第1話

-1-


「…トォル」


何時の間にか其処に存在したかの様に突然声が木霊する。


トォルと呼ばれた小さな斑の猫がその声に牽かれてトテトテと歩み寄って来る。


「はいはーい、今日のシゴト見つかったんだね、マスティマ?」


「…うん、今回は十年分。もうあまり時間はないけれど」


「あれまー、たった十年かぁ、あんまし割の良いシゴトじゃなくて残念だね」


「…トォル。そんな事言わないの」


「あはは、ジョーダンだよ、ジョーダン。マスティマはそーゆーとこがまだまだお堅いよねぇ」


「むー…早く来ないと置いていくんだから」


「わわわ、待ってよ!君がホンキ出したらボクが着いて行ける訳ない!」


長く美しい白の髪を棚引かせ、頬を膨らせながら、マスティマ、と呼ばれた少女はトォルに背を向けて早足で歩き出した。


トォルは嘆息しつつも何処か楽しげに後を追い掛けたのであった。


-2-


「…あー、かったりぃ、いつ迄こんな小間使いばっかししなきゃなんねぇんだろ…来る日も来る日も野菜切るだけじゃあなぁ…俺だってもう十分な料理が作れるってのによォ…やってらんねぇ…」


「おいコラ、トビー!何をぐちゃぐちゃ言いながら仕込みしてやがる!昨日の野菜、大きさも切り口もバラバラ、てんで使いモンになりゃしねぇ!つべこべ言わず集中しろィ!」


「…親方、良い加減俺にも厨房に立って鍋を振るわせて下さいよ!

毎日毎日こんな雑用ばっかりじゃ…」


「トビー、何度も言ってるだろうが。客の前にお前が立つのは早過ぎる。お前は先ず自分を見直さにゃならん。昨日は店が終わってから何かしたか?」


「昨日って…片付けしたらクタクタですぐ寝たっすよ…」


「フン、駄目だな。それじゃあ全然駄目だ。

…そうだな、次の言葉の意味が理解出来たら考えてやらん事もない。」


「親方だって毎晩飲み歩いてるだけじゃねーか…ってホントか!?親方!!」


「あァ、これが理解出来なきゃお前を厨房には立たせられん。

良いか、"人として生きていく上で1番大切なのはキョウイクとキョウヨウだ"

どういう意味か分かるか、トビー」


「…教育と教養、ね。はぁ、どうせ俺は学校も満足に行かなかった馬鹿って事ですか?

