最終話 アングレカムのせい
~ 十一月二十二日(金) 杏仁豆腐 ~
アングレカムの花言葉
永遠にあなたと一緒
怖い。
でも、そんなこと言えない。
余計なことを言ったら。
事故に直結しそうなので。
「ふう……。着きましたよ」
「お、お疲れ様なのです」
「帰りもあるなんて、ちょっと今は考えたくありません……」
「じゃあ、二人とも降りてて。駐車場の枠線通りに停めるの、三十分くらいかかると思うから」
学校帰りに
免許取り立てという会長の車で白い丘の村へ。
父ちゃんの運転なら四十五分。
新堂さんの運転で一時間。
それが、会長の運転だと一時間半もかかるとか。
「いろいろ怖かったのです。車って、左側二本のタイヤで傾いたまま意外と長距離走れるのですね」
「良く知らないのですけど、ガソリンスタンドにキャップを置いたまま走り出すって相当怖いことですよね?」
制限速度をきっちり守ろうとしてスピードメーターをにらみつけて。
これじゃ前が見えないから代わりに見てと言ったこの方は雛罌粟
いくら初心者だからと言って。
ここまで酷いとは思いませんでした。
そして後部座席から真っ青な顔で降りて来た
丘の上で優しく手を振る。
千草さんの元へ向かいました。
「あら、お姉さまは? 車から降りてこられないようですが、故障かしら?」
そして千草さんは心配顔で。
葉月ちゃんへ訊ねるのですが。
「何と言いましょうか。初心者ドライバーなのに、典型的なA型でして……」
丘の上から見つめる赤い軽自動車は。
何度停め直しても納得がいかないらしく。
枠線から出たり入ったり。
……あの神経質な性格で。
よく免許が取れましたね?
「まあまあ。……ここは、練習にうってつけかもしれませんので、思う存分やってもらいましょう」
「それでいいのですか?」
「この村は、そういう場所ですよ」
優しく微笑んだ千草さんは。
ご自宅の玄関から壁伝いに歩いて。
本日は、工房側に作った木戸から俺たちを迎えてくださると。
戸口を入ったすぐ先の棚から。
この村は、そういう場所という証拠の品を。
俺の手に乗せてくれたのですが……。
これ、なんです?
白い四角い、小指の先ほどの箱。
サイコロよりも一回り小さなサイズ。
「それが、この村での過ごし方ですよ」
「と、申されましても」
きょとんとしたままの俺の手を。
葉月ちゃんがのぞき込んで。
そして、きゃっと声を上げました。
「……タンス?」
「なに言ってるの?」
葉月ちゃんが。
頬がくっつくほど顔を寄せて。
おかしなことを言い出したので。
俺は手に乗った箱を。
目の前まで近づけると。
「ほんとだ。タンスなのです」
「これ、引き出しが出そうですけど……」
「ええ。戸棚も蝶番で開きますよ」
「ウソでしょ!? こまかっ!」
目を凝らすと。
引き出しの取っ手とか。
蝶番の細工まで。
よく作り込まれているのです。
「これ、ご趣味なのですか?」
「何となく。思い付きで作ってみただけよ?」
千草さんがそう言いながら。
似たようなサイズの自転車や。
水車小屋などを並べると。
葉月ちゃんは。
感嘆のため息と共につぶやくのです。
「私、感動しました。この村にいると、人生を過ごしている実感が湧きますね」
「あら素敵な表現。一番嬉しい褒め言葉だわ」
「俺もこういうの、やってみたいのです」
「うふふ。もう転職?」
そんな冗談を言いながら。
工房へと俺たちを案内して下さる千草さんでしたが。
「いえいえ。趣味としてに決まってます」
「趣味が高じて仕事になることだってあるのよ?」
そう言って指し示すのは。
ぽつぽつと突起が浮いた。
薄い金属の板。
「……これは?」
「新曲よ」
え?
曲?
葉月ちゃんと俺が。
顔を見合わせて首をひねる姿を。
くすくすと眺めていた千草さん。
指でつまんで回すハンドルのついた機械に板をはめて。
その上に、金属の櫛のような物をセットして。
そしてハンドルをゆっくりまわして。
金属板の突起が櫛の歯を次々はじくと。
えも言われぬ、甘いメロディーが広い工房を満たしたのです。
「「オルゴール!?」」
なんと。
おばあさまが作っていたのはオルゴールの箱ではなく。
曲を奏でる機械の方だったとは。
「まさか、こちらを作っていらっしゃったとは……」
「思いもしなかったでしょ?」
そして目を丸くさせた俺たちを見て。
イタズラが成功した子供のように。
楽しそうに笑う千草さんなのでした。
「私、箱の方を作っているものだとばかり思っていました」
「そちらも作るわよ? でも箱の方は半分お仕事。私はこれを作っている間が一番幸せなの」
なるほど。
趣味がお仕事になるということは。
そういう意味だったのですね。
感心する俺たちに。
千草さんは、完成品の装置を手渡してくれました。
……よく見かける品よりも大きな機械。
随分と横長のドラムに無数の突起。
他にあまり見かけない、二種類の歯が並びます。
どうやらそれぞれの歯が。
同じ音程で異なる音色を奏でるのでしょう。
すっかり子供の笑顔になって。
早く早くとねだる葉月ちゃん。
俺は苦笑いを浮かべながらねじを巻いて。
そして手近なテーブルの上に装置を置くと。
聞こえてきたのは。
優しい優しい。
まるで、誰かを抱きしめたい気持ちを音符に変えたようなメロディー。
懐かしくて。
でも、つい最近耳にしたことのある。
この曲は………………。
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!」
急に大声をあげた俺に驚いて。
体を強張らせた千草さん。
俺はその肩を掴んで。
夢中になって問いかけました。
「ここっ、この曲! 俺が探していた曲なのです! 何という曲なのでしょう?」
「これは『永遠にあなたと』という曲よ?」
「クラッシックなのですか!? それとも歌謡曲?」
「どちらでもないわ。オルゴール用に、私が作ったの」
なんと!
