第116話 群狼たちの鎮魂歌

ワンの倉庫


 銃撃戦に一区切りが付いたと判断したディミトリは室内の電気を点灯させた。

 明かりの点いた室内には人間が散らばっている。気配を頼りに撃ったが概ね命中していたようだ。

 その中を銃を構えたまま、ディミトリは室内を警戒して回った。勿論、トドメを刺す為だ。


「うぅぅぅ……」


 ワンの部下が呻き声を漏らしている。


「ちゃんと死んどけ」


 ディミトリはチラリとも見ずに男に銃弾を撃ち込んだ。後始末はちゃんとしなさいとの祖母の言いつけを守ったのだった。

 すると部屋の片隅でも唸り声が聞こえる。


「ぐぅ……」


 ワンは撃たれた腹に手を当てながら嘆いていた。肩で息をしている。脇腹から撃ち込んだ弾丸は、体の中で縦横無尽に暴れまわったのは想像に難くない。ワンに致命傷を与えたようだ。


『だから、疫病神に関わるなって言ったんだ……』


 ディミトリがワンの側に来るとそう嘆いていた。


『俺に関わった奴、全員にそう言われるな……』


 ディミトリがワンを見下ろしながら言った。そして、銃口を彼に向けた。


『くっ、地獄に落ちやがれ……』

『ああ、先に行っててくれ』


 ディミトリは言うとワンの眉間に銃弾を送り込んだ。ワンは生涯の記憶を、壁に派手に撒き散らしながら終えてしまった。


「……」


 すると、何やら異臭が漂ってくる。ムツミの足元に水たまりのようなものが出来ている。漏らしたようだ。

 次は自分の番だと思ったのだろう。残念なことにそれは出来ない。剣崎との約束が有るからだ。


 だが、ムツミは銃を構えていた。イタリア・ベレッタ社の名銃『ベレッタ』だ。


「本当のボスはアンタさ……」


 ディミトリはムツミを指差しながら言った。


「何がつまらないのか知らないが、退屈な日常を誤魔化すために犯罪者ごっこをしてたって口かな?」

「薬に溺れる馬鹿が間抜けなだけでしょ」

「まあ、薬に関しては関わるやつが間抜けなのは同意するね。 でも、それで金儲けして良いってもんじゃないでしょ」


 ディミトリは苦笑しながらムツミに言った。


「それに薬を使って女の子たちに悪戯するのは関心しないね」

「暇つぶしに丁度良かっただけよ」

「彼氏とそれを見ながらイチャついていたのかい?」

「ふん……」


 どうやら図星だったようだ。顔を赤くしている。自分の困った性癖を指摘されると人は激怒するようだ。


「自分は表に出ないで憂晴らしのターゲットを物色する」

「……」

「中々に頭が良いんだね……」


 そう言ってニヤリと笑った。


「ふん。 分かったからどうだって言うのよ」


 どうやったら悪意を剥き出しで人を憎めるのかが不思議だった。確かにディミトリは敵対する相手には躊躇無く引き金が引ける。だが、それは相手を憎んでいるのでは無い。戦場に居る以上はお互いにプロ同士なのだ。だから、敬意を表して丁寧に殺してやる事にしているのだ。


「別に…… 俺がどうこうする訳じゃねぇよ」

「それに……」

「それに?」

「撃つ覚悟が無いのなら銃を手にするべきじゃ無いな」

「?」

「安全装置がかかりっぱなしだって言ってるんだよ」

「……」


 ムツミは引き金を引こうとしたが叶わなかった。一瞬、たじろいだ表情を見せ、自分が持つ銃を見たが安全装置が何なのか分からなかったようだ。


「ちぇっ……」


 諦めた彼女は銃を床に投げて素直に手を上げた。


(手を挙げられても困るんだが…… 手錠なんか持ってないし……)


 すると、倒れていた筈のリコが起き上がってきて銃を手に取りムツミを撃った。


「え?」


 余りに急だったのでディミトリは反応が出来なかった。


「何するんだよ!」


 ディミトリは思わずリコに銃を向けた。


「ふん、この女がアレコレ指示してたんでしょ?」


 リコは銃を向けられているにも関わらずに、もう一発ムツミに銃撃を加えた。トドメを刺したのだ。


(ありゃりゃ…… 想像以上にやばい女じゃねぇか……)