まだまだ勉強が足りないって事か…こんなの分かった所でどうにもならないじゃないっすか…」


「フン、残念、大ハズレだ。まだお前を厨房には立たせられんな。良いかトビー、どんな事だって人次第で同じモンが極上にも糞にもなる。

その足りない頭でよーく考えるんだな。」


「意味分かんねぇ…はっきり分かったのは俺を厨房に立たせるつもりは毛頭ないって事っすね。」


「そう思うならそれで終わりだ。さっさと仕込みを終わらせろ。」


「…へい。」


「………ふーん、相も変わらず分かんないモンだねぇ、あの元気なゴツいオジさんだよね、シゴト先。」


「うん、多分もうすぐだと思う。あの人の種火、急に激しく燃えているから。」


「…マスティマ、顔暗いよ。もー、すぐ情に影響されるんだからー。今時情緒豊かな女子高生だってそんなに絆されないよ。全く、元天-」


「…トォル、今日のおやつ抜き。」


「わわっ、そんな殺生なぁ!ジョーダン、ジョーダンだってばさ!ゴメンナサイ美少女マスティマ様ぁ!」


すん、と少女が翻った跡には焦げ付いた硝煙の薫りが微かに残るだけであった…


-3-

トビー=マクガフはどうしようもない倦怠感と閉塞感に苛まれていた。


彼の働く小さなレストランはいつも常連で賑わう活気に溢れた場所であった。

客は慣れ親しんだ空気の中、何処か懐かしい料理の数々に舌鼓を打ち、親方の豪快な笑い声が響く厨房へ自然と惹き込まれていく。


学校も満足に通わず家を勘当同然で飛び出した彼を何も言わず住み込みで働かせてくれていた親方には心底感謝していたし、だからこそ店の為に懸命に尽くして来たつもりだ。


ここに来て約4年の月日が流れようとしている。

早く役に立ちたくて毎日暇を見ては料理のレシピを目で盗み、賄いで一通り自分なりに満足のいく出来の物を作ってきた。


そうであるのに未だまともに厨房を任せて貰えない現状に良い加減辟易して来ていた。


先日ようやく了承が得られそうだと思った矢先、ヘンな問答ではぐらかされてしまったと来てはどうにも納得がいかなかった。


「俺だって、俺だってやりゃあ出来るんだ。なのにどうして親方は認めてくれねぇんだ…

所詮俺は体の良い下っ端っつうことなんかね。はぁ…」


いつも仕込んでいるのと同じ芋の筈なのになんだか皮の模様がニヤけた面に見えてきてウンザリする。


「どうせ俺は学のない糞みてーな芋野郎ですよ、ッと!!」


雑に落とした刃先でガスンと芋が砕け切れる。

あぁ、邪険に扱ってしまった。申し訳無い、とついつい思ってしまう職業病の自分が情けなく、憎らしい。


「トビー!いつまでチンタラ芋切ってんだ!とっとと済ませて倉庫からスープの材料を取って来い!」


「…へーい、分かりましたぁ」


のそのそと倉庫に向かうが脚が重い。

いつもなら取りやすい場所にある筈の玉葱が1番上の段に乱雑に置いてあるものだから頭に来る。


「…つか、そうか、俺が置いたんだった。」


何処にも捌けられない苛立ちを感じながら手を伸ばすが微妙に届かない。少し離れた場所の脚立を持って来れば良いと分かっていてもムキになる。


「ぐっ、後ちょっと……ッッ、!うわっ!?」


がらり、と音が聴こえた時には遅かった。

棚の上に置いてある建材をしまった大きな木箱が玉葱の袋に引っ掛かって降って来るのがやけにスローモーションで視界に映る。


(やべぇ…避けきれな…!!)


ガズン!!!ゴキン!!と大きな音が聴こえた気がした。

意識が途切れる、と身体が身構えて居たからだろうか。数刻視界が暗転する。


…おかしい、何時迄経っても痛みも感じない、綺麗な川だって見えて来ない。死神みてーのがコンニチハでもして来るのかと思ってたけど…

意外と死ぬってのはあっさりしたモンなんだろうか。


ボーッとそんな事を頭が駆け巡ったのも束の間、戻っていく視界に死神が居てくれればどれだけ気が楽だったろうか。

一面の赤黒い水溜まり。転がった玉葱と木箱。

そして、真ん中に横たわる大きな背中。


「お、おい!嘘だろ親方!!!」


「バカ…やろ…ぉ、あれ程モノは丁寧に扱えと…しつこく言ったじゃねェ…か…」


「あ、あ…は、早く医者を…よ、呼ばなきゃ…」


「フン…へ、ヘンな気は起こすモンじゃねぇなァ…なんか、ふと頭ァ、よぎっちまったんだ。何か、良くねぇ事が…起きそうだってよ…

トビーよぉ、怪我、ねぇか、?」


「な、何言ってんだよ親方!ンなことより、あ、頭、血が、血が…!」


脚が動かない。手の震えが止まらない。

何でも良い、誰か、誰か助けてくれ…


誰か…ッ!!


……かつん…かつん…


虚ろな目のせいか、微かに陽炎が視界に浮かぶ。

音…?脚、音か?


「…生の運命に逆らいし憐れな眷属よ。今一瞬の安息と救いを与え給う。

我、最期の焔を燻らす者也。」


ふわり、とした声が鳴り響く。情景にそぐわない温かな優しい声色に、何処か哀し気な風が纏っている。


瞬間、目の前の風景は様変わった。


-4-

「…ッ…ここ、は、天、国?」


さっき迄居た薄汚い倉庫は何処にもなく、ありふれた町並みが拡がって居た。


「あれー?おかしいな、キミ、シゴト先とは関係ないよね?巻き込んじゃったかな、こりゃ。」


「う、うわっ!?なんだお前、しゃ、喋る猫!や、やっぱりここは天国、いや、地獄の使いって事も…」


「うーわー、勝手に酷いコト言わないでくれるかな?ボクは只の見物人、いや、見物猫、だよ。これからワクワクしながら観劇しようって時に萎えちゃって困るなー、そういうの」


「…トォル、あまり無駄口を叩くなら今日の晩御飯は無くなる。」


「ひぇっ、そりゃ無いよマスティマぁ!だってイレギュラーが居るんだから仕方ないじゃん!!」


「違う。彼は招かれた。きっとあの人は彼を受け入れたがってる。」


「あの人…親方の事か?