そんな偶然あります!?
「そうだったのですか……」
「あらあら、不思議なご縁ね。私、この曲のオルゴールは今まで二十個も作っていないというのに。どこで聴いたのかしら」
「さすがにそこまでは覚えていないのです」
奇跡的な出会い。
まさかこんなところで。
思い出のメロディーと出会うことが出来たなんて。
白い丘の村。
この土地との出会いは。
俺の運命そのものとの出会いなのかもしれませんね。
「……これ、一つ作っていただきたいのですが」
「あら、それはダメよ?」
「え?」
「丁度決めた所だから」
千草さんは、装置にストッパーをかけて。
大事そうに棚へ戻しながら言いました。
「この曲は、ここで結婚式を挙げた人だけに差し上げることに決めたの」
そして優しい笑顔で振り返ると。
ご自身の楽しい気分とは裏腹に。
俺を渋い顔にさせたのです。
「秋山さんも、藍川さんとここで式を挙げれば良いのですよ。今から作っておくわよ?」
~🌹~🌹~🌹~
夜のペンション。
小さな月を見上げる白いテラス。
暖かなウーロン茶から立ち上る湯気が。
お風呂上がりの頬をなでて。
さらに上気させるのです。
「先輩の思い出の曲。素敵なメロディーでしたね」
「はい。俺も心からそう思います」
学校帰り、夕方にこちらへ到着した俺たちは。
最初からの予定通り。
こちらのペンションに宿泊することにしたのですが。
夕食も、実に素朴で美味しくて。
お風呂も清潔で気持ちよくて。
心の紐をすっかり緩めて。
幸せな時間を過ごす事が出来ました。
そして、白い丘の村に相応しく。
この白いスイーツも実に甘美。
「葉月ちゃんの杏仁豆腐、美味しいのです」
「ほんとですか? 頑張って作ってきたかいがありました」
「お風呂上りにスイーツなんて……、太ってしまいますわよ?」
「あら? では、お姉さまの分は秋山先輩がどうぞ」
「んなっ!?」
仲良し姉妹のケンカは微笑ましくて。
つい笑顔になりましたが。
そんな俺を見て。
会長は頬を膨らませるのです。
「どちらも意地悪を言ってはダメなのです。美味しく楽しくいただきましょう」
「はあ……。ここは秋山道久の言うことに従いましょう」
「ごめんなさい、お姉さま。さあ、どうぞ」
優しい気持ちと仲直り。
そんなトッピングが加えられては。
「あら、美味しいわね。風味が豊かで素晴らしい」
「嬉しいです」
美味しくなるのは当たり前。
「これ、葉月ちゃんの手料理なのですよね?」
「お料理と言う程のものではないですが……」
俺が絶賛するに従って。
葉月ちゃんの頬は緩んでいって。
会長の頬は膨れていきます。
……そんなやきもちを焼かないで下さいな。
「確かにお料理と言う程のものではありませんし、これ以外作れませんものね」
「ポ、ポテトを揚げることくらいできます!」
「葉月ちゃん、一年かけてもそれしかできないのですよね……。せめてバーガーくらい作れるようになってください」
「うう……、が、頑張ります……」
いけないいけない。
つい、いじめてしまいました。
俺は改めて杏仁豆腐を褒めてから。
小さな月を見上げます。
すると耳に蘇る。
優しくて、真っ白な恋の曲。
この村そのものといった素敵なメロディーは。
結婚式を挙げて、オルゴールを手にした二人に。
永遠の幸せを約束してくれることでしょう。
「秋山道久。進路は決まりましたか?」
一時の静寂の中から聞こえて来た。
渓流を思わせる強くて爽やかな声。
会長は、すこし心配そうに。
眉尻を下げていました。
「学校ですか? たしかに急がないといけませんね」
「何をのんきな……。葉月も笑っていないで。そろそろ決めないと」
「私は決まっていますよ?」
なんと。
そうだったのですか。
俺は会長と顔を見合わせた後。
葉月ちゃんの顔を見つめると。
「私、このペンションの主人になります」
彼女の口から。
意外な言葉が飛び出してきたのです。
「え? ここの?」
「はい。村はずれの別荘だけでなく、このペンションも我が家のものなので」
「なんと。そうだったのですか」
「……ここ、私の理想なんです。静かで、優しくて、幸せで。いつもがらがらなペンションも、教会が結婚式場になるのでしたらお客様も増えるでしょうし」
そう言いながら。
会長を見つめる葉月ちゃんに。
姉としての慈愛より。
姉としての心配を取って。
現実的な言葉をかける会長さん。
「とは言いましても、従業員を雇う程収入があるはずもありません。頑張ってお料理を覚えないといけませんよ?」
「ほんとですね。……じゃあ、進路は藍川先輩と同じになるかもしれませんね」
そして現実と理想とを語り合い。
