第86話 エンゲージ

 シェリオの操るゲートシップは、トラクタービームの牽引とサブエンジンとを使って、ハンガーのランウェイを行きとは逆方向にタキシングしてゆく。

 その船の背中にストリーカーを展開した真人がちょこんと出現した。

 後部の席からモニターを覗いていた瀬良が声をかける。


「船の背中に真人を確認したよ。

 でも気密服やマスクは要らないのかい?

 いつもの格好だけど、外には空気がないんじゃなかったかな」


「真人なら大丈夫!

 それより、そろそろメインのリパルサーエンジンを使う。

 外へ出たら、一気に距離を取る!」


 ゲートシップは既にかなりの速度で移動していた。

 コクピットのスクリーンに映るドック内の景色も、後ろへ流れるように滑り出している。

 やがてゲートシップが完全にドックから離れた。

 それと同時に、メインエンジンから巨大なビームスラストが放たれる。


「リパルサーエンジン、全開!」


 シェリオの操作で巨大なゲートシップが弾かれたように飛び出した。

 地球の常識では考えられない加速だ。

 これだけ地球との技術差がありながらもゲートシップはカナンリンクの最新鋭機ではない。むしろ骨董品だ。


『飛行体から力場反応を検知。

 軌道修正の後、加速をかけて……これは、アクセラレーターです!

 僕が迎撃に出ます』


「分かった、真人も気をつけて!」


 ゲートシップに武装はない。いまのところ頼りは真人だけだ。

 船から飛び出した真人がストリーカーを展開させる。

 元はパワーキャスターだった細い光の線が空中で集まって平面的な薄片となり、それが光の尾を引きながら幾つも規則正しく並んだ。

 真人は自分を中心としてストリーカーをサーキュラーコーン状に展開する。

 ストリーカーの展開の仕方には、幾つか種類がある。

 これは機動より直線的な速度重視の高速飛翔コンフィグレーションだ。

 アクセラレーターも駆使した真人が、空間を物凄い早さで突進してゆく。


「アピオン、力を貸して。

 皆を……地球人を守るっ!」


『問題ない、支援の用意がある。

 真人、来たぞ!』


 既に真人の機械の瞳も機影を捕らえている。

 黒地に金のラインを縁取りした航空機のようなフィルムの機体下部に、砲塔らしき物が二門ついている。

 それがこちらへ突っ込んでくる。

 ゲートシップほどではないが、地球の戦闘機に比べるとかなり大きい。

 大型爆撃機の数倍はありそうだ。

 向こうも真人を認識したらしく、アクティブセンサーの強度を上げてくる。

 真人が迎撃のためにストリーカーを収束させようとした瞬間、航空機が割れた。


「――なっ!」


 驚く真人の前で、航空機は機体の半分を切り離した。

 どうやら巨体の半分以上は外付けのブースターのような物だったらしい。

 破棄されたブースターは後ろ向きに弧を描きながら、バラバラに自壊していく。

 残り部分がそのまま人型へとトランスフォームした。

 腕は二対四本あり、関節が3つある腕もある。砲塔がそれぞれ腕に変形したためか腕が妙に長い。

 デザインはどことなく、九輪が真人と戦った時にとった姿に似ているような気もする。

 あの騎士みたいな外見をもっと昆虫ぽくした感じか。

 ただし頭だけは相変わらず人のドクロのようなデザインだ。髑髏騎士が気に入ったのかもしれない。


「真人!」


 虚空に歪んだ絶叫が響く。

 それがキュリオスからの通信だと気付くより早く、騎士の右腕が真人に向けられた。

 真人は半ば無意識に射線を計算し――

 真人の遠隔探知から相手の反応が消えた。

 しかし光学なら見える――と、思った瞬間、その姿も消えた。

 同時に周囲に幾つもの同型機が現れる。


「分身!」


 今度は反応があった。ただし複数の!

