ヤテン成長記 2
「なーヤテン、すまん。そこに転がってる石ちょっとこっち持ってきてくれないかー?」
魔女に拾われて1年が経とうとしている今日。いつものように体を動かしたあと読書に耽っていた頃。工房に居たはずの魔女が、外の窓から声をかけて来た。
「あ、うん」
そこに転がっている石、とは。部屋の隅にごろごろと転がっている少しとげとげしている黒い塊。まあそのまま石なわけだが。どうやらこれは、魔女が武器を作るのに必要なものなのだそうだ。家に転がさず工房に持っていったらと言うと「そのうち」と言う返事が返ってきた。めんどくさいのだろう。そんなだから必要な時に足りなくなったりするのだ。
やれやれ、とヤテンは椅子から台を使って降り、石を拾う。1個持ってみたらかなりの重量を手に感じた。
「ぐぬぬ」
とんでもなく重い。
だが負けるわけにはいかない。その重い石を2つ3つと両手に抱え、一旦家の外に出る。
負けない。将来立派な男になる為にも、トレーニングだ、トレーニング。
「ぐっ……」
重たい石を抱えて慎重に慎重に歩き、やっとこさ隣に立つ工房にたどり着く。
「おーゴメンな、お疲れさん」
出迎えた魔女はヤテンの持つ石を軽々とひょいひょいと片手で受け取り、どさりと台の上に置いた。
「……」
ヤテンは悔しさを覚える。あんなに、あんなに重かった石を、軽々と。あの魔女は軽々と。
だがここではた、と気づいた。
……あれ?
そう言えば、なんやかんやで工房に入るのは初めてではないのか。
「ん? ああそういや、お前ここ来るの初めてだったか」
「うん……!」
ヤテンの瞳にきらりと光が差し込んだ。
魔女はここで武器を作っている。物語なんかに出てくる武器を、ここで。
「ちょっとなら見てっていいぞ。あ、あそこ火ィ着いてるから気をつけろよ」
「いいのか!」
ヤテンの瞳の輝きがより一層増す。魔女は「おう」と応え、ヤテンは弾かれたかのように首をぐるんと動かした。
壁にかけられている剣の数々。青白い刀身の両刃剣は全てむき身で、鞘はもちろん柄も着いていない。
「柄とか作らないのか?」
「作らねえなあ。これら、失敗作だから」
「失敗作?」
「そ。だから売ってるんだ。使う分には普通に使えるから」
「ふーん……?」
こんなに綺麗に出来ているのに、失敗作なのか。職人の道は奥が深い。
ヤテンはあまり深く考えず、首を動かしながら足を進める。もちろんちゃんと足元には注意しつつ。長さも大きさも、様々な剣が壁にかけられている。全て刀身は青白く、そして不思議な輝きを放っていた。こんなに、綺麗なのに。
そうして歩き進み 、ヤテンはたどり着く。
「あれは……?」
一つだけ、鞘も柄も全て作られている剣があった。剣は鞘には入れられて無かったが、壁にかけられているその剣の下に、鞘らしきものがあるからあれはその剣の鞘だろう。
今まで物語ですら見たことの無い、不思議な剣だ。片刃で、少し反っている。刀身はやはり青白いが、不思議な波模様を写し出しておりまるで今にもうねうねと動き出しそうだ。
「…………」
不思議と、手を伸ばして触れたくなる。まだヤテンの身長では届かないが、届かないとわかっていても手を伸ばして、伸ばして、触れたい、触れなければ──
「触るな」
ヤテンははっと目を覚ましたかのような感覚になりびくりと震えた。今まで聞いたことの無いような魔女の、静かな声。
「それには触れるな」
「……なんで」
「なんでもだ。それだけは、絶対に駄目だ」
「…………」
魔女の目は鋭い。威圧され、本能的にも逆らえないと悟る。
ヤテンは伸ばした手を降ろした。
「あれは、他のと形が違うけど」
「あれは……あれは刀って言うんだ」
「かたな?」
「そう。もっと遠い別の──国に伝わる武器だ」
「そう、なんだ」
「刀の作り方が知りたかったら、お前が成長した時にでもちゃんと教える。だからあれには触れないでいてくれ」
くしゃり、と魔女はヤテンの頭を撫でる。その声はどこか、申し訳なさそうに聞こえた。
「わかっ、た……」
わかった、とは言ったが。
刀と呼ばれたそれをヤテンはちらりと見る。やはり、それに触れたくて触れたくてたまらない気持ちが湧いてくるのを感じた。
あれに触れてしまったら、どうなるのだろう。気になって仕方がない。果たして自分は、この先ずっと、あれに触れずにいられるだろうか?
