第2話 『路地裏』


 高層ビルが建ち並ぶ街、曇り空の合間から陽光が差し、散光させている。


 その街の一角。

 年老い、寿命幾許いくばくも無い男性が、雑多ざったで溢れ返る路地に居た。


 その彼の傍らに、1人の少年が居た。

 少年は無表情で、ただ真っ直ぐと男性の様子を見続けている。


 彼は相も変わらず、見詰め続ける少年に対し、

 少し笑みを浮かべ、ポツリと呟いた。


「ふっ…色々とあったが良い人生だったよ」


 そう彼は喋り終わるや否や、酷く咳き込み、苦しげな表情を浮かべた。


 その言葉に対し、少年は一切表情を変えずに、言葉を紡いだ。


「この様な場所で死ぬのに?」


「あぁ…傍から見れば、良い『最期』とは到底言えんが、俺からしたら充分だ」


 そう言って、彼は満足気な表情を浮かべた。


 予想だにしない男性の言葉に、先程まで無表情だった少年は、目を丸め、驚いた表情を浮かべた。

 そんな少年に対し、男性は言葉を紡いだ。


「俺にしたら何処で最期を迎えようが、充実したと…満足したと胸を張ってお前に言える人生を送った…それ以外に何がある?節目事に、現れては見守って来たお前が、一番良く知っているではないか…?」


 男性はそう言葉を言い残し、笑みを浮かべると静かに瞳を閉じた。


 その言葉に、少年は俯き無意識に拳を作り、力一杯に握り締めている。


 先程の冷たい無表情から変わり、少年の瞳から一粒の泪が零れ、黒いアスファルト濡らしてゆく。


「俺の助言を散々無視して苦労に満ちた人生が、充実した人生だ?お人好し過ぎるお前は、人に騙され続け、恋人や友人に裏切られ、挙句の果てには社会からも、見放されたでは無いか!」


 少年の言葉に対し、男性は暖かな笑みを浮かべたままだ。


「なんとか答えろよ…!結局看取ってくれる人も無く、これでは野垂れ死にでは無いか…」


 喚き散らす様に言葉を言い放つと、少年は虚空を見上げた。

 曇天からは、少年の悲しさを洗い流す様に、ポツリポツリと雨が降り始めた。


 一頻り泣き終えた彼は、自分の付けていたネックレスを、既に息をしない男性の手に、そっと握らせた。


「あんたは俺に対して、『見守ってくれた』と言ったが…俺は何一つ見守ってなんかいない…俺は…』


 ――死神なんだから…――


 そう呟き、少年は男性の傍らに寄り添った。

 今まである程度距離を置き、眺めていただけだった少年の、最初で最後の触れ合いだ。


(あぁ…野垂れ死に…では無いか…こうして最期は俺が看取ってやったんだ…)


 未だ微かに温かみの残る男性の手を握り、少年は男性との思い出に浸った。

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思い付き短編集 もかめ @mokame

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