夢を夜空へ描き続ける二人の会話。
いつまでも続くものと思っていた長話は。
こんな形で終了することになりました。
「ですから、経営というものはそんなに簡単なものではなく……」
「そんなに心配でしたら、お姉さまが結婚式場の支配人にでもなってサポートしてくださいな」
「いえ。私は他にもやりたい事が沢山ありますし」
「そうすれば、秋山先輩と一緒にお仕事できますよ?」
「んなっ!?」
あらいけないなどと。
手で口を押えた葉月ちゃん。
それに対して会長は。
プルプルと震えていたかと思うと。
俺に一瞥をくれて、部屋へ行ってしまったのです。
「……えっと。俺のことも心配だという事でしょうか?」
「あはは……。そう、とも言えますね。では私も部屋へ行きますね?」
「はい。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
素敵な夢を知って。
なんだか急に大人びた背中を見送った後。
俺は小さな月を見上げながら。
先ほどの曲を口ずさみます。
思い出のメロディー。
ようやく見つけましたけど。
代わりに。
小さな謎が生まれましたね。
千草さんが作った曲。
それを、どこで聴いたのでしょう?
考えても考えても。
まったく思い出せません。
でも、こんな静かな白い夜。
悩むなんてもったいない。
せめて気楽に。
考える必要のないやり取りをしたいな。
そう考えた俺の気持ち。
やはり、それを察してくれたのは。
「おっと。電話ですか」
一番気楽に。
何も考えずに話せる相手。
なんだかうれしくて。
笑顔で通話ボタンを押した直後。
……まさかあっという間に。
不機嫌にさせられることになろうとは。
『ずっと探してたもの、見つけたの!』
「開口一番なにごとなのです」
『あたし、指輪持ってたの!』
「はあ。買っておいて忘れてたのですか?」
指輪をしているの、見たこと無いのですが。
デザインリングなんか持っていたのですね。
そう思っていたら。
『そうじゃなくて、持ってたの。どこにやったの?』
「意味が分かりません。見つけたのですよね?」
『だから違くって。ずっと探してたもの、見つけたの』
これでも俺は。
穂咲語検定一級の資格保持者。
この文法の和訳は……。
「なにを探していたのかまるで忘れていたのに、探したいものが指輪だったということを思い出したってことですか?」
『そう! それ!』
「なんなの君は。若年痴呆なの?」
『道久君。どこにやったの?』
「なんなの君は。若年阿呆なの?」
頭痛い。
『いいから、白状するの』
「俺が隠したわけではありません」
『じゃあ、とっとと探すの』
「俺が探知器なわけではありません」
『とんちき?』
「それは君」
ああもう。
ほんとにもう。
気楽に。
何も考えずに話せる相手。
そう思っていたのは間違いで。
気楽に。
何も考えずに話す相手。
こいつはそういうやつだったということに。
今更気付かされた夜になりました。
――好きなのか。
嫌いなのか。
考えることができる期間も。
あとわずか。
探し物一つ。
見つけ出したと思ったら。
探すべき品を思い出し。
また、探し物一つ。
好きな君といると。
嫌いな君といると。
俺は一生。
何かを探し続けることになるのでしょうかね。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 26冊目💒
おしまい♪
思い出を探す旅は。
いよいよ大詰め。
辞書の謎。
見つからないオルゴール。
そして指輪。
おじさんの笑顔と共に。
どこかに眠っている思い出を。
穂咲は、道久は。
見つけ出すことが出来るのでしょうか?
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 27冊目💍
2019年11月25日(月)より開始!
どうぞ皆様。
楽しみにお待ちく
『ぼけぼけしてないで! その辺探すの!』
「あるわけないでしょうに」
『じゃあ、とっとと隣まで来るの!』
「隣?」
今日は隣にいませんて。
ここの隣と言えば……。
『ハリーアップ!』
「…………教会で見つけた指輪を持って行ったら。ただの泥棒なのです」
皆様!
どうぞ「作詞家気分」になってお待ちくださいませ!
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 26冊目💒 如月 仁成 @hitomi_aki
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