エピローグ



「こうしてると、すべてが夢だった気がしてくるな」

と社長室から、街を見下ろし、駿が言う。


「夢じゃないでしょう。

 堂端さんが居ません」


 あれから一年、今や堂端の代わりを務めるまでに秘書として成長した未悠が言った。


 あのあと、城に帰った堂端はシーラにとっ捕まり、強引に駆け落ちさせられかけて、止めに来たアデリナと恋に落ちた。


 大神殿で聞いたのだが、堂端はやはり、シリオの双子の弟だった。


 最近は、双子を流す習慣もなくなったので、アデリナの父も実は、名家の息子であった堂端を婿と認めてくれた。


 堂端とアデリナは結婚し、堂端は異世界にとどまることにしたのだが、未悠たちはそのことを知らない。


「……社長。

 なんであのとき、私の手をつかんだんですか」

と恨みがましく未悠は駿を見た。


 やはり、会社が気になる、と駿は花畑から、こちらに戻ろうとしたらしいのだが。


 そのとき、

「そうだ。

 大神殿の石買うの忘れてま……」

と城を目の前にして、呑気なことを言っていた未悠の手を咄嗟とっさにつかんだようだった。


 二人は、こちらに戻ったまま、二度と異世界へは飛べなかった――。


「出生の秘密が明らかになったからなんですかね~?」


「単にシバザクラが移植されてしまってたからだろ?」


 山にあった一面のシバザクラ。


 近くの観光名所でシバザクラで文字を書くのに足りないとか言われて、持っていかれてしまったようだった。


 未悠たちがこちらに戻ったとき、ちょうど、移植作業の途中で、地元有志のおじいちゃんおばあちゃんたちは、顔も上げずに、


「はい、これ持って」

とおかしな扮装をしたままの未悠たちに掘り出した芝桜の入った移植用の黒いケースを渡し、運ばせた。


 あー……と未悠は気の抜けたような声を上げる。


「未悠」


「はい」

と言った未悠の側に、立ち上がり、駿が来る。


「お前を助けてくれる王子様はもう居ないぞ。

 俺たちが異母兄妹であることを知るものもこの世界には居ない。


 すべては夢幻ユメマボロシの出来事だったんだ。


 観念して、俺と結婚しろ」


「いや、なんなんですか、その魔王様みたいなセリフは」


「そりゃ、俺は魔王の後継ぎだからな」

と言う駿に、


「実は社長もあの世界に未練があるんですか」

と訊いてみた。


「ない。

 だが、もしかして、堂端が向こうで参謀として活躍してるのかなと思うと、ちょっと悔しいな」


 まあ、俺はこっちの会社を大きくするだけだ、と駿は言う。


 そうですねーと呟き、未悠は窓の外を見た。


 高いビルから地上を見下ろす。


 山の中にある城よりも、遥かに高い。


 山の上にある塔よりも、まだ高い。


 でも……、と未悠は感傷にける。


 振り向くと、駿はもう仕事に戻っていた。


 高いところに上りたがるだけの莫迦なら、充分満足なほどに高いけど、と兄を見る。


 兄は莫迦ではないので、まだ満足していないらしく、今日もせっせと仕事をしている――。




 休みの日、未悠は園芸店に行った。


 鉢とスコップを手に、夜、とある観光名所に行き、ひそかにシバザクラを同じ色のシバザクラと植え替えた。


 そのシバザクラを手に、未悠はあの森の中に行く。


 そっとシバザクラを月に掲げてみたあとで、なにもなくなり、雑草が生えつつあるその広場の真ん中に植えてみた。


 広い場所にひとつだけ咲くシバザクラ。


 ふたつは植え替えるべきだったな、と未悠は思う。


「ひとつじゃ寂しいもんね」

としゃがんで、月の光の下のその花を見る。


 少しずつ植え替えたら、いつか此処に花畑が戻るだろうか。


 いや、それもなんだか人でなしだな、と思ったとき、背後で人の気配がした。


 どきりとして振り返ったが、そこに居たのは、スーツを着た男だった。


 ……社長か。


 此処で見ると、アドルフ様に見えるな、と未悠は思う。


 どうやら、自分が思っていたより、アドルフのことが好きだったようだ。


 いろいろと思い出される。


 初めて、花畑で会って、イキオクレかと罵られたときのこと。


 シリオに頼まれて、剣で殺そうとしたときのこと。


 自分は王子だ、言うことを聞け、と迫られたときのこと。


 ……なんかあんまりいい思い出ないな。


 でも、いい思い出ないけど、アドルフ様が好きだ。


