3-1 夢と現(ゆめとうつつ)

……コトリ。

物音がしたように気がしたが、彼は動かない。

いや、動く気力すらないといったほうが、正しいのだろうか。

ひどく体が衰弱している。


疲弊し衰弱した体は、容易に夢と現実の境を濁した。ふと気が付けば、すぐそばに芙蓉がいるように感じる。

芙蓉の声が、あたたかさが、彼の心に惑わすように飛び込んでくる。

重い体を起こし目を開けば、そこには芙蓉のからかうように笑みが……。


それはなんと甘美な夢であろう。しかし、襲い来る現実はいつも彼の心を無常に打ち砕くのだ。

求め、すがりつく格子の先に、芙蓉はいない。

どれほど求めようと、芙蓉が彼のもとを訪れることはなかったのだ。


それ故、今回も幻聴だと思っていた。

「もどき……」

それはとても控えめな呼びかけだった。彼は振り向かない。

「もどきっ」

次の呼びかけは少し大きく響いた。それでも彼は、振り向かない。

「どうしたの、もどき!!死んでんの!?」

慌てたようなうろたえ声の後に、ガタガタと格子を揺らす音。

そこまでくると、いつもとは違うようだと、彼も格子窓の方へと視線を向ける。


そこに泣きそうな顔をして、格子に取りすがる芙蓉がいた。


どうせ幻を見るなら、笑顔のほうがいいのにと彼は心の中で独り言ちる。これはいつ消えてしまうのだろう。

彼が呼びかけたらだろうか。それともきしむ身体に鞭打って、この身を起き上がらせたときだろうか……。

前には考えなかった暗い想いが彼の胸中をよぎる。

いやちがう。前の彼は考えることすらしていなかった。

「芙蓉……」

しかし彼が呼びかけても、その身を起こしてもその幻は消えなかった。

「……芙蓉?」

夢ではないのだろうか。彼は立ち上がろうとして腕をつき、そのまま体を支えきれず、前のめりに倒れてしまう。

「もどきっ、大丈夫!?」

芙蓉は壊さんばかりの勢いで格子を揺らす。その芙蓉の反応に、彼はこれが夢や幻ではないことを確信した。

彼は壁まで這うと、その壁に取りすがり、寄りかかりながら立ち上がる。

すぐそば、吐く息が触れ合うほど傍に近づいても、やはり芙蓉は消えない。

「もどき、やせたね……」

ひどくつらそうな顔をして、芙蓉は格子の間から彼の髪にそっと触れる。

そうしてさえも、弱り切った弱り切った枯れは壊れてしまいそうだと芙蓉は思った。

それほどに、彼は衰弱していたのだ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】月下の妖鬼 和葉 @regalis

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