1歩目:港町ウルブス・デ・ナーデにて・Ⅳ

 本堂の入口。

 ちょうど門のように構えられた外装の玄関を潜り、門番を務めるように立っている二体の人魚像の合間を通って、中へと歩を進めた。

「これは、壁画? あの祭器はアーティファクトにも見えるけど……」

「あと文字列のようなものも見えますわね。ヘーリニック言語の西方方言に見えますが」

 そしてすぐに、壁に彫り込まれた芸術的な彫刻画と文字列の囲む広大な祭壇が、三人を迎える。

 壁画調のそれらは壁を埋めるように一面に広がっていたが、ただ無秩序に彫られているわけではなく、額のように区切られた範囲に収まるように、また、壁画の人物たちが祭壇に安置されている祭器を見守るに適した、最良の位置に来るよう配慮されてもいた。

「ここにある壁画は、両親の話によると古代の空地大戦の事を記したものだそうで、空の民と地の民の暴走を記録しているらしいです。祭器は、その時の魔神の暴走を鎮める為に使われていたとか」

「暴走……ですの?」

「ええ。そう聞いています。この神殿を建立した地の民は、地王の密命を受けて、この地に逃れたとか」

 モーレは、近くの淡い色合いの壁を撫でつつ、そう答える。

「なるほど。前に似たような神殿跡を探索した時にも、空の民は、機甲要塞都市を造り出して侵略しようとしたけれど、地の民は強大な魔法か魔神の“神法術式『涙する炎シャグラン』”をもって対抗した、とあったから」

「そうでしたわね。あの時は良く分かりませんでしたが、もしもここに同じような記述があれば、今後の空地大戦の研究が、大きく進みそうですわ」

 ビアンカとヴィオラも、モーレと同じように壁に近寄り、それぞれで壁画を見学し始めた。

 そして、二人ともが鞄からメモ帳を取り出し、壁に書かれている言語の意味や、壁画に描かれている人物や物体が何なのかを調べていく。

 その間、モーレは二人の動きを興味深く観察しながらも、エントランスの出入り口や通路を警戒していた。

「……『我々は、王の密命に従い、この地に、神殿と言う形で記録安置所を築き上げることにした。空王の暴挙と、我が民の暴走を、永劫に忘れることの無いようにするために』」

 ビアンカは自前のヘーリニック言語辞典を捲りながら、単語の一つ一つ、文法の一つ一つを調べ、静かに読みあげていく。

「『我らが民の生み出したクリピデウス。神法術式“涙する炎シャグラン”は、そのセプターの所有者を取り込み、共に暴走した。忌むべき侵略兵器、機甲要塞都市ヴォル・シエルを中破せしめた彼の者は、その強力無比なる力をもって反旗をひるがえしたのだ』?」

 ヴィオラもまた自前の知識を総動員して目の前の文字列を解読し、静かに音読していく。記録は、内装の一部が破損しているせいか中途半端に途切れている部分はあったものの、その何れもが、悲惨な出来事を記録として残すという目的を前面に押し出した内容だった。

「何だろうね。この破滅的な内容は……」

「空地大戦終結の切っ掛け? 或いは、魔法文明終焉の発端でしょうか?」

 二人とも、目の前に刻まれた罪の告白とも取れる記述に瞠目していた。

「どっちにしても、ここまで綺麗に遺っているとなれば、研究資料としては重要どころの騒ぎじゃないね。モーレは、ここの事を外の人間に伝えたことは?」

「いや、全くないですね。興味本位で近付く人が多すぎたので、断ってきましたから」

「となると……。これは、時期が来るまでは口外無用の方が良いかも知れないね」

 腕を組み、二人して壁画を見上げる。

「ええ。私も記録だけ取ったら、メモを封印しますわ」

「それが良いと思う。私も我慢しないと。いや、もの凄く絵に描きたいけれどね。こんなに美しい内装なんだから」

「外観の写生で我慢ですわね」

 そのうえで、心底残念そうに溜め息を吐くビアンカに、ヴィオラが微笑を浮かべた。


 そこから二人は、モーレの案内で神殿内を散策して回り、デッサンを作り上げたりして、最後に桟橋に戻ってきたときには軽く日が傾き始めていた。


「本堂の彫刻を見た時はどうなることかと思いましたけど、良い場所でしたわね」

 二人は桟橋から神殿を振り返り、そしてヴィオラが口にする。

「そうだねぇ。お陰で良い絵が描けたし、旅人としても満足いく観光だったかな。ヴィオラはどう?」

「大満足と言う言葉が陳腐に感じるほど満足しました。そして、ビアンカが常にこういった驚きに満ちた旅を続けているという事に、羨ましさも感じました」

「なぁに。まだまだ旅は続くんだから、たくさん驚くものが見られるさ。旅の先達として保証するよ」

「それは楽しみですわね」

 すると。

「お二人さーん。船の準備が終わったから、埠頭に帰りましょう」

 反対側に仕掛けていた船留めを外して戻ってきたモーレが二人を呼びに来て、そしてそのまま、街へと戻るのだった。


 二人と一人の旅は、まだまだ続く。

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