第20話

 薄暗い部屋だった。

 壁と窓以外の二方向木製のついたてに囲まれた小さな空間の中央に簡素なベッドが置かれていた。

 ベッドにはミイラのような男が横たわっていた。

 鼻から上と首から下を包帯でぐるぐる巻きにされている。つまり口元以外大方包帯で巻かれていた。

 「ノンブレ・ファルオンさん」

 金髪をポニーテールで結んだ若い看護婦がついたての間から現れて、ベッド脇に来た。

 彼女の明るい笑顔には似つかわしくなく白衣には所々血のりが飛び散っている。

 「ノンブレ中尉、昨日お話したように、今日は頭の包帯を取りますね」

 ノンブレは「はい……」と言いながらベットから上半身を起こす。

 看護婦はするするとノンブレの頭から包帯を巻き取っていく。巻き取った包帯はついたてに掛けていく。

 包帯の下から端正な青年の顔が現れた。

 「キレイに治ってますね。目を開けてもらっていいですか?」

 ノンブレは瞼を開けた。

 ノンブレの眼は無かった。

 眼が収まってはずの眼窟は暗い口を開けているだけだった。

 「……ハイ。ありがとうございます。もうすぐ先生が廻ってきます。暫くお待ちください」

 「気味が悪いですか?」ノンブレは目を閉じた。

 「そんな事ありませんよ……ただ……中尉が現場で受けられた回復魔法がもう少し強力であれば、失明される事は無かったかもしれません。それは……悔やまれます」

 「そうらしいですね」

 「すみません! そんな話は先生からお聞きですよね」

 「あなたが謝る事はありません。それに目の事は諦めてます。ドラゴンの炎を至近距離で受けたのです。命があっただけでも感謝しているくらいです」

 ノンブレは微笑んだ。

 「中尉は……その……お強い方なんですね」

 「ハハハ。そんな事はありません。軍では、気弱すぎて出世はムリだと言われてました」

 「そんな事はありません。中尉は心がとてもお強いです。弱音を吐いたり、自暴自棄になったりせず平常心を保ってらっしゃるように見えます」

 看護婦がついたての方を見た。

 ついたての向こうからうめき声が聞こえた。

 「とても酷い状況です……殆どの方はまともな手当も無しに此処に来れられました。遠征には回復魔法を使える方が殆ど同行されなかったようです」

 看護婦は声を潜めて言った。

 「ではまたお昼に来ますね」

 看護婦はノンブレのベッドから離れてついたての向こう側に去って行った。

 その拍子に、ついたてに掛けた包帯が床に落ちた。

 「看護婦さん。包帯が落ちましたよ」

 ノンブレが声を掛けた。

 「ああ、スミマセン」

 看護婦は床に落ちた包帯を拾った。そして包帯を白衣のポケットにしまうと、ポケットをポンと叩いてから立ち上がった。

 「お名前を教えて頂けますか?」ノンブレの声が聞こえた。

 「モーラです。モーラ・モネと申します」

 「モーラ……。 美しい名前ですね」

 モーラは「ありがとうございます」と優しく言ってから歩き出した。

 その顔は険しい表情に変わっていた。

 モーラの進行方向にはベッドが並んでいた。

 その数数百。

 ここは大きな体育館のような建物の内部だった。

 ノンブレのベッドは部屋の中の角に位置していた。

 見渡す限り、ベッドの大海だった。

 ベッドには余す所なくエルフの兵たちが横たわっていた。

 苦悶の表情を浮かべ、うめき声を上げていた。

 血だらけの包帯。鼻を突く消毒液と尿瓶の中の小便の匂い。

 まるで地獄のような有様だった。

 モーラは遠くを見る。見渡す限りのベッドの海の中に医師がぽつんと見えた。

 まるで大海に浮かぶ小さな氷山のようだった。

 一人の負傷兵がベッドから飛び出しモーラに抱きついた。

 「ハハハ、柔らかい……」

 「止めてください。ヘンリクさん」

 負傷兵はモーラの制止を無視して包帯でぐるぐる巻きにされた両腕でモーラの体をまさぐった。

 モーラは負傷兵の股間に膝を食らわせた。

 負傷兵は床にうずくまって唸った。額には脂汗が浮かんでいる。

 「ううう……私は……軍参謀だぞ……」

 「ではそのような振る舞いを」

 モーラはそう言って通り過ぎていく。

 「……どうして包帯が落ちた事が分かったのかしら?」

 モーラは小さな声で言った。

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鋼鉄のルガーと亜麻色のリモナーダ ~マレク湾艦隊戦~ @nightfly

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