第2話 車にひかれて善光寺参り 松本城と善光寺
この連載を開始した翌朝、首里城炎上のニュースが入ってきました。本当は首里城の思い出などを書こうと思っていたのですが、首里城を訪れたのは家族旅行で、この物語の主旨のおっさんの一人旅からは外れてしまいます。
今はあの美しい朱色の宮殿が一日でも早く再建されることを祈っております。
さて、みなさんは牛にひかれて善光寺参りというお話をご存じだろうか?
要約すると信仰心の無かったおばあさんが、角に布を引っかけた牛を追いかけているうちに、善光寺にたどり着き、信心に目覚めるという話だ。
この説話は小諸市の布引観音の縁起に関わるものだが、善光寺の秘仏が江戸で御開帳される出開帳が盛んな時代に有名になったらしく、今でいうところの「そうだ。京都行こう」などと同じような寺社のCMとして語られていたのかもしれない。
ご存じかもしれないが、このお話の中に出てくる善光寺というのは、長野県長野市にある巨大な寺院のことである。日本に仏教各派が伝来、成立する以前から存在している単立無宗派の寺院で、その管理は天台宗の大勧進と、浄土宗の尼寺である大本願によって運営されている。
何といっても国宝に指定されている巨大な本堂が有名だ。せっかくなので、ついでに通過点にある松本城にも向かおう。
私がこの善光寺に行こうと決めたのは、今回のタイトルの通り自動車事故によって大怪我を負い、湯治のために長野県の高山村に向かう用事があったためだ。
そのため交通事故の一時見舞金を利用して旅に出た。まさに車にひかれて善光寺参りだ。ギリギリまで経費を削減するために、刈谷市を朝の三時に出発。中央道の中津川ICから国道19号線に入り、塩尻から松本に抜けるルートを選択した。
この日は朝から体調が悪く、少し動くだけで熱のせいで目が回る状態。
無理して出かけても良い写真が撮れないので、どうしても無理なら引き返そうと考えていた。
名古屋方面から行く場合、深夜から早朝にかけては、中津川ICで降りて国道19号を走ると早い。途中に道の駅もいくつもあり、最悪寝袋で寝て体調の回復もできる。途中で何度か道の駅に寄り、持参した体温計で体温を測りながら移動。
松本市内を走る国道19号は、いつもすごい渋滞なので迂回して松本城を目指す。松本城に着いたのは朝の9時半、開いたばかりだというのに既に入口では待ち時間がある人気ぶり。
このお城今は綺麗だが、明治の初め頃には傾いていた。貞享の頃に一揆の首謀者の農民を処刑した呪いで傾いたと伝えられていたが、実際には傾いたのは基礎の老朽化が原因で、明治時代に入ってからだ。しかも明治の廃藩置県の折には競売にかけられた経緯もあり、その時地元の有志に買い戻されていなかったら、我々はこの素晴らしい天守を今でも見ることはできなかっただろう。
中に入ると最低限の照明があるだけで暗い。表から差し込む光を頼りに進むのだが、むしろ明るいLED照明で照らされるよりも何倍も風情がある。
良くある勘違いだが、天守は居住スペースでは無くて軍事施設である。大体は居住性を考えていなくて、荒々しい構造をしており、武器や兵員を有りったけ詰め込めるようにできている。ただこの松本城は籠城の際に天守に立て籠もることも想定されており、四階と六階は居住できるようになっている。後から付け足された月見櫓は、その名の通り月を愛でることのできる櫓で、この一見してわかる防備の高い城に不釣り合いな優雅さがあり、それが太平の世に作られたものであることを強く意識させる作りになっていた。
だいたいお城っていうのは上り下りの激しい場所なので、思わず腰掛けて「苦しいけど苦しゅうない」と意味不明な呟きをしてしまった。
疲れは人間を狂わせるのである。
松本城を後にして市内を少し見て回り、そのまま善光寺を目指す。ここからは山越えの道が続くので、時間の余裕がなく長野自動車道を使う。
しばしの休憩の後、長野市に入る。案内看板も多いので善光寺まではスムーズに到着するが、問題は駐車場だ。善光寺は観光客も多く、安い駐車場は遠く近い駐車場は2時間500円で、以後一時間ごとに200円追加される。有名な門前町まで見て回ると余裕で3時間を超えるので悩みどころだ。
車で全国を巡っていると、この駐車場問題は常についてまわる問題で、複数の観光地を回ると駐車場代だけで2000円位になり、一日分の食費相当を浪費させられる。
悩みながら車を走らせていると、近くの民家の駐車場から手招きする一人のおじさん。近所の住人の小遣い稼ぎ、民間駐車場だ。
これが旅行におけるもう一つの注意点。民間駐車場には安易に入ってはいけない。
これは利用するなということではなく、場合によっては観光地に無料駐車場が併設されているのに誘導しようとすることがあり、遠くて高い駐車場に止めさせられて嫌な気分を味わうことになる。
窓を開けて話を聞くと1日500円とのこと。善光寺すぐ横でこの価格は破格である。そのまま駐車して徒歩で善光寺を目指すことにする。
周囲をぐるりと取り囲む土塀の上に、善光寺の巨大な建造物群が見えてくる、本堂は木造であるにも関わらず棟高26mもあり、そびえ立つやそそり立つという表現しかしようのない圧巻の巨大寺院。もちろん高さ18mの山門にも上る!!。
これは時前に知っておくべきだが、時間があるなら絶対に三堂・資料館参拝券の購入をするべき。合計1300円が1000円になり、資料館にも入ることができる。
さて、入場券を買う前に、門前町をブラブラしてみよう。善光寺の門前町はメインストリートである仲見世通りには商店が並ぶが、その東西両側には宿坊がずらりと並んでいる。
この宿坊の多さは高野山に次ぐのではないだろうか?
