第115話 弾道餓突

ワンの倉庫


 ディミトリはリコが連れ込まれた部屋の中に入り込んだ。すると、部屋の真ん中にはリコとワンが居た。

 ワンはリコの喉元にナイフを突き付けている。その色からして彼女が腰に付けていたナイフであろう。


「よお、また遭ったな……」


 ワンがそう言ってニヤリと笑った。それと同時に部屋の明かりが消えた。

 いきなりの事で少し面食らってしまったが、すぐに理由が思い付いた。


(ああ…… 人質が居ると言いたかったのか……)


 他にも暗闇にすることで、自分たちの優位性を確保したかったのだろうとディミトリは推測した。


「見ての通りだ。 大人しく武器を捨てな……」


 暗闇の中からワンの声が聞こえてくる。


「俺には関わるなって本部から言われてたんじゃないのか?」

「本部の命令も大事だが、顧客も大事にしないとな……」

「折角、助かった命なんだから大事にしなよ」

「今の状況が分からないのか?」

「アハハハ、俺がお前たちに負けるとでも考えてるのか?」

「今は、こっちが主導権を握っていると思うのだがね……」

「前に捕まっていた時には椅子に縛り付けられていたぜ?」

「……」

「それでもジャンたちを皆殺しにしてやったがな……」

「ああ、お前の手癖の悪さは知っているつもりだ」


 そう言ってワンはクックックッと笑い声を上げた。目の前の生意気な小僧を殺るのが嬉しくてしょうがないらしい。

 自分たちの組織を壊滅状態にされたのだから当然であろう。


「状況は分かるよな……」


 周りを囲まれて居るのは気配で分かる。そこからレーザーポインターの赤い光が伸びて来ていた。

 自分に照準されるドットが見えた。


(つまり、連中は暗視ゴーグルを使っているということか……)


 自分の服が赤い点だらけになっているのを見たディミトリ。それらは赤い糸が引かれるように敵の位置を教えてくれていた。


「お、お前はいったい何者なんだ?」


 暗い部屋の中に守居の声が響いた。声が少し震えているように感じるのは、ワンとディミトリの会話を聞いていたせいであろう。

 彼の認識では転校してきた優等生の転校生という感じだったのだ。


「大人しく銃を捨てろ! この女をぶっ殺すぞっ!」


 やたらと大声を出してきた。これは怯えた奴が取る行動だ。


「おい……」


 ワンが誰かに声を掛けた。恐らくは部下であろう。誰かが近付く気配がした。

 暗闇の中。ディミトリが構えるカラシニコフは、横合いからもぎ取られてしまう。弾切れなので惜しくは無いが、連中の思い通りになっている状況は気に要らなかった。


「ちっ……」


 腰に指しておいたトカレフも同様に持ってかれてしまった。だが、腹の所に隠した小型拳銃は見逃してしまったようだ。だが、弾数が五発しか入っていない。


「銃をぶっ放して平気な顔してられるなんて、」

「ダンボールの届け先を確認に来たのさ……」

「中身を知っているのか?」

「大方、合成麻薬のリキッドだろ?」

「……」


 守居は黙り込んだ。


「何で、この子が知ってるのよ……」


 暗闇の中からムツミの声が聞こえてきた。どうやら正解だったようだ。これでわざわざ荷物の中身を確かめずに済む。


「欧米での人気商品に目を付けるとは、アンタらは商売上手だね」

「警察の犬なのか?」

「さあね……」

「いいや、この小僧はそんな珠じゃない…… 大方、ヤクの売上をかっさらいの来たのさ……」


 当りだ。流石、似た者同士のワンだとディミトリは思った。


「この女を助けに来たんじゃないのか?」

「その女はついでだよ……」

「経緯は分からないが中東でも麻薬組織の金を盗んでいるらしい……」


 以前、捕まった時の話を思い出しているようだ。


「なんで中東なのよ」

「その時には相手の麻薬組織を皆殺しにしたそうじゃないか」


 どちらかと言えば、ディミトリは皆殺しにされた一人なのだが、説明が面倒なので黙っていた。


「金の為なら人殺しも厭わないのか……」

「大人しい顔をしていてやることがエゲツないな……」


 自分たちのことを棚に上げて色々と言われてしまっている。ディミトリは話を聞きながら苦笑いをしていた。


「勧善懲悪なんか流行らないんだよ。 自己満足と何が違うって言うんだ」


 ディミトリが言い返した。まあ、彼の本音でもある。


「中々見どころの或る奴じゃねぇか……」


 守居が言った。


「まるで、この世の全てを憎んでるみたいね……」


 ムツミはクスクスと笑った。


「コイツは疫病神みたいなもんですよ…… 関わらない方が良いと思いますがね」


 ワンが守居たちに言った。悪ぶったキッズに忠告しているのだ。


 そんな話をしていると段々と暗闇に目が慣れ始めた。ぼんやりとだが人の輪郭ぐらいは分かるようになった。

 正面には守居・ムツミ・ワン・ワンの手下1。右手と左手にワンの手下が一人づつ。そして後ろにも一人いる気配がする。

 それぞれがMP5らしきサブマシンガンを構えている。ご丁寧にレーザードットポインターの照準器付きだ。


(んーーーー…… 絶体絶命って奴かね……)