い、いやそれよりも!アンタ達は誰なんだ?ここは何処で、何が起こって…!」


「…一つずつ話す。あまり続け様に話さないで欲しい。私はそれ程早く話せない。」


…ど、どうなってんだよ、一体…


柔らかな、それでいて儚い声でとつとつと話す少女は長く美しい白髪を揺らしながら状況を話し始めた。


「先ず、私はマスティマ。生の運命から外れた憐れな眷属に最期の安息と救いを与える者、で、こっちの五月蝿いのは…」


「だーッ!そんな言い方で伝わる訳ないだろカタブツ少女!!

はぁ、ゴメンねお兄さん。ボクはトォル。まぁ、何処にでも居る斑猫さ。

んで、此処はあのオジさんの走馬燈の中。

本来まだ生きてる筈だった運命が何かしらで変わっちゃうコトってままあるんだ。そーゆー人が残した命の焔を使って最期にステキなモノを見せてあげよーってのがそこのカタブツさんのお仕事って訳。オーケー?」


「トォル…カタブツは酷い。5点減点」


「え、何そのポイント!?一体何が減ったの!?5点って何を基準に!?ちょ、ちょっとマスティマぁ!」


…一体、何が起きたんだろう。取り敢えず此処は天国でも地獄でも無くて、目の前の女の子と猫はよく分からない話を続けている。


ボサッとしていると目の前の家から若い男性が老人と共に現れた。


「…とっ、奴さん、御出ましだよお兄さん。」


「え、あれは…ちっと若いけど、親方?」


「此処はあの人の記憶の世界。今見えているのはあの人にとって大事だった思い出。

私の役目はその世界を作り出すコト。最期を見届けるコト。」


「最、期…って事はやっぱり親方は…」


「うん、君を庇って死んじゃうみたいだね、もうすぐ。」


「そ、そんな…」


「トォル…いい加減にする。さもないと…」


「わ、わわわ、口は災いの元ー!ってね、ほらほら、何か話してるよ。あの人!」


親方はもうすぐ死ぬ。

そんな事を当たり前の様に突き付けられた。

正直頭の中は訳わかんねぇけど…でも…


親方が最期に俺に伝えたかった事…

俺は…見届けないといけない。


-5-


親方と老人は何やら言い争いをしている様だった。年若い親方は今と変わらない大きな身体を揺らして叫んでいる。


「待って下さいよマスター、そんなお身体で何処に行こうって言うんですか!」


「今日は昔からの連れが久々に会おうってな、顔を出さにゃ失礼ってモンだ。まぁ、このなりじゃあいつ会えなくなるかも分からんからな。」


「ですから、もっと安静になさって。家でゆっくりとしてからでもいいじゃあないですか。只でさえマスターはこのレストランで毎日休まず働いてらっしゃるのに…常連のお医者さんもあまり良くない状態だから御自愛なすってと言っていたじゃないですか。」


「ゆっくり、か…。そりゃ駄目だ。例え身体が蝕まれててもな、止めちゃあいけねぇんだよ人間はよ。

なぁお前、俺がいつも言ってる言葉、意味、分かったか?」


「人間生きていく中で1番大切なのはキョウイクとキョウヨウ、ですよね。

…いえ、結局答えは分かりません。自分なりに技術と知識を得なければならないと思って今日迄頑張ってきたつもりではあるんですが。」


「ははは、お前は真面目が過ぎる。料理の腕や地頭の良さはきっと既に俺を越えてるよ。

…なぁ、俺はよ、この店、お前にやろうと思ってるんだわ。」


「そんな!自分なんてまだまだです!