それぞれが寺院でもあるので、じっくり撮影したいが外観だけ眺めて足早に通り過ぎる。本当は宿泊するのが一番よいのだが、多くの宿坊は二人から。ぼっちのおじさんにはつらい現実が突きつけられた。
お腹がすいたので何か食べようと思ったが、昼時なので何処も大行列。自分は飯屋では絶対に待たない主義なので、食べ歩けるものを探す。コロッケやスイーツの店が並ぶ中、やはり信州のファーストフードといえばこれと手に取ったのはお焼き。個人的にはきのこや野沢菜を推したい。
そいつを、はふはふ言いながら食べ歩くのも旅の情緒ってものだろう。
そして観光地といえば思わず木刀を買いたくなる男の子の病である。「鎮まれ……俺の左手」などと呟きながら土産物を見てまわる。なんか子供の頃は無性にメダルとかペナント欲しかった。今はペナントは余り売ってないらしい。
そんなこんなで、ようやく善光寺に突入する。
目の前には巨大な山門。まずはこれを登る。京都の南禅寺なんかもそうだけど、上れる巨大な山門というのは階段の角度が急なので注意が必要だ。
滑ると大怪我必至なので、多くはロープを掴んで上るのだが、ここで一つ必勝法を伝授したいと思う。それは階段に体をつけることだ。体と階段の間に隙間があるとバランスを崩すと落下の危険がある。それを回避するために敢えて体を倒した状態で昇降することで、もしもバランスを崩しても階段に倒れ込めるようにするのだ。
そんな大変な目にあって楼門の上部に到達すると長野の町が一望できる。楼内は撮影禁止だが、外観および外の景色は撮り放題だからシャッター連打連打!
おっと、写真撮ってる場合じゃない。この楼上に来たのはきちんと理由があって、表からでも見える善光寺の扁額を見るためでした。
この善光寺と書かれた額は江戸時代に日光の輪王寺門跡、寛永寺貫首、天台座主の三つを兼務することも多かった、皇族出身の輪王寺宮である公澄法親王の手に寄るもので、善光寺の文字の中に5羽の鳩が隠れており、下からだと双眼鏡でもないと見られないため楼上で見上げると必要があり、真下からだと確かに5羽の鳩が確認できる。
これ、なんのために鳩が入ってるんだろうか?
まさか江戸時代には平和の使者と呼ばれてないだろうし謎だ。そしてもう一つ、善光寺の善の字が牛の顔に見えるらしい。言われてみれば確かに牛によく似ている。
そして、いよいよ本堂。改めて棟高26mは巨大だ。撞木作りと呼ばれるT字型に見えるこの建物は奥行きも54mもあり、我々が一般的に想像する本堂の姿とは、かけ離れている。とにかくデカい。
中に入りお参りを済ませ、名物の戒壇巡りに挑戦する。
戒壇巡りというのはご本尊の下に真っ暗闇の回廊を設けて、その中の中央に本尊との
巡礼の目的地でスペシャルな体験をしてもらうという寺院側のサービス精神のようなものを感じる。
サービス精神といえば6年に一度のご開帳もそうで、他の周年開張に比べても回数が多い。元々はこの巨大寺院を運営するための資金獲得が目的だったとはいえ、リピーターを獲得するにも、このご開帳は一役かっているように思う。
信仰とエンターテインメント性の両立という意味では、善光寺は徹底してる。各地にフランチャイズ善光寺を建立したり、出開帳を行ったりと、物語の世界と現実が地続きなのが実に良い。
本堂を後にして、残る一つの有料施設経蔵に入る。ここの見所は仏教の全ての聖典を収めた一切経が輪蔵という回すことのできる書架に納められていて、これを回すことによって全ての経を読んだのと同じ
中に入って輪蔵チャレンジしようとすると、受付のお姉さんに「重いですよ?」と声を掛けられる。そう、ここは善光寺。存在する全てのものが巨大。もちろん輪蔵も例外ではない。
映像作品で奴隷がグルグル回してる輪っかみたいなものを想像してほしい。おっさんがそれを力ずくで回すのはあの光景に酷く似ている。
それでも自分は回した。力の限り重い輪蔵を回した。ギシギシと音を立てて回る輪蔵。これを回す達成感はなかなかのものだ。
だが、ここで一つの悲劇が起きた。
後から入ってきた家族が、私が一人で動かす所を目撃してしまったのだ。
「パパもやってー」と、目をキラキラさせながら子供が叫ぶ。
「いや、これ本来は一人で回すもんじゃないのだけど」と言い出せず、自分は道を譲る。その後、子供の願いに応えるため、必死に輪蔵を回すお父さんに、私は静かに手を合わせた。
そんなこんなで善光寺に関して少しでもご理解いただければ幸いである。次回もまた旅の思い出を語るとしよう。
紀伊国屋紀行 紀伊国屋虎辰 @Sutelow
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