台風一過の江戸川にて…
森緒 源
第1話 濁流
今年は僕が住んでる関東首都圏に台風が直撃してあちこちで風雨被害が出ました。
特に例年にない大雨により都市部での河川の氾濫や建物の水没などがニュース映像で多く流れました。
…濁流の中で自衛隊に救助される人、行方不明になってる知人を案じる人、水が引いた後で泥やゴミをやるせない表情で片付ける人…。
幸いにも僕の家がある町は、洪水が起きること無く大した被害はありませんでしたが、自然災害にあわれた方々の無念さはテレビ映像からも痛々しく感じられ、その辛さは想像に難くありません。
しかし全く話は変わるんですが、台風と洪水ということで言えば、僕はある一匹の狸の記憶を思い出します。
…もうそれは二十年くらい前のことなんですが、やはりその時も関東エリアに台風が来て、週末前に大雨を降らせました。
町が水没するような被害は無かったけど、夜半まで雨は降り続き、風はびゅうびゅうと唸って街路樹を揺さぶり吹き荒れました。
その晩はそんな状態でなかなか寝つけなかったんですが、やがて台風は速度をあげて通過して行き、外が落ち着く頃には、いつの間にか僕もぐったりと眠りに落ちていました…。
…翌日は天候回復、台風一過の青空でした。
テレビをつけてニュースを見ると、関東エリアでは何ヵ所か小規模な川の増水で床下浸水が数世帯出たようでしたが、深刻な被害は無かったようでした。
今日は土曜日で仕事もお休み…のんびり起き出した僕は遅い朝食を摂ると、服を着替えて原付バイクで江戸川へ向かいました。
僕の家から江戸川まではおおよそ1キロ半ほどの距離です。
…江戸川は利根川から分岐して東京湾に注ぐ一級河川で、千葉県と東京や埼玉県を分ける都県境になっている大きな川です。
…間もなく江戸川の土手下に到着した僕は、原付バイクを停めて草の土手を駆け上がりました。
「…うわぁ!」
上がって見ると、その土手の内側は増水した濁流にごうごうと呑まれていました。
普段は土手の内側は河川敷になっていて、野球やサッカーのグラウンドがあったり、または芦が繁る草藪などが広がっていて、土手下から川面まで100メートルくらい陸地としての距離があるのですが、それがまるごと濁流に呑み込まれて音を立てていたのです。
僕は土手の内側に降りて行って、途中の草の上に腰を下ろしました。
そして6~7メートル先の足元にごうごうと流れる濁り水をぼんやりと見つめていました。
…うねる川面を眺めていると、濁流の中に浮き沈みしながら大きな木の枝や、何かよく分からないゴミなどがけっこうな勢いで流されて行くのが見えました。
(けっこういろんな物が流れて来るんだなぁ…上流の方では土砂災害とか、被害があったりしたのかなぁ…)
何となくそんなことを思っているとまた一つ、何か黒い物が流れて来て、僕の足元の水際の草に引っ掛かりました。
しかしその物体は、よく見るとうごうごと蠢いていました。
( 何だろう?…)
僕は腰を上げ、そばに寄ろうと思ったその時、そいつはのそのそと濁流から這い上がり、草土手を登り始めました。
4本の足、太めの尻尾、小さな頭に黒っぽい体毛の小さな身体でゆっくりと水から離れ、土手を上がって途中で疲れたのか草の中で止まりました。
(…こいつは !! )
僕はちょっとビックリしました。
そいつはまぎれもない、狸の子供だったのです。
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