ここはマスターあっての店だと思うし、それにまだその問いの答えも見付かっていない」


「そうか、ならその答え合わせはしとかにゃあならんな。

なぁ、俺達の仕事で料理の腕っていう当たり前の話を除いたとして、1番必要な事はなんだと思う?」


「…お客さんにまた来たいと思って貰う為の努力や心遣い、でしょうか」


「ふむ、お前らしいね、50点だ、良いセンなんだがな。

いいか、世界にゃ食いモン屋なんぞごまんとある。

その中でなんでウチに来るかってのはよ、結局は俺達"人"を求めて来てるんだ。

もっと言やぁ、俺達はよ、魅力的な人間で有る事が大事なんだ。

お前さんはよ、マジメで努力家だ。料理の修行を欠かしたこたぁないし、まぁ、俺も随分と頼れる相方に恵まれたモンだ、と思っているよ。

でもな、其れだけじゃあ駄目なんだ、もう分かるよな?」


「…人として、魅力的で、客を惹きつける何かが、必要ということですか」


「ふはは、その通り。だからキョウイク、キョウヨウが必要なんだ。

良いか、言ってしまうとな、キョウイクってのは"今日行く所がある"、キョウヨウってのは"今日用事がある"の略なのさ。

毎日何かやりてぇ事があって様々なモンに触れていく。

その中でのふとした経験や人との繋がりを増やせば増やす程、自ずと見えて来るんだ。

自分が毎日満たされた日々を送ってるとな、他を見る余裕が出来る。だから初めてお客さんを心からもてなす事が出来るんだ」


「それが人として1番大事な事であるキョウイク、キョウヨウ…ふ、ククク…ハッハッハッハ!成る程、如何にもマスターらしい!

マスター、俺、もっと色々見てみます。色んな場所に出掛けて、色んな人に会って、もっと楽しんでみます。

そうすれば、俺もマスターの景色が少しでも見られるでしょうか、マスターみたいに良い空間の店が出来るでしょうか?」


「カッカッカ!お前がそんなに笑っている顔は久々に見たよ。それで良いんだ、お前はもっと気楽に考えろ。

俺を技術じゃ越えてんだ。後はそこ次第、だ。

…じゃあ、もう行くぞ。」


「やはり、行ってしまうんですか、マスター…」


「老兵死すべし、だ。もうそろそろ店やりながら女を抱くのは文字通り骨が折れるのさ。なんてな、じゃあな、達者でよ!」


親方がずっと離れていく老人を見つめている中、風景がぼやけ出した。


「にゃはー!面白かった。あのお爺さん、中々上手いこと言いますな。

今度ボクも話の種に使おーっと。」


「いやいや、誰にだよ…って、なんか歪んでない?お前」


「…走馬燈の終わりが近い。あの人の本来の寿命は後10年だったからあまり多くは燃やせなかった。」


「そんな…じゃあ、もう…」


「シゴトは終わり。私達はもう行く。二度と会わない事を祈っている…トォル、行くよ」


「ちゃーんと長生きしてね!って言いたいんだヨ!ホント、素直じゃないよね。」


「…10点減点」


「ちょ、ちょっとぉー!あ、置いてかないで!