 戦場での正義は生き残ることだ。みっともないぐらいに足掻いて笑顔で帰宅できる奴が勝者なのだ。

 だから、敵に情けを掛けてはイケナイ。背後から撃たれる羽目に遭うのは良く或る出来事だ。だから、トドメを刺すのは正しい行動だと教官に教わったものだ。


(コイツ……)


 ここでディミトリはある疑念が浮かんできた。というか、リコと遭った時から感じていた事だ。

 彼女は銃の安全装置を外して、人間相手に躊躇なく引き金を引いた。それは訓練を受けた兵士のようだったのだ。

 そして、彼女は意識不明で長期間入院していた。剣崎から渡されたタブレットに情報として入っていた。


「……」


 するとリコが銃をディミトリに向けて来た。ディミトリは銃をリコに向けたままだったのだ。

 危険を排除するのは兵士として当然であろう。


「……」


 お互いに黙ったまま睨み合った。

 ここでディミトリは或ることを確かめることにしたようだ。


「04(ノーリチェティーリ)-08(ノーリヴォースェミ)-15(ピェトナッツァッチ)-16(シェスナッツァッチ)-23(ドヴァッツァッチトリー)-42(ソーラクドヴァー)」


 ディミトリはぶっきら棒に『或る』番号を言った。聞いた限りでは無意味な数字の列である。

 だが、番号を聞いたリコの瞳孔が広がっていく。


「え? どうして??」


 リコは面食らったように唖然としていた。何故なら、それは彼女しか知らない番号である筈だからだ。


「……」


 ディミトリは黙ったまま銃口をリコに向けていた。


「……」


 リコは目をパチパチさせたままだった。


「03(ノーリトリー)-53(ピェヂェスャットトリー)-71(セーミヂェスャットアヂン)-53(ピェヂェスャットトリー)」


 やがて、リコがディミトリを睨み続けながら続きを答えた。


「……」

「……」


 ディミトリは一つ大きく溜息を付いた。やがて、リコに向けた銃の狙いを外し銃を懐に収めた。

 彼の想像外の行動にリコは目を丸くしてみている。彼女は撃ち合いを覚悟していたのだろう。


「やっぱり、お前もディミトリなのか……」


 ディミトリは溜め息を付きながら言った。薄々感じていたが確信したようだ。

 彼が口にしたのは麻薬組織から、かっぱらった資金の隠し口座の番号だ。そして、彼女が口にしたのは口座の暗証番号だった。


 重要なのは、この銀行口座を知っているのは、この世の中でディミトリー・コバノフしか居ない事だ。


「え? え??」

「やっぱり?」

「も!?」

「……」


 驚愕の告白に衝撃を受けたリコ。

 次々と疑問符を投げながらリコは表情を変化させていった。


『お前もディミトリー・コバノフなのか?』


 リコがロシア語で尋ねてきた。気が緩んだのか銃口が下がった。

 銃は手に持ったままぶら下げているだけになった。


『ああ、お互いに馴染みの疫病神の名前だな……』


 ディミトリもロシア語で返事をしながら苦笑していた。彼が対峙していたのは、もう一人の自分であったのだ。


「……」

「……」


 お互いに見つめ合ったままに絶句してしまった。リコも驚愕の表情を浮かべたままだ。こればかりは想定した事の範囲外であったのであろう。


『くそったれ……』


 ディミトリの口から怨嗟の言葉が零れ落ちる。リコは訳が分からずにキョトンとしていた。

 剣崎がやたらとリコに拘った訳だ。薬物の取引現場を抑えるので無くリコの救出を依頼した理由なのだろう。


(剣崎はコイツを確認するために潜り込ませたのかっ!)


 どうやらディミトリは剣崎の思惑通りに動いてしまったようだ。

 ディミトリの顔が醜く歪んでいく。剣崎の手のひらで泳がされていた自分に自己嫌悪してしまっていた。


 加藤理子。


 彼女はもう一人のディミトリだったのだ。


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