第25話 ヘロイン
「大変です、マダム!」
情報の共有があらかた終わった部屋の中に、フェルシガーバーグのウェイトレスが一人駆け込んできた。
「何だい、騒々しいね」
ローレライが問いを返す。
「介抱していた女性の方に逃げられました……!」
「なんだって!?」
全員に緊張が走る。
「意識を取り戻されたので見張っていたのですが、急に暴れられてしまって――」
「うちのウェイトレスは木偶人形じゃない、それに人数も十分いたはずだ。それでも逃げられるなんて――」
ローレライの言葉に、予想外の方向から答えが返された。
「ヘロインが切れたのさ」
全員が一斉にその男を見た。二人のウェイトレスに付き添われたその男は、シュンレイが倒した寸鉄男だ。
「どういうことか説明しやがれ」
煙児の声に、寸鉄男は答える。
「ああ、いいぜ。どうせ俺はもう組織には戻れないだろうからな」
寸鉄男は語り始めた。
●
耳障りな息使いが聞こえる。煩い。そう思ってもそれを消すことはできない。なぜならその息遣いは自分が発するものだからだ。
「はあ、はあ――!」
荒い息、激しく唸る心臓の鼓動。全身が痛みの悲鳴を上げる。だが、それでも女、インリーは走り続ける。いつものように素早い走りができないのがもどかしい。インリーはなぜ自分が思う通りに走れないかを理解できない。ただもどかしいことだけを感じて折れ曲がった右腕をなびかせながら走る。
「はあ、はあ、っは――!」
インリーは走る。それを追い求めて走る。
薬――、薬を――!
夜の闇を、ただそれだけを求めて走り行く。
●
「まず、俺の名前はマーカス。マルコでもいいぜ」
寸鉄男、マーカスはまず自分の名を告げた。
「そんなのはどうだっていい! あの女、インリーとかいう女が逃げたのはなんでだ?」
煙児の剣幕に、しかしマーカスは動じない。ただゆっくりと喋りだした。
「焦るなよ」
マーカスがソファに腰を下ろす。
「インリーが逃げたのはヘロイン中毒、最近じゃ依存症と言った方が正確か。まあ簡単に言えば薬が切れたからそれを求めて暴れただけにすぎん」
その言葉に、カタメが吠える。
「お前たちは自分の仲間にまでヘロインを使うのか!?」
ヘロイン。それは代表的な麻薬のひとつだ。静脈注射で使うと強烈な多幸感に連続して襲われるラッシュという現象を起こす。先ほどの情報共有時にも言及されたものだが、薬物を仲間に使うなどおよそ考えられない所業だ。
「仲間じゃあない」
マーカスが否定する。
「あれはただの道具さ。それも失敗作のな」
「なんだと――!!」
叫ぶカタメ。しかし、マーカスを殴ったのは煙児だった。
「ガタガタうるせえんだよ。さっさとあの女が行きそうな場所を教えな」
静かな怒り。その言葉は獰猛な獣の声だ。
「ふ」
マーカスは一度鼻で笑ってから答える。
「
「神社の倉庫? なんでそんなところに?」
「あそこの神社が裏でコルネオ・ファミリーと繋がってるのさ。言わばあの神社がこの街でのファミリーの拠点だ」
「チッ!」
煙児は舌打ちを残して部屋から出ていく。
「インリーを追いかけるのか? 酔狂な奴だ。どうせ奴はもうヘロインの過剰摂取で体はボロボロだ。暴れて自分の腕が折れたことにすら気づいてないだろう。それに神社についてしまえばファミリーの人間に殺されるだけだろうぜ」
そこまで言ったマーカスは、再び殴られてソファー事倒れた。今度は殴ったのはカタメだった。
「ローレライ、マリエ、このクズを頼む」
そう言うと煙児の後を追う。
「煙児! 俺の車がある、乗っていけ!」
二人の男がインリーの後を追う。
アーキエンジェ Anchor @monta1999
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