第一話 純粋な願い

──ここは······どこだ? 


 僕は死んだはずだ。死んだ記憶があるのだから死んでないほうがおかしい。


 目をゆっくりと開ける。目の前には綺麗な青空が見える。どこまでも続く青い空。時々見える白い雲。


 余計に意味が分からない。なんで死んだはずなのに、目を開けたら青空なのか。

 でも何故だろうか。普通はこんな状況でテンパる筈なのに、冷静な思考を保てている。


 ゆっくりと体を起こし、周りを見る。地面の表面は水のようなものがはってある。少し地面をつつくと、波紋が何処までも広がっていく。


 なんか凄い所にいるなと。最初は思ってた。神秘的で日本じゃ見ることも叶わないだろうと。そう思ってた。

 ほんとの事を言うと期待してた。でも裏切られた。日本でも冬によく家で見かけるあのブラックホール。


 『怠惰なる家電製品こたつ』が目の前にあったから────



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「あの、ここはどこですか? それと、あなた誰ですか」


 僕の目の前には歴史上にも類を見ないであろう、絶世の美女がこたつに座りながら、ジト目気味の大きな碧眼の瞳でみかんを見つめながら、せっせと綺麗な指で皮を剥いている。

 なんというか、パッと見、笑わなさそうな人である。


 ······かえってきたのは沈黙だった。

 ちょっと聞いてくれてもよくない? なんでみかんの皮剥いてるのかな? なんで隣に飲みかけの〇ーいお茶があるのかな。


 確認の為に体をのりだし目の前で手を振ってみる。全く反応すら返してくれない。


「······えーと、なんで僕がここにいるんですか? なにか用があるんですか?」


 ······諦めてこたつの布団の中に手を突っ込む。何故だかは知らないが、冬にこたつに入った時のような充実感が体を満たしていく。


 ていうか人が話かけたのに無視かよ······。僕との会話よりみかんの皮剥きのほうが楽しいのかな。


 あ、そうか! この人はきっとみかんの皮剥きのプロフェッショナルなんだ。

 だから作業中は凄い集中してて、「話かけてくんじゃねぇよあぁん?」みたいな感じなのかもしれない!


「いえ、違いますよ。なんですか皮剥きのプロフェッショナルって。仕事でもないですし流儀なんてありませんよ」


 絶世の美女さんは、ウェーブ気味の月のような艶々の銀髪を揺らしながら、こちらを見つめた。声も鈴の音のようで透き通っている。

 にしても心の声がでてしまったようだ。いけないな、人の前だと言うのに独り言とは。気持ち悪い。


「大丈夫ですよ、でてませんから。心を読んだだけです」


 ······ん? 心を読んだ? 僕にプライバシーはないのか?

 あ、心の中で呟いても聞こえるのか。絶対してほしくないな。


「大丈夫ですもうしませんから。今日は仕事じゃないんで」


 と、言いながらみかんを表面の薄い皮までとってちびちび食べ始めた。


「ていうか、もういいんですか? 皮剥き。他のプロフェッショナルの人達が泣いちゃいますよ?」


 無視された意趣返しに、笑顔で嫌味みたいなものを言った。


「その前に私が泣きますよ」


 そしたらジト目でこっちを見てきた。泣かれたら困るのでもうしないんですけどね。ところで僕の質問に答えてもらってないんですけど······。


「······こほん。さて、では先程の質問に答えましょう。私は魔法の女神イシスです。一応、地球の管理もしている神でもあります。ここは、あなた達のところでいう天国と地獄の狭間にある神が住まう場所、神界です」


 わざとらしく咳払いをしないでくださいませんかね。もとはと言えばあなたが悪いんだから。

 何故かいらっときたのでこう返してやることにした。


「よく地球は滅びませんでしたね」


「どういう意味ですかそれ? 私はあなた達人間よりもとっっっっても年上ですから!」 


 そりゃそうだ。神様なんだもん。そこで威張ったってなんの自慢にもなりはしないぞ。


「あなたの名前は五十嵐凛音いがらしりお。享年16歳、死因はバイクに頭部を跳ねられて首から上が全部砕けた······あってます?」


 なんの確認だよそれ。ていうか死んだ本人である僕に聞かないでよ僕に。

 にしても死因が物凄くヤバいくらいグロいんだけど。僕がそんなものを見たら絶対に吐いちゃうよ。


「へぇー、あなたは······ふむふむ。あぁ、やはり“あれ”がきいてますね」


 ぺらぺらとこたつの下から出した分厚い本を捲りながらにやにやとこちらを見てきた。それはまるで「今から面白いことするよー」みたいな。子供のような笑いだった。


 ところであれとは一体なんだろうか。あれ、と言った瞬間ほんの少しだけイシスさんの表情が歪んだような気がする。


「家族構成は父、母、妹の四人家族。容姿は地球基準に当てはめるとかなり美人の部類に入る妹様とは違い、普通。学力・運動力ともに普通。黒歴史は黒いk「やめろやめろやめろッ!」なんですかいきなり?」