 一か八か、真人は相手が動いていないという仮定で射線を計算し、ストリーカーを広めに展開する。

 真人は反加速と加速を自在に駆使し、騎士やゲートシップと相対速度を合わせる。

 地球なら不可能な機動も、真人になら容易い。


「シェリオ、船のエンジン出力を全開に!」


 叫んだ真人に、人型からの一撃が叩き込まれた。

 それは間違いなくフェニックス=トリガーと呼ばれていたあの巨砲だった。

 幸い、フルチャージでの全力発射ではない。

 だが並より圧倒的に高出力のビームは火線上にあるストリーカーを次々と消滅させ、真人を弾き飛ばし、ゲートシップの背に突き刺さった。

 船の防御スクリーンが大きく輝き、ビームに対抗しようとする。

 ――辛うじて船の防御が勝った。

 真人のお陰である程度は減衰していたらしく、攻撃は船体には届かなかったようだ。ビームは水滴のような細かい粒子となって周囲に弾けてゆく。

 だが、余波を受けたゲートシップの巨体がぐらりと揺れる。


『こちらゲートシップ、右舷後方上部に命中も損害なし!

 真人さん、大丈夫ですか』


「こっちは平気!

 それより相手はキュリオスです。綾香さんと九輪さんが融合してると思われます。

 でも何か変なんです。

 消えたり現れたりして……」


『ソートナインの反応を感知。

 全部で三つだ、真人。

 消失はエーテルスクリーンの派生技術のようだが……非常に面白い使い方だ。

 やはり我々にはユーザーが必要ということか。

 分身については解析中だ』


「三つって、また誰かが……!

 アピオン、こっちにも長距離砲とかはない?」


『真人が知らないのならばない、近づくしかないだろう。

 だが向こうはソートナインの反応が三つある。

 攻撃に一つ、移動に一つ、そして今の防御に一つ、使ってくると予想される。

 ――強敵だ』


「うん……

 でも、負けるわけにはいかない!」


 真人がストリーカーを展開し、ソリッドマニューバで一気に距離を詰める。

 キュリオスは分身をやめ、一体に戻っている。

 真人はその体に装備された全てのセンサーで相手を特定する。

 間違いなく、そこにいる。

 最後に機械の瞳で確認する。光学のズームをかけると、黒地に金色のアクセントが入ったスマートなフォルムの人型が視界に大写しになった。

 詳細に見ると、ますます鎧を着た巨大昆虫人間にしか見えない。

 異様に細い胴体に、両腕は大きいのと小さいのの二対あった。

 四つの手は全て形状の違う武器となっている。

 そのうちの一つがフェニックス=トリガーだ。

 さらによく見れば、昆虫の髑髏のような顔の下、首の付け根あたりから巨体に同化した綾香の上半身が生えていた。

 下半身は巨体の中に埋もれているか、そもそも存在しないのかも知れない。

 代わりに無数の巨大なケーブルで巨体とつながっている。コードの先には綾香の内蔵や脊椎があるのだろうか――

 スキャンしていた綾香と真人との目が合う。

 キュリオス=綾香が嗤った。

 その異質なフォルムに呆然とする真人の耳に、歪んだ声が響く。


「やあ、真人くん」


 その声に、真人が衝撃を受けた。

 綾香の喉をどうねじ曲げればこういう声を出させるようになるのだろう。


「どうしたの? さあ、次を始めましょうよ」


 腕の一つが動いて一撃を放つ。

 狙いは適当だったようで、ゲートシップとは何も関係のない施設へ着弾する。

 なぎ払われたカナンリンクの地表が次々に爆発を起こした。

 炎と爆煙が広がり、瓦礫が飛び散る。

 キュリオスが再び大きく嗤った。まるで破壊を楽しんでいるように。

 そのままキュリオスが巨大な建造物の上に着地する。

 何かの建造物をひとつを蹴倒す。着地の衝撃波が地表を盛大になぎ払う。

 その全身にパワーキャスターが奔った。


「ほらほら、早くしないと勝手に始めちゃうよ!」


 キュリオスの叫びとともに、今度こそゲートシップに狙いを定めた。

 そこに間一髪で真人が割って入るが、次の瞬間キュリオスの姿が消える。


「また……!」


 真人がストリーカーを面で展開する。

 だが、それでは一撃を防ぐには弱い。

 ストリーカーの利点である、パワーキャスターを重ねて展開する方法が取れない。

 そこへフェニックス=トリガーの一撃が放たれた。

 チャージが不十分なため炸裂自体は加速されていないが、それでも威力は充分だ。

 近距離からの一閃は真人のストリーカーと、さらにはゲートシップの防御スクリーンを易々と突き破った。

 今度こそ船殻にビームが突き刺さり、火球が広がる。

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エフのセカイ @HCE

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