第4話 早瀬 真美の依頼 4

 廃ビルの中は思っていたよりも綺麗にされていた。電気ガス水道も大丈夫なようで、生活する分には不自由はないようだ。

 皆月は廃ビルの奥の部屋に俺と早瀬を案内してくれた。置かれていたソファーに座って皆月の話を聞く。


 「両親が変な宗教にハマったのがキッカケかな」


 ぽつぽつと始まった話は作り話の様だったが、それを話す皆月は嘘を言っているようには思えなかった。


 「父さんと母さんが少しずつ変になっていってさ。でもどうしたら良いか分からなかった。外では普通だったし」

 

 皆月の両親が入った宗教は月下神教と呼ばれる新興宗教で、最近になって急に出てきた宗教らしい。よくは知らないが、確かに最近宗教の勧誘をしている奴らが町に増えている気がする。多分その月下神教とかいうやつだろう。


 「ある日いきなりお前を生贄候補として巫女様に差し出すとか言われてさ、怖くなって逃げたんだ」


 皆月の両親は包丁を持って追いかけてきたらしい。生贄になるのを拒否するお前はもう要らないとまで言われたそうだ。


 「両親に捕まって殺されかけてたところをこの雅に助けてもらったんだ」

 「姫様は我が主人を前世に助けている。当然の事である」


 雅と呼ばれたカラスがそう言って皆月の肩に止まる。皆月は雅に助けられた後、雅の主人とやらに保護されたそうだ。

 

 「しかし姫様の周辺の人間は記憶操作の術によって姫様のことを忘れているはずなのだがな。真美殿の記憶も確かに操作したはずだ」


 雅が不思議そうに首をかしげている。確かに周辺の人間の記憶を操作したのなら、友人である早瀬の記憶を弄らないはずがない。もしかしたら早瀬には霊的な現象に耐性があるのかもしれないな。

 それも気になるが俺はそんな事よりも気になる事があった。何故周辺の人間の記憶を弄るなんて回りくどいマネをしたのだろう。皆月の両親の記憶を弄って宗教を辞めさせる方がずっと楽なはずなのに。


 「それが出来たら苦労せんかったわ。姫様のご両親の洗脳は魂にまで浸食が進んでいて我が主人の力をもってしても解除は出来んかった」

 「だから皆月さんの存在を周囲の記憶から消したと?」

 「幸いな事に姫様は生贄候補に過ぎなかったからな。しかも姫様のご両親の独断の様だったから、記憶の操作は容易かった」


 なるほど。皆月を攫ったのは皆月を見て記憶を取り戻さないようにする為か。

 

 「それで、お前の主人とやらは何処にいるんだ?」

 「主人は戦力が足りぬと鞍馬の里に応援を求めに行っておる」

 「おいおい、鞍馬って、お前の主人はもしかして鞍馬天狗ってか?」

 「いかにも」


 おいおいおい……鞍馬天狗とか超大物じゃないか。

 鞍馬天狗が解けない洗脳とかヤバくない? 人の出る幕もうないだろ。

 巻き込まれる前に逃げよう。

 

 「まぁ、皆月さんの安全が確保できてるならもういいだろ。早瀬さん、これで依頼完了でいいですね?」

 「あ、もちろんです。ありがとうございました」


 もう少し皆月と話してから帰ると早瀬に言われたので俺は先に帰る事にした。

 雅も配下のカラスを護衛に付けてくれると言っていたし大丈夫だと思う。



・・・


 あれから数日が経ち、口座に振り込まれたお金によって俺の生活ライフは激変した。300万という大金は食生活を豊かにするには十分な金額だ。コーヒーもワンランク上の物になっている。

 月下神教とかいう不安要素もあるが、最悪引っ越せばいい。持ち家という訳でもないし、別に近所付き合いも深くないから未練はない。

 

 「新井さん! ケーキ買ってきましたよ!」

 「早瀬さん、キミは年頃の女性なんだから、こんな所に頻繁に来るもんじゃないよ」


 俺の頭を悩ませるのは月下神教とかいう新興宗教よりもこの早瀬 真美だった。

 何故かあれから懐かれて頻繁に事務所を訪れるようになった。最初は別に暇だし良いかと放置していたのだが、偶に入る依頼にも付いてくるので少し参っている。


 ピンポーン


 「新井さん、お客さんみたいですよ!」

 「そうみたいだね」


 今では助手の様に振舞うようになってしまった。

 給料は要らないと言われているし(払えと言われても払えないが)最近は開き直って雑用を任せたりもしているが。


 「ようこそ新井探偵事務所へ。私が所長の新井 幹久です」


 まぁ、いいか。とりあえずは目先の依頼だ。

 願わくばこれが超常の依頼でありませんように。


 


 


 

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