新しい生活の始まりです!③

 高校があった場所から魔力を辿るうちに、徐々に住宅街から離れていった。

 そして辿り着いた場所で美咲は立ち止まり、思わず言葉が漏れ出てしまう。


「うーん、ここだよな。……ここだよね?」


 目の前にあるのは石の階段。

 この先に神社でもありそうな雰囲気ではあるが、階段を見上げても鳥居らしきものは見当たらない。

 入口の脇辺に目をやり、ここがどういった場所であるかを記す石碑でもないかと探すが、それも存在しない。

 何かあるのか現在地からスマホで検索するも特に建物名も地名も引っかからなかった。

 つまりはこの石段の先はただの小山ということになる。

 ただ、魔力の気配は階段の上から濃密に漂っているのを美咲は感じた。


「登るか……」


 疲れた体で軽い山登りに美咲はげんなりするが、階段の前で止まっていたら地脈の中心地が下に降りて来てくれるわけではないので、身体に鞭打ち、石段を昇り始める。

 人の手が長いこと入っていないようで、生命力あふれる雑草が石の間から生えていたり、場所によっていては欠けていたりと、よく確認しながら登らないといけない。

 ぐぐぐっとお腹辺りに力をこめ、遠い遠いアトランティス大陸で契約した地脈から僅かに魔力を引っ張てくる。

 視力を上げる魔法を発動した。

 先程よりもちょっぴり視界が良好となる。

 やはり遠い地から魔力を引っ張てきても発動できる魔法はなんとなく実感できる程度のレベルまで落ちてしまう。

 これでは見習いでも簡単に扱える魔法でさえ満足に発動するのは困難だ。


「……魔法が使えればひっととびなのにな」


 ぼやきながら足だけはよいしょ、よいしょと動かし続け、ようやく頂上に辿り着く。


「はぁはぁ……」


 若干、そう若干最近、卒業試験などで机に座りっぱなしだったことも祟ってか、石段を登るという行為だけで息が弾んでしまった。

 誰か人の目ががあれば、堪えて静かに呼吸を整えるが、幸い周囲に人はいない。

 両膝に手をやり、すーはすーはーと大きく息を何度か吸い、呼吸を整える。


「ふぅ……」


 美咲は呼吸が少し落ち着いたところでようやく顔を上げた。

 鬱蒼と茂る木々の風景の中。

 圧倒的な存在感を示す、ケヤキが生えていた。

 最早魔力を辿るまでもない。

 何がこの地の地脈の中心地か明らかであった。

 美咲はゆっくりとそのケヤキに近づく。

 巨大な幹。

 根元まで近寄り、上を見上げると樹々から茂る葉が空を塗りつぶしている。

 春の風に揺られ、ざわざわと、右に左にと大きな音が鳴り聞こえた。

 そっと幹に手を触れると、魔法使いにしかわからない温かい脈動を感じた。


「うん、ここだ」


 樹齢が数百年で足りるとは思えないケヤキ。

 これだけ立派なものであれば幹に注連縄しめなわが巻かれ神垂しでが付けられ神木として崇められていてもおかしくないものだが、その様なものが付けられた形跡は見当たらない。

 それにスマホの検索で引っかからなかったのも不思議である。

 SNSが活発なこのご時世、街中から徒歩圏内の良い撮影スッポトとして取り上げられていそうなものだ。

 まぁ、私には関係ないことだけどと美咲は考えるのを止め、ここまで足を運んだ目的である地脈との契約にとりかかることにする。

 ポーチバッグから小物入れを取り出す。

 その中に入っているスティック状の、見た目にはリップクリームにしか見えないものを手に取る。

 これは師匠が卒業祝いに美咲に贈ってくれたもので、魔法陣を描く際に使用する触媒をチョーク状にしたものだ。

 中々お高い貴重品。

 リップクリームと同じ仕組みで、触媒を保護しているキャップを外し、クルクルと筒の上側を回すことで反対側から半透明の触媒が出てくる。

 幹の下にしゃがみこみ、慣れた手つきで肩を支点に綺麗な円を地面に描く。

 綺麗な円を描けることは、文字よりも円さえ描ければいいと言われるくらいに魔法使いの基礎中の基礎だ。

 美咲も何度も何度も描いてきた。

 円の中にはさらに5つの円を描き、その中に5大元素を表すシンボルを描く。

 さらに地脈と契約する意味を示すための式を幾何学模様で記していく。

 描き慣れた魔法陣だ。

 美咲の手は止まることなく、ほんの1分ほどで魔法陣は描き終わる。

 

「よしっと」


 立ち上がり、持っていた触媒を小物入れに仕舞う。

 続いて肩に掛けていたラクロスバッグから杖を取り出す。

 こちらは魔法学園に入学したときに師匠から贈られたもので、3年間共に過ごしてきた相棒。

 描いた模様をかき消さないように気を付けながら、そっと魔法陣の上に立つ。

 両手で握った杖を魔法陣の中心に立てる。

 美咲は目を瞑り、一度息をゆっくりと吐き出した。

 