 泣きたくなったが、兄だし、所詮、アドルフ様ではないので、この人には、すがれないな、と思いながら、立ち上がる。


「往生際悪く植えてみましたよ。

 思い出に浸るくらいはいいかと思って」

と言うと、


「私も堂端に聞いて、この花を探し、往生際悪くあの花畑に植えてみたのだ。

 こちらは別にこのシバザクラではなかったからな」

と男は言った。


 えっ? と思って見ると、


「……この服は堂端に借りてきたのだ。

 万が一、お前の世界に飛べたときのために」

とアドルフは言う。


「……ア、アドルフ様」


 そういえば、それは堂端の着ていたスーツだ。


 アドルフの方が体格がいいらしく、少し肩の辺りが苦しそうだった。


「アドルフ様、こんなことされて、戻れなくなったらどうするんです」

と未悠は言ったが、


「構わない。

 私は国も国民も親もみな愛している。


 だが、なにもかも捨てても、お前の顔が見たかったんだ」


 ……アドルフ様。


「お前が居ないとつまらない。

 まあ、それは私だけではないようで、エリザベートなど、ずっとため息をついている。


 そういえば、あれから、タモンは寝ずにウロウロしているので、お前の弟妹がまた増えそうだ。


 母上は、暇で暇で旅を続けている。


 ヤンは――」

と延々とアドルフはみんなの近況を語り始める。


 嬉しいが。


 ……王子、なにしに来たんです?

と思ったとき、アドルフは言った。


「いやその……。

 それで――


 私はお前がまた行き遅れてないかと思って」


「だから、こっちの世界では行き遅れではないんですってば」

と言ってやると、


 ……そうだったな、とアドルフは笑う。


 社長と同じ顔なのに、全然違う、はにかむような微笑みだった。


 ああ、私はこの顔が見たかったんだ、と思ったとき、そっと手をつなぎかけ、アドルフはやめた。


 未悠の両肩に手を置き、そっと口づけてくる。


 月の光を浴びて、シバザクラが光り、二人の姿をかき消した。





 それから――


 やはり、眠らなかったタモンが未悠たちの世界に来て、CEOになったり。


 魔王が居なくなったので、リチャードが、

「俺がなる」

と言い出したり。


 堂端が幸せな結婚生活を送っていたり。


 エリザベートは結婚しても、まだ、未悠をビシバシしごいていたり。


 ヤンが城の門番たちをまとめる役職に就き、


「こっ、これは、前の魔王を倒した剣であるっ」

とあの魔王の血のついた剣をふりかざしてみたり。


 バスラー公爵と結婚して子どもを産んだシーラが、未悠に、


「早く産みなさいよ、未悠っ。

 私の子に相応しい、格式の高い家の遊び相手が居るのよっ」

と迫ってきたりしながら、みんな、日々、楽しく忙しく過ごしている。


 しかし、シーラよ。

 それは逆では……。


 こっちが王族なんだが、と思ったが、そんな母親になっても相変わらずなシーラに笑ってしまう。


 ナディアは旅を続け、王様も旅を続け、王妃様も旅を続け。


 ……みんな城嫌いなのか? とか。


 王様は王妃様が怖いのだろうか。

 実はそれで、遠征を続けているとか?


 などと怪しむ今日この頃だが。


 ともかく、二人とも、旅先から、産まれてくるだろう孫のために土産を送ってくれている。


「アドルフ様。

 明日、コラーゲン買いに、あっちに行くんですけど。

 なにかいるものありますか?」


「……なんでコラーゲン買いに行くんだ、妊婦」


「いや、出産祝いのお返しを準備しとこうかと。

 あれとビニール袋が何故か一番喜ばれるので」

と未悠が言うと、


「お前の居た異世界も、最早、隣町くらいの感じだな」

とアドルフが笑う。





 魔王不在の魔王の塔と、王様不在の王の城の真ん中にある花畑も。


 海の見える町の山中に、ひっそりとある花畑も。


 今では、季節を問わず、満開のシバザクラが咲き誇っているそうだ――。




              めでたし めでたし




                                完




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異世界で王子の暗殺頼まれました 櫻井彰斗(菱沼あゆ) @akito1

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