ベッドで機関銃

新巻へもん

第1話 強襲! バリバリ最強3兄弟

「もう、最悪……」

 仁美はしゃがみ込んだ。もうどうなってもいい。それぐらい疲れ、自棄を起こしていた。少し離れたところにいるキンピカの衣装をまとった3人組がそれぞれ奇妙なポーズを決めているのを脱力した目で見る。


 真ん中の男は仁王立ちして右手の拳を突き上げ、向かって左の男はラジオ体操の肩の運動のようなポーズをしている。みんなで声を出して数える部分の1とコールする姿勢。向かって右の男は左足を横に出し、体を傾けて真ん中の男の方に向けて、手のひらを細かく動かしていた。


 こいつらは先ほど、仁美の愛車の後部を吹き飛ばし、2輪車にしたのだった。そして、その時、呆然としていた仁美を運転席のドアを引きちぎって、助け出したのがマッチョな裸の上半身に弾帯を体に巻いた暑苦しい男だった。礼を言おうとする仁美に対して、ニカっと笑うと信じられない台詞を吐く。

「さあ、早く、ベッドルームへ」


 ***


 思えば、今日は目覚めから最悪だった。夢の中でなんだか分からないモノに追いかけられ逃げまどっていた。自分は時代がかった白い衣装を着ており、周囲の男女は変わった形の銃のようなものを握っている。ピカッと眩い光が走るたびに周りの人は黒焦げの物言わぬ像となった。

「……様、お逃げ下さい」


 突き飛ばされるようにして、小さな部屋のようなところに入り、後ろのドアが閉まり、体が壁に押し付けられるところで目が覚めた。全身、びっしょりと汗をかいていて下着やパジャマだけでなく、シーツまでが不快な湿り気を帯びている。時計を見ると家を出なければならない時間まで10分もなかった。


 駅前の駐車場に車を止めて、慌てて飛び乗った電車は満員。隣に立つ派手な女性のものと思われる香水が目に染みるほどきつい。押し出されるように降りる際には誰かに尻を撫でられた。午前中のプレゼンはノーメイクかつ前衛的な髪型で臨む羽目になったし、目をつけていた営業2課のちょっとカッコイイ柴崎くんには顔を背けられる。


 ランチのパスタは茹ですぎで、気が付けば買ったばかりのストッキングは伝線しており、終業間際には急ぎの資料作成を頼まれた。なんとか大急ぎで終わらせ、帰宅してビール片手にドラマの最終回を見ようと車を走らせる。自宅まであと100メートルほどの場所で、このモヒカン頭のおかしな3人組が現れたのだった。


 朝出がけに玄関で見たカレンダーには13日の金曜日で仏滅と書いてあったな。ぼんやりと考える仁美の目の前で3人組の一人が叫ぶ。

「ヒャッハー!」

 もう一人も唱和した。


 真ん中の男が腕に嵌めた何かを見てゲラゲラ笑いながら言う。

「見ろよ。今日の標的はなんと、ヒトミっていうそうだ。この星の主要な言語じゃ、弾をぶち込んでhit me、って意味なんだとよ。随分と殊勝じゃないか」

「たまんねえぜ」


 そこへ埼玉県警のパトカーが赤色灯を煌めかせ、派手にサイレンを鳴らしながらやってきて停車した。二人の警察官が車から降りると叫ぶ。

「お前たちは何をしている?」

「手を挙げろ」


 3人組が手をかざすとバリバリという落雷のような音がして、眩しい光条が空中を走る。そして、警察官が真っ黒な消し炭に変わった。

「もう、何なのよ。まだ、夢の中なの?」

 涙声で仁美は言うが、これは現実だということは十分に分かっていた。


 刺激的なオゾン臭と物の焦げる臭いが鼻をつく。

「いや。嫌。誰か助けて」

 仁美のつぶやきに隣の変態マッチョが筋肉をモリモリさせて言った。

「姫。お気を確かに。必ずやお助けいたします」


 仁美は男の腰のベルトに夢の中で見たような銃をさげているのを見て叫ぶ。

「それって武器なの? だったら、それであいつらを……」

「残念だが、あのバリバリ最強3兄弟にはレールガンは通用しない。電気を操れるからな」

「だったら、どうするのよ」

「こうする」


 マッチョガイは仁美を担ぎ上げると物凄い勢いで駆けだした。ジグザグに走る。後ろで何度か光が爆発した。男は仁美の自宅マンションのオートロック扉をムンと言いながら力ずくで引き開ける。風除室を通り、もう1枚の扉も突破するとロビーを駆け抜けて階段を駆け上がった。


 仁美の部屋の前まで来ると抱えていた体を下に降ろし、男はでかい手を差し出した。

「鍵を早く!」

 さすがにステンレス製のドアはブチ破れないのね、と思いながら、催眠術にかかったように仁美はバッグから鍵を取り出す。


 ドアを開け、仁美の手をひき、男は土足のまま家の中に駆け込む。男は仁美を寝室に連れ込んだ。窓の外が明るくなり、そちらに目を向けると信じられないことに3人組が空中に浮いている。そして、先ほどと同じポーズを決めていた。マッチョ男は舌打ちをすると仁美の手首を握り、ベッドのヘッドボード部分のパイプを握らせ、自分もその隣のパイプをつかむ。


「一体…‥」

 声を出しかけた仁美の目の前でベッドが形を変容させていく。今やベッドはバイポッドに支えられる長い銃となっていた。手早く体に巻いた弾帯をほどいてセットすると、仁美の手に自分の手を添えてマッチョは引き金に指をかけさせた。


「さあ、ぶっ飛ばすぜ」

 指に力が加えられ、毎秒千メーターのスピードの弾丸がけたたましい音と共に吐き出される。毎分6000発で発射される機関銃が弾を撃ち尽くすのに数秒もかからなかったがそれで十分だった。モヒカン連中は消えてなくなっている。


 硝煙の香りと共にヒルベルト・トーラス・ミダラ姫は完全に記憶を取り戻していた。背後の忠実な光の騎士に微笑みを見せる。

「雌伏の時は終わりました。さあ、行きましょう」


 偽りの安寧に別れを告げて、長い戦いの日々が始まった。


 -完-

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