「我が名は種田美咲。新たな調律者としこの地を守護するものなり。古き誓約に従い我に力を《契約パクトゥム》」


 詠唱を終えると温かな力が足元から美咲の身体に流れ込んでくるのを感じる。


「……うんっ」

 

 ドボドボと美咲という器に魔力が注がれる感触。

 溢れそうになるのを体の中で包み込み、固定するイメージ。

 すると、奥の方ですーっと大きな塊が身体に浸み込んでいき、やがて霧散した。

 目を開ける。

 先程と変わらず巨大な幹が目の前に。

 ただ足元に描いていた魔法陣は消えていた。

 地脈との契約魔法が発動した証拠。

 そしてお腹に力を込めると、地脈と契約する前とは全く異なる感覚。

 念の為に、ちゃんと地脈と契約ができたのかを確認するために魔法を発動してみる。


「《浮遊フライ》」


 その名の通り宙を浮く魔法。

 科学の発展と共に最近は重力操作系魔法ともよばれる系統のものだ。

 最初に覚えたい魔法トップ10に入るが、5大元素の2つ、「風」と「空」の複合魔法であり中々扱いの魔法だったりする。

 しかし魔法使いの卵達は皆こぞって練習し、最終的には息が吸うのと同じレベルで扱うことができるようになる魔法でもある。

 もちろん美咲もできるようになるまで何度も何度も練習した使い慣れた魔法だ。

 魔法の発動を定義する短い単語を発すると同時に身体に魔力がみなぎり、美咲の足はスッと地面から浮く。

 アトランティス大陸と同じ感覚で魔法が発動できることを確認できた。

 せっかくなので一度地面に着地し、再度ジャンプすることで、ただの人の身ではありえない高度まで一気に浮き上がる。

 一番低い位置の枝まで登ったら、さらに上の枝へ。

 それを何度か繰り返し、ケヤキのてっぺんまで登った。

 ケヤキの下では大分暗くなり、既に時間帯は夜に入ったと思っていたが、てっぺんから見渡すと地平線のあたりはまだ微かに茜色。

 薄紫色との茜色のグラデーションが空に広がっていた。

 残念ながら美咲が過ごしていたアトランティス大陸より星は見えないが、眼下に見える街並みはポツポツと電灯がつき、道には車のライトが流れている、美咲にとっては馴染みのない、胸躍る光景が広がっていた。


「まずはここで3年間」


 完全に日が暮れるまで美咲はこれから過ごす街を眺めていた。


 ◇


「うっ、寒い」


 一つの事に集中していると周りが見えなくなるのは悪い癖だと美咲は自覚している。

 太陽の温もりを一切感じられないこの時間、美咲の春着では風を遮るものが一切ないケヤキのてっぺんでは非常に寒かった。

 ここに長時間居る理由もないので、目的も達成したので家路につくことにする。


「よっと」


 美咲は身体を宙に躍らせる。

 第三者がいたら投身自殺ともとれない行為。

 だが魔法の使える美咲には高い位置からの跳躍、そして着地もお手の物だ。

 迫りくる地面、その寸前で風の魔法を併用して着地の衝撃を殺す。

 スタッと軽く乾いた音と共に着地した。

 うん、完璧な着地、100点と美咲は自己満足の採点をしようとしたタイミングであった。


「きゃっ」


 可愛らしい悲鳴が近くから聞こえた。

 具体的には美咲の背後から。

 んんっと、ゆっくり、声のした方を見てみる。

 そこには一人の少女が立っていた。

 少女も驚いた表情をしているが、これには美咲もびっくり。

 何時からそこに少女がいたのか。

 もしかして色々見られていたのかもしれない。

 全然気づいていなかった。

 知らない土地で気分が高揚していため周囲への警戒が疎かになっていたのを今更ながら反省。

 内心の動揺を殺しながら口を開く。


「こ、こんな時間にこんな場所に一人でくるなんて物好きだねー」

「……高校の前で同年代の子を見かけて、気になって」

「へ、へえ」


 つまり全部見てたってことだ!


「あはは。私、木登り得意なんだよね」


 頭をかきながら目はあさっての方向を見ながら、我ながら苦しいと思いながらも美咲は答える。


「……木登りが得意にしてはすばらしい跳躍でしたね。それに随分上から飛び降りてきたように見えましたが」


 こういった時に魔法使いはどう対処すればいいか。

 記憶を消すといった手もあるが、見習いの身で扱うのは禁止されている。

 見習いに許された手段は、目の前の少女が見てしまったことを夢か幻であったと思わせることだ。

 だから長い言葉は交わすのはよくない。


「今見たことは秘密だからね!」


 一方的に告げて、来た道へと全力疾走からのジャンプ。


「あ! ちょっと待ちなさい!」


 後ろから声が聞こえてくるが振り返らず、石段を一気に飛び降り、さらにもう一段風魔法でブーストして住宅街の中へと消える。

 少女が居た位置から石段の下を見下ろしてもすでにそこには誰も視界に映らないだろう。

 美咲は逃げるように下宿先へと帰った。

 

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魔法があふれた日常で 七草凪 @nanakusanagi

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