ん、んじゃね、お兄さん、最期はキミが看取ってあげて!」


「ちょ、おい…」


少女と猫が視界から居なくなり、町並みは消え、戻りたく無い現実が徐々に顕れる。

薄暗い倉庫に未だ生暖かい血溜まりが拡がっていた。少女等が来てからそれ程時間は経過していない様だった。


「やっぱり、こっちも夢…って訳じゃないんだよな…」


「…ぐ…夢、か。今、何だか良い夢を見ていた気がするな…」


「お、親方!喋ると血が…」


「…トビー、よぉ。あの、店、な。お前に、任せようかと、思うんだよ。

そろそろ、よぉ、潮時…みてぇだからよ。

…よぉ、あの問いの答え、見付けたか?」


「ッ…親方…へッ…今日行く所がある、今日用事がある、の略とか?バカみてーな答えかもしれねーけどさ。」


「…フッ、ハッ、ハハ、こいつぁ驚いた…

トビーよぉ、お前、俺より筋が良い、じゃあねぇか…

これで、思い残すこたぁねぇ、や。」


「うっ…グス…アンタのお陰でさ、良いキョウイクとキョウヨウがあったのさ。

親方…まだ逝くなよ…俺はまだ全然恩を返せてないんだよ…」


「へ…何、言って、やがる…良い跡継ぎが見付かった…店としちゃあよ、これ程嬉しいこたぁねぇ。

…恩なら十分過ぎる程貰った。最後の日まで料理を、人生を楽しむ事が出来た。

ありがとよ、トビー…達者でな…」


「親方…ッッッ…俺のせいなのに…恨み言どころか、感謝なんてよ、おかしいだろうよ…ホント…ずりぃよ…クソっ…」


親方、俺、キョウイクとキョウヨウ、さ。バカみてーだけど、大事にするよ。

たまたまでもあんな不思議な出会いがあったりするんだからよ。

俺、頑張るからさ、見守っててよ。その内キョウイク場所になるだろうからさ、待っててよ、親方。


焦げ付いた硝煙が、手向けの線香の様に燻っていた。


-6-

5年後…

トビー=マクガフは毎日の忙しさと笑い声に揉まれながら、軽快に鍋を振るっていた。


彼の働く小さなレストランはいつも常連で賑わう活気に溢れた場所であった。

客は慣れ親しんだ空気の中、何処か懐かしい料理の数々に舌鼓を打ち、豪快な笑い声が響く厨房へ自然と惹き込まれていく。


「はいよー!今日はいつもより元気ないなボウズ、肉、多めにしといたから、それ喰って元気だせよ、な?」

「おいおいじぃさんよ、濃い味は駄目だってばあさんに言われてんだからよ!勘弁してくれよ!」

「ほい、お待たせお嬢さん。特製シチューと鰯のオーブン焼き…ってあんたどこかで会わなかったっけ?」


あまり見慣れない長い白髪の美しい少女は小さな斑猫を連れているとはいえ、下町のレストランにはあまりそぐわなかった。


「…いえ、この店は初見です。

評判だと聞いたので来てみたかったのです。いただきます。」


「そうか?うーん、どっかで会った気がするんだけど…まぁいっか、毎日どっか行ってりゃ、どっかで会ったんだろーな。」


「キョウイクとキョウヨウ…クスクス…鰯美味ー(ふぎゅry」


高い猫なで声が聴こえた気がしたが、とっさに少女は真っ赤な顔で猫を押さえ付けた。


「ん?今、横の猫、喋らなかったか?」


「…き、きのせい…い、今のは、私の声…鰯、おいしー(裏声)」


「そ、そうか?変わった奴…

んー、あの、さ。なんかよく分かんねーけど

、ヘンに思わないで欲しいんだがよ。

急に感謝したくなってさ、ありがとよ。ゆっくり味わってってくれよな!」


「ん…それは、よかった。とても、美味しい。(トォル、後で覚えておいて…!)」


店を後にし、ぷんすこと怒るマスティマを宥めつつトォルは話題を逸らすように話し掛けた。


「ごめん!ごめんてマスティマぁ!あんなに美味しい鰯、初めて食べたからつい…

あ、そうそう、なんで彼、ボク達の事覚えてなかったの?」


「本来、私は"シゴト"でしかこの世界には関われないから。余計な事はしないし出来ない。」


「じゃあなんで彼の店にご飯食べに来たのさ、マスティマ?」


「…今日行きたい用事が、そこ、だったから…」


「…ぷっ、あはは!マスティマ、案外ユーモアが利いてきたじゃあないか!

なんだかホントに人間らしくなってきたね、キミ。」


「…私が?人間らしい?」


「きっと、さ。キミは天使としては窮屈な存在過ぎたのさ。

羽がもげて、自分の足で歩く堕天使となったキミは、あのじいさんの言葉を借りると案外魅力が増してるんじゃぁないかな?

んー、仮にシゴトが終わったとして、どう生きていきたいんだい?」


「どう生きる…私は、死なないから…。よく、分からない…」


「キミは生死の狭間を何度も見てきたし、これからも見ていく。

多分、いずれ分かる時が来るんじゃないかな?」


「…私は……どう、したいんだろう、どうなりたいんだろう…

ずっと、そんな事、考えもしなかった。

天使として欠陥品だと分かった時から、私は変わり続けている気がする…

私は…どう…生きる…」


天使として最大の欠陥を持つが故に堕天し、途方も無い年数の命の焔を集め、憐れな眷属に最期の景色を見せる彼女は、ほんの少しずつ、変わろうとしていたのであった…



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走馬燈売りの堕天使-マスティマ- 関隼一 @tarutaru3900

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