閑話4 逃げた男 元ルークの人格・終盤

 王都の市場で捕まえた、見知らぬ平民の男と入れ替わった最初の頃は天国のような生活だった。入れ替わった先の身体に秘められていた能力は驚くほどに高くて、身体も痩せていて見た目も良かった。そして、貴族という柵は無くなり自由に生きていけるようになったから。


 身体を入れ替わって王都から逃げてきた時には無一文だったが、地方へと行く旅の途中に襲ってくる野盗達を返り討ちにして、彼らが持っていた財産を逆に頂くことで資金を入手していった。集めたお金を合わせると、平民数人の一生を養えるぐらいの金額となっていた。これも、この貰った身体のおかげだろう。


 俺は悪人達を打ち倒して報酬まで頂けるという状況になってから、ようやく異世界に転生したんだ、という実感を感じることが出来にようになった。非常に気分が高揚していた。


 目的地にしていた地方のある中規模の街へと到着した俺は、旅を一旦終えた。当初は仕事でも探して、生活費を稼ごうと考えていたのだが予想外の資金を手に入れる事に成功した為、今まで頑張ってきたご褒美として少しだけ遊ぶことにした。


 遊ぶと言っても、異世界なので映画館やゲームセンターはもちろん無い。できる事は食事を楽しんで、女と一緒にお酒を飲めるお店に行くぐらいだろうか。前世で女性との縁があまり無く、貴族時代には跡継ぎ問題とかもあって女性との接触というのがメイド達以外には殆どなかった俺は、初めてアレなお店へ行った時には非常に緊張した。


 しかし、今の俺の顔は非常に美形で女性のウケもとても良かった。今まで体験した事がないような女性から手厚くもてなされた為に、調子に乗って遊びまくった。



 状況が一変したのは、ある女性との出会いがキッカケだった。



 いつもの様にお店で遊んでから、一人女性を連れて宿に帰っている途中。宿まではもう少しで到着する所へ来た時に突然、連れていた女性が俺に向かって切りかかってきた。


「なっ!?」「チッ!」


 驚愕して俺は声を漏らしながら、身体が認識する前に前に女性の動きに反応して、女性が持っていたナイフを蹴り飛ばすことに成功していた。


 襲いかかってきた女性は、ナイフ以外に武器を持っていなかったのか、初撃を外した後、素早く離れてコチラを一瞬だけ睨むと、そのまま走り逃げていった。

 

 一体何だったんだろうか。驚きのあまり何も考えられなくなって、しばらく立ち尽くした。考えても何なのか理解できず、その日はそのまま1人で宿に帰って寝てしまった。


 それから、度々襲撃を受けるようになった。あるときは中年の男だったり、若い女だったり、終いには子供にまで攻撃をされるようになった。彼ら不意に攻撃を仕掛けてきて、失敗したと判断したら直ぐに逃げるために、捕まえようとしても捕まえられない。彼らは一体誰なのか、全員で何人いるのか、何の為に俺を狙うのかという目的を掴めないでいた。


 襲撃があっても身体が攻撃を受けないように反応して動いてくれるために、彼らの攻撃を怪我を負わずになんとか防ぐことができていたが、精神的なダメージを負っていった。なんで俺が見知らぬ誰かに命を脅かされているのか、度重なる襲撃に対してストレスが溜まっていき恐怖で夜寝られないようになった為に、気に入っていた街を離れる事にした。しかし、その判断は大きな間違いだった。


 街を離れて、襲撃者達から逃げようと旅を続けていくうちにどんどん襲撃の回数が増えていった。街を離れたために、彼らは人目を気にする必要が無くなったのだろう。朝昼晩と関係なく襲ってくるようになった。


 何度か襲撃を防いでいるうちに、ようやく俺は襲撃者の手がかりを見つけることに成功した。それは、この襲撃はある貴族が関係していた。詳しく調べてみると、どうやら以前の旅で返り討ちにした盗賊たちと貴族との間に繋がりがあって、盗賊の持っていた財宝が実は貴族のものだった為に、その貴族の物を盗みとった俺に対して報復しているとの事だった。


 俺は怒り狂う心を沈めて、その貴族の屋敷へと忍び込んだ。警備は厳重だったが、怒りに任せて突撃していった。襲撃者を送り込んできた貴族を討ち止めた俺は、目的達成の代償に顔に大きな傷を負うことになった。


 それから襲撃者は止まったが、美形だった筈の顔に怪我を負って、ストレスによる過食で肥満になっていく体型。生活を進めていくうちに以前の状態からは見るも無残な様子となっていった。


 そんな時に、あるウワサを聞いた。それは俺がかつて貴族として生きていた王国が危機に晒されているということ。ロートリンゲン家から逃げてきてよかったとその時は思っていた。しかし、ウワサで聞いていた状況は一変。


 なんと、攻め入っていた軍隊が返り討ちにあった。返り討ちを果たした、というのがロートリンゲン家のルークという息子。彼が英雄となって、王国で褒め称えられているらしい。


 どういう経緯でそんな事になったのかは分からなかったが、一つだけ言えることがあった。その場所は、俺のものだという事。


 俺が、ロートリンゲン家の貴族だったのだ! あの時に、ただの平民と身体を入れ替えて生きていくなんて間違っていたんだ。間違いは正さなければならない。


 俺は直ぐに王国へ帰ることにした。王国へ帰って、かつての身体を取り戻すんだ。王国から逃げ出した時に比べて王国へ帰る旅は非常に過酷だったが、貴族だった俺の人生を取り返す為に、この旅はあの身体に戻るための試練だと考えて耐え抜いた。


 王都へ到着した俺は、ロートリンゲン家の屋敷へと向かっていった。ただひとつの目的、かつての俺の身体を取り戻すため。


 ロートリンゲン家の屋敷の門前までやって来た俺だったが、そこで警備兵に止められてしまった。俺は彼らに身体を入れ替えた所から今までの全ての説明をしたが理解してもらえずに牢屋にぶち込まれてしまった。


 長旅によって草臥れた服。ボロボロの醜い身体。汚れきった顔。今の格好を見れば確かに不審者、捕まってしまうのは当然だと理解は出来た。だがしかし、かつて主人だった人間に対しての理不尽な扱いであることに納得ができず怒りが爆発していた。


 何故俺がこんな目に合わなければならないんだ。俺はもう貴族としての人生に戻れないのだろうか。そして、頭のなかにはある言葉が思い浮かんでいた。


 異世界への転生なんて碌なものではなかったと。

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気がつけば貴族! キョウキョウ @kyoukyou

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