第2話

「転校生が来るんだって」

 登校一番、クラスメイトの南原航平が楽しそうに言い放ったその言葉に、俺はへぇと生返事を返しながら航平の前を通り抜け、クラスの中心辺りにある自分の机の上に重い通学カバンを投げ置いた。

「興味なさそうだなぁ、女の子らしいぜ?」

 航平が、俺に詰め寄るようにそう言ってニマニマと笑った。俺は自然と眉根が寄るのを感じながら、航平に向かってハァと小さくため息をついた。

「どっちだっていいよ。俺は実際に興味がないし…」

 言って机につく。

 航平が苦笑した。

「まぁ、それならそれで良いけどさ。りょうは結構顔が良いのに、彼女とか作らないから周りに変な目で見られたりしてるんだぜ?」

 了、は俺の名前だ。

 俺の名前は、藍浦了あいうらりょう

 高校二年生だ。

 小学五年生の時に初恋の相手を目の前で交通事故で失ってから、俺は、冷めた人間になった。比喩表現などではなく、世界から存在意義を失ってしまった。何を見ても、何を聞いても、なにか壁一枚隔てたような感覚を覚える。楽しくない、嬉しくない。ただただ虚しいだけの日々を過ごしていた。

「こら~、お前ら予鈴はとっくに鳴ってるだろ。席につけ!」

 ガラリと言う音と共に、少しだるそうに背中を丸めた細身の中年男性が教室に入ってきた。オレたちのクラスの担任で、藤原裕二先生だ。新婚ホヤホヤなのにどこか気だるそうな雰囲気のこの先生は、けれど、生徒に対しては真摯に向き合う内なる熱血タイプの先生で、俺は彼の事を好意的に見ている。

「お前ら、転校生だぞ。ほら転校生、自己紹介しろよ」

 先生の言葉に促されるように、教室の入口でそっと黙って様子をうかがうように立っていた女の子があたふたと黒板の前に駆け寄った。黒板に、たどたどしい手付きでカツカツと文字を書き込んでいく。


 淡路亜香里


 黒板にそう書き終わると、女の子はどこか慌てふためくような様子でお辞儀をして、裏返った声で「あわじあかりです、よろしくおねがいします!!」と大声を上げた。


 あわじ…。

 その苗字に、俺は聞き覚えがった。

 そこまでよくある苗字じゃない。


 ハッとするように、俺はその子の顔をじっと見つめた。突然俺に見つめられた女の子は、困り果てたようにワタワタと体を揺らしている。

「あの、あんた、苗字が淡路って…」

 ガタッと机から立ち上がって問いかけた俺に、淡路亜香里はぎょっとしたように一歩後ずさった。それから、思い直したように一息つき、困り笑顔で俺の顔を見た。

「そうですけど、どこかで、会った事…ありますっけ…?」

 まるで俺を刺激しないよう気を使っているかのように、彼女は探り探りそう言った。俺はバツの悪さを感じながら、ゆっくりと椅子に座り直す。

「いや。俺の死んだ幼馴染と同じ名字だったから…」

 余りいいたくなかったが、つい、口から出てしまった感じだった。途端、淡路亜香里が驚いたように俺の顔を見る。

「…その幼馴染って。淡路帆乃香ですか…?」

 さっきまでの慌てぶりが嘘のような、落ち着いてゆっくりとした声音だった。その様子に俺はぎょっとしながら、もう一度、じっと彼女の顔を見つめた。

 

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初恋が亡霊。 ネコマチカナリ @nekomatikanari

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