第3話 早瀬 真美の依頼 3

 早瀬の強情さは群を抜いていて、残念な事に幾ら危ないと言っても付いてくると言って聞いてくれない。取り巻きのチンピラ達には他の場所の調査をお願いして適当に追っ払ったが早瀬には皆月の居場所が分かったとさっき言ってしまったので追い払えそうになかった。


 「早瀬さん、本当に危険なので帰ってくれませんかね?」

 「私の事は気にしなくて良いので!」

 「いや、ぶっちゃけ邪魔なので……」

 「私の事は気にしなくて良いので!」


 さっきから早瀬は同じことしか言ってくれない。しかも皆月がいるであろう場所をさっき俺が話したので追い出したら追い出したらで1人で向かいそうで怖い。

 俺は倉庫にあった防護の護符を取り出すと早瀬に渡した。あった方がマシだと言うレベルだが、ないよりは良いだろう。


 「わかりました。勝手な行動はしないでくださいね?」

 「わかりました!」


 早瀬はとてもいい笑顔で頷いた。


・・・


 廃ビルに着くとそこには夥しい数のカラスが犇めいていた。

 ホラー映画でも見ないその光景は何処か近寄りがたい雰囲気がある。

 チンピラ達もここの異常さは感じ取っていたようで、中には入れなかったと言っていた。ホラー映画のロケ地みたいとか言ってた。


 「凄い数のカラスですね。行政は何をやっているんでしょう?」

 「確かに普通なら駆除依頼とか出されそうだわな」


 目に入る範囲だけでも100羽はいるだろうカラス達は侵入者である俺達を睨み付けている。多分だがあれ全部が天狗の眷属なのだろう。

 正直ここまでの眷属を従えてるとは思わなかった。これは死んでしまうかもしれん。でも、進まなければ皆月を助ける事はできない。

 廃ビルの中に入ろうと歩き出すと一羽のカラスが俺達の前に降りてきた。


 「来るなと忠告をしたはずですがね? 人間は知能が低くて困る」

 「うわぁ、カラスって流暢に喋るんですね」


 普通に喋って来たカラスに対し、それを普通に関心する女子高生は中々にシュールな光景だ。カラスの方も思っていた反応と違って戸惑っているようにも見える。


 「危機感というものがこの人間には無いと見える」

 「新井さん、このカラス、鳥なのに難しい言葉喋ってますよ!」


 早瀬の空気を読めない言葉にカラスは呆然としながらもバカにされたと感じたらしく体を震わせて怒っている。

 ここまで流暢に喋るとなると長く生きているだろうし、プライドも高いだろう。敵対せずにすめばそれに越したことは無かったが無理そうだと俺は溜息を吐いた。


 「舐めるなよ、ニンゲン」


 喋るカラスの雰囲気が変わった。周囲のカラスが一斉にカァカァと鳴きだし周囲を旋回しはじめる。これは不味いかもしれない。只の眷属だと思っていたが、このカラスも下手したら天狗に近い格を持っている。

 俺達を囲むように旋回していたカラス達は徐々に喋るカラスの方に向かっていった。最終的には100羽はいたであろうカラス達は喋るカラスの周りを凄い勢いで旋回している。まるで黒い台風だ。


 カァー! カァーッ!


 余りの異常な光景に足がすくんで動くことが出来ない。


 「うぁ……」


 早瀬が腰を抜かして地面にへたり込んだのを合図に黒い台風と化していたカラス達は消えて、喋るカラスがいた所には見上げるほど巨大になったカラスが1羽佇んでいた。


 あの量のカラス達を操って自分の体にした?

 やばい、これダメなやつだ。


 「死ぬ覚悟は出来たか、ニンゲン?」


 倒すのは無理っぽい。1人で逃げるのは出来る。早瀬を守りながら逃げるのは無理だな。見捨てたいけど前金貰ってるしなぁ。


 「見逃してくれない?」

 「無理だな。お前達は姫様を探しているのだろう? ここまで来るものを逃がすわけにはいかん」


 逃がしてくれそうもないが俺だってタダで死ぬ訳にはいかない。

 頑張れば何とかなるかもしれんしな。


 カラスと俺の間を緊張と静けさが支配する。

 何時の間にか復活していた早瀬の応援だけがやけに大きく聞こえていた。


 「いくぞ!」


 先手必勝とばかりに俺は走り出した。懐から霊府を取り出す。この霊府は当てるだけで霊的存在を金縛りになると言うありがたいお札だ。これであのカラスを拘束して逃げよう。


 カラスの右ストレートをギリギリで躱した俺はそのまま懐に潜り込んで霊府を体に張り付けた。瞬間霊府は輝きだし何重にも展開した光の鎖がカラスを拘束する。

 これで数分は時間を稼げるはずだ。


 逃げようと走り出そうとした瞬間、女性の声が聞こえてきた。


 「あれ、真美じゃない。何してんの?」


 声の先に青髪ショートの活発そうな女性が野菜を持って立っている。


 「美紀ちゃん?」


 早瀬は涙を流しながら女性の方に走り出した。どうやらあの子が皆月 美紀のようだ。

 さっきまでの緊張感は消え、何か感動ムードになっている。皆月と早瀬が抱き合い再開を喜び合っているのは映画のワンシーンのようだ。

 しかし忘れてはいけない。巨大カラスは健在だという事を。


 「はやく逃げるぞ!」


 俺は溜まらず声を上げた。しかし皆月は心底不思議そうに首をかしげる。


 「何で? そもそもオッサン誰よ?」

 「俺はあんたを探す様に早瀬さんに頼まれた探偵だ。そこのカラスがあと数分で復活して俺らを殺そうとするから逃げたいんだよ!」


 皆月は俺と巨大カラスを交互に見て笑った。その心配はないと言わんばかりに。


 「雅さん、この人達は多分大丈夫だよ。真美もこの人もお父さん達みたいな嫌な感じはしないもの」

 「姫様がそう言うのならそうなのだろうな。ニンゲン、この拘束を解け」


 カラスは皆月の言葉に頷いて動かなくなった。不安だったが俺も霊府をカラスから外して拘束を解く。


 「美紀、これはどういう事なの?」


 早瀬が皆月に詰め寄った。確かに気になる。


 「話すと長いんだけどね。立ち話も何だし取り合えず上に行こう」


 皆月はそう言うと奥の廃ビルに向かって歩き出した。

 


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