「あんたが勝手に人の黒歴史を読み上げようとするからだろ!?」


 いきなりイシスさんが、早口で僕のプロフィールを読み始め、最終的に僕の黒歴史まで言おうとしたので必死に叫んで阻止した。

 黒歴史=あれだからな。一発で分かるんだよ······。


「大丈夫です。ここにはあなたと私しかいませんから。それに黒いコート······まあカッコいいじゃないですか」


「ジト目で言われても褒められた気がしない! ていうかなんだよその間。絶対迷ったよね? 言うの躊躇ったよね?」


 まじで、この人(神)はなんなんだろうか。ていうか結局言うのかよ!? 思わず敬語からタメ口になるくらい突っ込んでるよ。そろそろ疲れてきた。


「さて、ではあなたをここに読んだ理由です。ズバリ、こちらの不手際であなたを死なせてしまったからなのです」


「なに言ってるんですか。僕、自分で死を選んだんですから不手際もなにもないですよ」


 僕がイシスさんの言葉にそう答えると、イシスさんはバツが悪そうに口ごもりながらこう答えた。


「いや······完全にこちらの不手際でして。ま、まあとにかく! お詫びとしてあなたには異世界に転生してほしいのです! ていうかしてください!」


「······? いや、なんで異世界なんですか? 別に地球でもいい気がするんですけど······?」


 きっと今の僕の顔は「は?」みたいな感じの表情なんだろう。

 何故にあります? って聞いておいて次にくるのが命令形なんだろう。というより、なんで異世界? 転生するならどうせ記憶もなくなるだろうし、わざわざ世界を変えることもないと思うんだけど。


「······あれ、おかしいですね。てっきりあなたのような年頃だとすぐにいきたいとか言う異世界大好きな年頃のはずなのに······」


 イシスさんは本を持ちながらこちらを向いて首をかしげた。

 いや、別に誰もが好きなわけじゃないでしょ。

 ていうかそれ偏見すぎだろ。なんだよ、男子高校生は皆異世界に行きたいとか······。知らないけどね、女を除いたら男友達なんて一人しかいないし。


 少なくともいきなりこんな事を言われたんじゃ、行きたいものも行きたくなくなるんですけど。


「理由としてはこちらの不手際で死んだ、ということですがもし納得できないなら。あなたは生前、罪人だろうと救いの手を差し伸べておきながら、あなた自身に救いを与えなかった。それが、私達神にとって哀れで仕方なかったから······でしょうか。だから、あなたの『生きたい』という願いを叶えてあげたいんです」


 いきなりイシスさんは声のトーンを下げて話した。多分このトーンが普段のイシスさんなんだろう。

 ていうか恥ずかしいッ! なんで知ってるの!? 顔が羞恥で真っ赤に染まるのが自分でも分かった。


「改めてそう言われると恥ずかしいですね······でも少し納得したかもしれません。こんな平凡な高校生一人のその願いを叶える価値があるかどうかは知りませんが······」


 僕はもう死んだ。それは紛れもない事実で変えることも出来ない。

 死んでから自分の人生を振り替えると鮮明に思い出せた。確かに僕は人の為にしかあまり動かない。何故なら自分の為になることを知らないからというのが一番だ。


 でも、目の前の女神様──イシスさんは言った。自身に救いを与えないのは哀れだと。


 僕はもう死んだ。でも、死にたくはなかった。死にたいとも思わなかった。でも実際死んだ。自らその命を断ったのだ。

 死ななかったら、なにがしたかったか。目を閉じて、記憶を鮮明に写しだす。僕は確かに願っていた。


 自由気ままに『生きたい』と。


 ならばやる事はもう決まっている。生きたいんだ。なら願えばいい。僕は────


「異世界転生、させてください!」


 こたつに座りながら頭を下げる。


「えぇ、させますよ。というかさせてください」


 ということで異世界転生が決まった。

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ゲームの世界に転生したけど自由気ままな人生、歩めるでしょうか? 仇満タイト @nabenoguzai

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