そのまま魔女にそろそろ作業再開するから帰れと家に追い返され 、ヤテンの初めての工房探索は、もやもやとしたまま幕を閉じたのだった。
◆◇◆
そして月日を重ね、魔女に拾われて早いものでもう3年が経とうとしている。
「あ、そろそろアレが来るんじゃねえか?」
椅子の乗り降りはまだ台がないと厳しいが、約3年前と比べてヤテンはだいぶ変われた。骨と皮だったあの姿はもう見る影もなく。適度な食事、適度な運動ですっかりとその年齢に相応しい肉付き、身長にまで成長した。
最近は意外と、と言うかなんとなくわかっていたが、案外ズボラな魔女に変わって家の掃除なんかも担当している。家の隅に積まれていた本たちはきちんと仕舞われ、ソファに山積みにされていた布──もとい服やなんかも整理整頓され、今はソファはソファ本来の役割をちゃんと果たせるようになった。
いつかは掃除だけでなく、料理もやってみたい。本で読んだあれやこれを、作ってみたい。
そう思いながら日々を過ごしていた、ある日のこと。
「ああ、商人?」
窓の外を見て思い出したかのように魔女が言って、ヤテンは一瞬何を言ってるのかと思ったがすぐに理解して返事を返す。
「うん。なんか欲しいものとかあればメモしておけよ」
「わかった」
商人とは。正確には商人ではないらしいのだが、魔女がそう呼ぶからヤテンもそう呼んでいた。
この国の偉い人の使いが魔女が作った武器を高値で買い取り、欲しいものなどを言うとすぐさま用意して持ってきてくれる魔女にとってとても便利な人の事。定期的に来る。
なんでも、魔女が作った武器は不思議な力が宿っているのだとか。それが失敗作なのかとも思うが、そんなものを気軽に売っていいのかとヤテンは思い魔女に聞いてみたところ「知ったこっちゃねえ」と言う返事が返ってきた。
ちなみに売る武器がない場合はお金を払って必要な物を持ってこさせるらしい。
ヤテンは魔女が言った通りメモをとる為、紙とペンを取り出す。
紙の前でうーんと悩んでみるが特に欲しいものが見当たらない。本……はまだ読み切ってないのが沢山あるし、服や靴も新しいのを揃えたばかりだ。自分は今成長期だから直ぐにまた必要になるかもしれないが今ではない。
「今は無い……な」
「あ、そう? まあまだ多分時間あるし、見つかったら忘れずに書いとけよ」
「うん」
そんなこんなで特に欲しいものも見つからず、数日が経ち。
「これはこれは、お久しぶりでございます」
がらがらと音を立て豪華な作りの馬車に乗ってやって来たのは、モノクルを右目にかけ燕尾服に身を包み、いかにも物語に出てきそうな執事の格好をした老人の男だった。
「……?」
あれ、とヤテンは思う。いつも来ていたのはもっと若い男だった。筋肉質で声の大きい人。この人は初めて見る。
「あーグレンかー。久しぶり、結構老けたな」
グレン、と魔女はそう呼んだ。久しぶりという事は、旧知の仲と言うやつだろうか。
「貴方様は変わらずお美しいままだ。今日はカールに変わりまして久方ぶりにこちらへ参上致しました」
「そうかそうか。今日は売る武器あるぞ、大枚はたいて買ってけ」
「ほっほっほ。……おや、こちらの少年は?」
そのグレンとやらとヤテンは、ここで初めて目が合った。ヤテンは目が合ったことに少し驚き目を逸らしてしまったが、グレンはそれを見てにっこりと微笑む。
「拾った」
「それはそれは。貴方様が人の子を拾う事などあったのですなあ」
「嫌味な言い方するな、相変わらず。歳食って磨きかかってんぞ」
「なんのことやら」
「ヤテンってんだ。ほらヤテン、こいつはグレンだ。これでも若い時は泣きながらここに」
──ウォッホン!
グレンの大きな咳払いが響いた。魔女はにやにやとしながらグレンを見て、ヤテンは咳払いの音の大きさに今度こそ盛大に驚く。
「驚かせたようで申し訳ございません。ヤテン君……でしたかな? オルブライト家の執事をしております、グレンと申します。以後お見知りおきを」
「ヤテンです。よろしくお願いします」
ヤテンは驚いた余韻で早まる心臓を気持ちで抑えながら、自己紹介をする。なんとか声が震えずに出来た、良かった。
握手を求められ、握手を交わす。グレンは満足そうににっこりと微笑んでくれた。
優しそうな人だ。こんな笑顔を、今まで向けられたことなどあっただろうか──。
──それから。武器や物品の売買はつつがなく終わり、グレンは馬車をがらがらと鳴らし帰っていく。
「さーて、飯食うかぁ」
空はもう日が沈もうとしている時間だ。
「うん」
グレンを見送り、魔女はうーんと腕を伸ばしながら家へ帰っていく。ヤテンもそれに続いた。
「……」
「貴方様は変わらず美しいままだ」「貴方様が人の子を拾う事など」「これでも若い時は」──今日二人の間で交わされた会話が、ヤテンの頭の中をぐるぐると駆け回る。
いいや、最初から気づいていた。だって、彼女は最初にも「この世界では」と言っていた。自分の名前だって『よるのそら』なんて意味じゃない。そんな字を探してもどこにも無かった。気づいていた。
魔女ではないと、本人が言っていた。
では、この人は一体、何者なのだろうか。
魔女に拾われた少年 牧島 由 @yu_makishima
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