 なけなしの銃は取り上げられて、身体に照準を合わせられている。助けに来る味方は無し。

 どう考えても絶望的な状況だった。

 すると、訓練兵時代に散々聞かされた教官の訓示を唐突に思い出し始めた。


--- 抗えっ!


 僅かなスキを見つけ出し、反撃のきっかけを掴めと怒鳴りつけられる毎日だった。


--- 殺せっ!


 微塵の躊躇いもなく引き金をひき、敵の息の根を確実に止めろと教えられた。


--- 全てを喰らい尽くせっ!


 戦場には主義主張など関係なく死をもたらすのだ。


--- それこそが貴様が生まれた理由だっ!


 闇が光を吸い尽くすが如く相手を殺していく。その為に生まれてきたのだ。


(ああ、良く分かってる……)


 ゆっくりと顔を上げるディミトリ。その顔には満面の笑みが広がっていた。それは自分の役割を思い出した男の顔だ。

 この部屋にいる連中を全員皆殺しにする事にしたのだ。


「ロックンロール(戦闘開始)」


 ディミトリが呟いた。それと同時に左手からコイン状の物が床に滑り落ちていく。

 落ちたコインは床に落ちて跳ね上がる。一瞬の間の後に部屋が閃光に満たされていった。

 ディミトリお手製の閃光弾だ。


「ぐわっ!」

「あうっ!」


 守居もワンも部下たちも暗視ゴーグルを使っている。それらが閃光でホワイトアウトしたのだ。


 ディミトリはシャツに手を入れて胸部に隠した拳銃で左側にいる男を銃撃した。

 次は右側の男だ。命中はしているらしい。『うっ』と唸った後に倒れ込んだ音がした。確認などしている暇は無い。


バララララッ


 軽機関銃特有の軽い銃撃音が部屋に木霊した。撃たれた男が思わず引き金をしぼってしまったようだ。

 ディミトリは後ろからの射線をそらすために、正面右側の男の股の間に飛び込むように滑り通った。その時に股間から銃弾を送り込んだ。身体は防弾チョッキで守られているがここはおざなりになっているものだ。

 股間から侵入した銃弾は男の体の中を通り首から出ていった。


 そのまま、立て膝を付いて起き上がり、ワンの防弾チョッキの隙間から銃を一発打ち込んでやる。これで弾切れだ。

 小型の拳銃なので五発しか装弾されていない。

 ワンの部下が持っていた軽機関銃を奪い取ったディミトリは左手に居た男の頭を撃ち抜いた。


(単発になってるのかよ……)


 連写モードにして右手の男の顔面に弾を送り込んだ。数発で男の顔は無くなってしまった。引き金を引いたまま、壁を舐めるように自分の背後に居た男にも弾を送り込んでやる。


 守居の隣にいたワンの腹に一発お見舞いした。肩でワンを壁に押しやり守居の首を掴む。守居は咄嗟の事で動けずに居たのだった。盾替わりに丁度良かった。

 守居たちの左側に居た男は、守居が邪魔で撃つのを躊躇してしまった。


(そこは撃たなきゃ…… 言い訳は後で捏ち上げるもんだ)


 相手の一瞬の躊躇を見逃さない。ディミトリは男の眉間に銃弾を送り込んだ。頭が弾かれたように仰け反った。

 だが、部下の男は銃弾を受けた衝撃で引き金を引いてしまった。守居の身体がビクンビクンと震える。まともに銃弾を浴びてしまったようだ。


(運が良ければ助かるかな?)


 用が済んだ守居の身体を手放した。彼は力無く床に崩れ落ちていった。彼の生死は確かめる気はない。どうでも良いからだ。

 銃を構えたまま部屋の中を歩く。生きている者が居るのなら始末する為だ。敵に情けを掛けてはイケナイ。戦場での鉄則だ。


 硝煙に混ざる血の匂い。朽ち果てた者たちが垂れ流す体液の匂い。総てを飲み込んでいくカオスな状況。

 此処こそ自分の存在が許される場所に違いない。そうディミトリは確信していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る