幕間:ぶらり術式制動二輪車の旅・休息の壱

 豊富な考古学の知識を獲得し、ついでにウルブス・デ・ナーデの観光と宿泊を堪能した二人は、そこまでで消費した物資を補充してから街を後にした。

 術式制動二輪車の伝える心地良い振動や、駆動機と二輪の快速によってもたらされる風の優しさに身を委ねつつ、街道を走る。

「そう言えば、ビアンカさん」

「うん?」

「次の目的地までは、どのくらいの距離がありますの?」

「そうだなぁ。大体一日走れば着くかな」

「一日ですか。結構ありますね」

「普通に旅をしていたら、もっと掛かるはずだよ」

「そ、そうなのですか?」

「うん。この国の街道輸送車両を使うにしても、この時期は、お客さんが押し合いへし合いしていて使えるか怪しいから、私達はむしろ恵まれている方かも知れない」

 そう言うと、ビアンカは大き目の街道から抜けて脇道へ入り、森へと術式制動二輪車の舵を切った。

程なくして、ガタガタと揺れが強くなっては落ち着くという過程を繰り返し始める。

「こ、これはっ。中々の道っ、ですわね……!」

 その揺れに合わせて、ヴィオラの声も揺れている。

「あ、うん。こっちはこの地域に古くからある道で、あっちの街道が整備されるまではこっちが街道代わりに使われてたみたいだよ」

 その一方でビアンカは、声こそ揺れに合わせて揺れてはいたものの、いつも通りの調子で話をしていた。慌てた様子も、少しも見せてはいない。

「そっ、そうなんですね! それよりもっ、ビアンカさんは平気ですの? この揺れっ!」

「んー? 平気と言うか、長年の生活の慣れ?」

「そ、そんなにっ、慣れるっ、ものですのっ!?」

「慣れだよ。しばらくしたら慣れると思うけど、今のヴィオラは道のガタガタに慣らされるのが先だね。何事も経験だよ、経験」

 あっけらかんと言い、ビアンカは笑って見せた。

 結局、ガタガタ道は森の中頃近くにある分岐まで続き、その間、ヴィオラは道にガタガタ言わされ続けたのだった。


 森の外れにて。

「大丈夫? ヴィオラ」

 近くにあった川から水を汲み、戻ってきたビアンカが声を掛ける。

「な、何とか……うっ」

 声を掛けられたヴィオラは、近くに置かれた水桶を見ると、思い切り顔面を沈めて、ブクブクと息を吐いた。

「まあ、あれだけ慣れない揺れに曝されてたら、そりゃあ酔うよね」

「ぷはぁっ! 生き返りますわぁ……。それと御免なさい。足止めを食わせてしまいましたわね」

「いいさ、別に。これも旅の醍醐味の一つだよ」

 申し訳なさそうに青ざめた顔を向けるヴィオラに対して、ビアンカは楽しそうに微笑んで見せる。そしてそのまま、空を見上げた。

「旅先で、思わぬ事に遭遇して足止めを食う。普段の生活でもそう言う事はあるけど、その外側で同じようなことが起こった時の勝手の違いって、何故か楽しいんだ、私は」

「……」

「だからヴィオラが、私に迷惑を掛けているんじゃないかと気にすることは無いし、私も気にしない」

「……そうですか」

「さあて、私は二輪の調子を見てくるよ。術式制動の最新型とは言え、たまに駆動機の動きがぎこちない時があるんだ。多分、内燃機関への薬液供給が原因だと思うんだけど」

「そうなんですの?」

「うん。今は油草科の煮出し汁を濃くして使ってるけど、その内、相談に行ってみようと思ってる。駆動機の始動は、精方術のイメージ構築と同じで触媒を経由してのものだから問題も無いけど、内側の構造はさっぱりだからね」

「なるほど……」

「ま、近いうちと言っても、まだまだ先の話だけどね。ヴィオラは、お昼に何が食べたいかでも、考えていて」

 そう言って笑い、ビアンカはその場から離れて二輪車の方へと向かう。

 そしてヴィオラは、その背を微笑ましく見送るのだった。

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名無しの冒険譚 ~白の旅人漂泊記~ ラウンド @round889

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