第17話 相性

新しい座席位置になって一番の懸念は、葉月と真那の相性だった。

今まで接触することの無かった二人だが、それぞれの性格を考えると、お互い相容れそうにない。

葉月は俺の前で、真那は俺の斜め後ろ、二人が直接会話する位置関係ではないし、なんとか無難にやり過ごせるだろうとも思いつつ──


「お前、何様だよ」

席替えから三日目にして、不安は現実になってしまった。

昼休み、また一緒に弁当を食べようと誘った俺を葉月はにべもなく断った。

いや、昨日のことがあるからか、寧ろ普段よりも突き放すような言い方だったかも知れない。

食後、俺は再び葉月に話し掛けた。

俺と美澄、政太に真那の四人で楽しく会話していたら、そこに葉月が欠けていることに我慢できなくなったのだ。

触れることは叶わなくても、仲良く会話することは出来るはず。

でも、結果は惨敗だった。

それでいきなり真那がキレた。

なんて沸点が低いんだ。

教室はざわつき、美澄はオロオロしている。

「あなたに関係無いでしょう?」

まあ普通はそうなるよな。

俺と葉月の問題だし、そもそも葉月と真那は言葉すら交わしていない関係だし。

「関係あるね。和真はダチだ」

ダチって言葉、リアルで初めて聞いた。

いや、俺が冷たくあしらわれてるのを見て怒ってくれる気持ちは嬉しいし、真那のことは友達だと思っているけれど。

「真那」

「ああ?」

何で俺が凄まれるんだろう?

「真那、俺は気にしてないから抑えろ」

「うるせー、ダチのために怒ってんだから和真は黙ってろ!」

そのダチって、どこの和真さん!?

「私は彼と幼馴染なの」

葉月が立ち上がった。

「おい、葉月も対抗しようとするな」

「うるさいわね。あなたは黙ってて」

俺のために争う二人が、俺をないがしろにする……。

真那は威勢はいいが背は低いので、葉月は超絶に冷ややかな目で見下ろす。

まゆひそめ、目を細めて睨む、いわゆるヤンキー的な威嚇いかくをする真那とは対照的で、美VS汚という感じがしてしまうが、決して真那が汚いという意味では無い。

「幼馴染だったらダチのが上だろ!」

そうなのか!?

「たかが二ヵ月程度の付き合いで上とか、失笑ものね」

すぐにキレる真那も真那だが、まったく退く気の無い葉月も葉月だ。

しかも言葉のチョイスが、いちいちかんさわりそうなものだったりする。

「長さが関係あるかよ! ただの腐れ縁じゃねーか!」

ちょ、俺達の関係をそんな風に言わないでくれ。

「そりゃあ和真はヘタレかも知れねーけどさ」

あれ?

「お前の態度はヘタレに対しても失礼なんだよ!」

いや、あの、お前も大概では?

「あなたみたいな下品な女に言われる筋合いは──」

おい、それは──

「まあまあ、二人とも抑えて」

咄嗟に口を挟もうとした俺よりも先に、政太が間に入ろうとした。

あ、政太、その位置取りは駄目だ。

「近寄らないでよ!」

嫌悪を帯びた拒絶。

善意も悪意も関係なく、近寄るだけで否定する。

「あ、いや、なんかゴメン……」

「政太、謝らなくていい」

「でも、三島さんが潔癖症って知ってたのに不用意に近付いたし」

取りつくろうように笑うが、ショックを受けているのは判る。

「葉月」

「何よ」

「二人に謝れ」

「どうして私が──」

「真那がキレたのは問題だが、お前を否定するようなことは言わなかった。お前は真那を下品な女と言った」

「……」

「政太は二人のために行動したのに、お前は拒絶した。潔癖症って判ってても、拒絶されると人は傷付く」

葉月は唇を噛んだ。

口惜しさを滲ませるのは、自分の言動に対する後悔なのか、それとも、謝ることが不本意なのか。

「和真、いいよ。私がケンカを売ったんだ。ケンカだったら勢いでそういうことも言う。ま、実際、私は下品だしさ」

「下品だからって直接言っていいことにはならない」

「ちょ、否定しろよ!」

「あ、スマン」

「この野郎……」

ちびヤンが俺を睨む。

そこでチャイムが鳴った。

「はい、終わり終わり。三島ァ、私はアンタに謝ってほしくなんてねーからな。アンタがしなきゃならないのは、謝るじゃなくて改めるだ」

「……」

ヤンキーとは思えない最後のセリフを吐いて、真那は自分の席に戻る。

何だか有耶無耶うやむやなまま、次の授業が始まった。


やってしまったぁぁぁぁぁ!!!

俺は机に突っ伏し、心の中で叫ぶ。

葉月が悪い、それは判ってる。

判ってるけど、もっと俺が上手く立ち回れたはずなんだ。

なのに葉月を公開処刑のような形で責めてしまった……。

くそ、葉月の背中が遠い。

触れるどころか、話し掛けることすら難しくなってしまった。

ああ、綺麗で、華奢きゃしゃで、か弱いその──背な……か?

小刻みに、震えていた。

ほんの微かに、押し殺した嗚咽おえつが聞こえた。

っ!

俺は馬鹿か!

落ち込んでる場合なんかじゃない。

葉月のことを誰よりも知っていたいと思っているなら、判らない筈はないんだ。

本当は葉月が、一番傷付いていることくらい。

「先生、三島が体調悪いので、保健室に連れていきます!」

「!?」

「葉月、来い!」

「ちょっ、和く──」

気が付けば、俺は葉月の腕を掴んで教室から連れ出していた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

潔癖症とコミュ障と 杜社 @yasirohiroki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