと、お互いに吹き出してゲラゲラと笑いあった。リコは盛んに頷いている。どうやら彼女の好物でもあるらしい。
『食い物の嗜好が変わるとは思わなかったけどなあ』
『味覚は相手の嗜好に依存するもんじゃないの?』
『そう云うもんなのかな……』
『それに事故なんかで長期間意識不明だと変化してしまうみたいよ』
『そうなのか……』
『舌が味覚を忘れてしまうんだってさ』
『ほう……』
『私が入院していた先の病院で医者がそう言ってた』
『ん? その医者って?』
『さあ? 急に診察に来なくなったけど……』
鏑木医師の事であろう事は推測が出来る。急に来なくなったのは始末されてしまったせいだ。だが、その事はリコには言わなかった。過ぎた事情を話しても益は無いと考えたからだ。
『じゃあ、女の子として生きて行くの?』
『うん。 それに、この国では可愛い女の子は色々と便利よ?』
そういうとリコはくるりと回って見せた。濃いブルーのミニスカートがふわりと舞った。
『ああ、確かにそのようだな……』
『自分の居場所が在るのならその方が良い』
『そう』
『そうしないと俺みたいなクソッタレな道を行くことになる』
ディミトリは苦笑をしながら答えた。
『そうみたいね……』
リコがディミトリをまじまじと見ながら言ってきた。彼女にもひと目で彼の苦労が分かるようだ。
『まあ、困った事が有ったら俺に電話を掛ければ良い。 世界の果てからでも助けにやってくるよ……』
ディミトリは自分の携帯電話の番号を教えた。
『あらあら……』
それを聞いたリコはクスクスと笑っていた。思いもかけずに登場したナイトが可笑しかったようだ。
倉庫の入口付近から怒鳴り声が聞こえ始めた。剣崎が自分の息がかかった連中を動員し始めたようだ。
間もなく警官だらけになるだろう。
『警察の事情聴取があるがすっとぼけて居れば良いよ』
リコが持っていた銃火器を受け取った。銃を取り上げて死んだワンの手に握らせた。こうすればムツミは流れ弾に当たったと言い訳が出来る。彼女が拉致被害者であるためには少し偽装しないといけない。
そうしないとリコは警察に閉じ込められてしまうのだ。それは彼の望む結果では無い。
『騙せ通せるものなの?』
リコが不安げな表情で聞いてきた。普通に生活していて警察の尋問などに合う事など滅多に無いせいもある。
『日本の警察は俺たちの国と違って拷問しないから楽勝さ』
ディミトリが倉庫の中に入ってくる警官たちを見ながら言った。事実、日本の警官は被害者には優しいのだ。
外国の場合には被害者だろうと拘束してしまう。自分たちの安全を担保しないといけないのだ。銃が普通に社会に溶け込んでいるので仕方がないのだろう。
「ふっ……」
そんなリコを見ながらディミトリは肩を竦めて見せた。
人生は巨大な迷路だ。誰も出口を知らない。彼女の人生を決めるのは彼女自身だ。
(俺は俺の道を歩いて行くさ……)
もうひとりのディミトリの決断に口を挟むつもりは彼にはなかった。そして、自分の居場所を見つける事が出来た彼女を少し羨ましく思っていた。
(さあ、帰るか……)
もうひとりの自分を置いて、その場から立ち去ったのだった。
クラックコア~死んだ傭兵が転生したのは男子中学生!? 百舌巌 @mosgen
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