第85話 侵入者

 カナンリンクを縦横に走る電子の経路に量子のセカイが広がってゆく――

 セカイを生み出したのは、たった一つの点だ。知性の点。

 点とはすなわち『個』だ。

 個は先ほどまでデュミナスと名乗っていたものだったが、今は虚無の中に浮かぶ一拍の点に過ぎない。

 ――やがて、点は量子の虚空を駆け巡り始めた。

 虚空に距離はなく、時間もない。だが……点が動いたことで流れが生まれた。

 流れは点を線へと変えた。光の流れ、光流。

 やがて虚空に別の点が生まれ、共に虚空を流れ始める。

 最初に生まれた細いフラックスにひとつ、またひとつ新たな流れが合流してゆく。

 ついには虚空に無数の知性の光が流れ、駆け巡った。

 巡る光は流れ、集い、束ねられ、一つの個へと――大きな奔流へと変わっていく。

 一つ一つの光流はデュミナスと同じ存在だ。

 個で完成された存在。

 だが無数の個が集合し、調和することにより、巨大な光の流れは新たな、より完成された存在へと――高みへと登ってゆく。

 水が流れることで川という別の存在と成るように、その姿を例えるのならば神としての竜か。

 流れ、昇る時のみに生まれる存在。

 人の集団が時として一つの独立した生き物であるかのように振る舞う時があるように、オーバーロードたちもまた一つの巨大な知性存在へと統合していった。

 無数の問題に、ただ一つの答えを出すために――


          *


 最初に気づいたは真人だった。

 特に何もすることがなくなっていた真人は、失敗作の残りと水を持ってトゥイーが眠るメンテナンスチャンバーの脇に座り込み、家族宛に手紙を書こうとしていた。

 すぐには無理だろうが、いつの日か誰かが地球へ帰れるようになった時に家族宛に持っていって貰えないか頼んでみるつもりだった。

 だが……いざ書こうとすると何を書いていいか思いつかない。


「馬鹿正直に書いても駄目だろうし、ウソもよくないし、ボカすと何が何だか分からないだろうし……ん?」


 サンドイッチの失敗作を頬張り、もごもごとしていた真人が首をかしげる。

 制御鍵で勝手にリンクしていたカナンリンクの回線から、かすかな反応があったのだ。

 方角は自分たちが来た方向だ。

 格納施設を越え、その斜め上のずっと先――地平線のはるか向こうで、何かがこの中軌道カナンリンクに飛び込んでこようとしている。

 予想される到達地点は――


「目的地はここ?

 もしかして、キュリオスからの攻撃かも」


 気づいた真人がピンクの残像と化して部屋から飛び出る。

 カナンリンクに兵器の類いはないが、単に作ってないだけで作り出す超技術力と超生産力は十分すぎるほどある。


「ごめん、入るよ! 誰かいる?」


 コックピットに飛び込んだ真人に、ハーミットが振り返った。

 彼女と一緒に瀬良たちもいた。

 瀬良たちの探検は一段落付いたらしい。

 今はシート裏の通路にクッションを敷き、真人の用意した成功作の食事を取りながら、四人集まってカードで遊んでいたようだ。

 確かにカードならモンテレート市にあるし、元々カード仲間の集まりだった瀬良たちなら持っていても不思議ではない。

 トランプかあ、今度借りて……と、一瞬考えた真人が慌てて気持ちを切り替えた。


「血相抱えてどうした?

 真人も混ざるかい」


 瀬良がチップ代わりらしい、何かの部品をじゃらっと取り出す。

 数は四人ともほぼ一緒だ。まだ始めたばかりなのだろう。


「ハーミット、瀬良さん、勝負は一時お預けでお願いします。

 ここ目がけて高速の飛行物体が近づいてきてます。

 僕のデータをいまそっちに送ります」


 無言で頷いたハーミットが素早く副操縦席に移ってセンサーを立ち上げる。

 瀬良たちは後ろからスクリーンを見上げた。そこに真人から送られてきたデータが映し出される。

 飛行機か、翼のある宇宙船の類いに見えた。


「これは宇宙船か、あるいはミサイルの類でしょうか?

 目標はここですね。

 到達までは……あと三十分!」


 ハーミットが表示されたデータを読み上げながら、交代で休息に入った鈴音と、どこかにいるはずのシェリオを呼ぶ。

 横で聞いていた瀬良も、この船が狙われていることは分かったらしい。


「ミサイルって……噴射装置を付けた爆弾付きのでっかい矢ってことでいいのか?」


「いい例えだと思います」


「なら随分と悠長な攻撃だな。

 カナンリンクの機械なら、もうちょっと早く飛べないもんかね?」


「瀬良さん、これでも地球のミサイルよりずーっと早いんです。

 遅いのは単に距離が遠いのと、最短距離を来られないせいです。

 ――船を起動します!」


 真人がシェリオの席に滑り込むと、そのままゲートシップの動力を始動させる。

 地球なら車を動かすような感覚で巨大な船が完全停止状態から一気に生き返った。

 ハーミットも席に戻り、システムを次々に立ち上げがら船内通信の全チャンネルをオープする。

 後ろからツナギ姿の鈴音が飛び込んできた。

 その頭にはアピオンがとまっている。どうやら船の構造やメカニック関連のことで教えを受けていたらしい。


「遅れました、バックアップ入ります!」


「緊急警報発令!

 本船は攻撃を受けている可能性があるため、直ちに発進いたします。

 ――って、来てないのシェリオだけ? 早く戻ってきて!

 全システム正常、ランディングロック解除!

 地上管制よりトラクタービームによる誘導開始を確認します」


「ご免、遅れた!」


 シェリオが飛び込んでくる。

 彼女はどうやらリングを試してる最中だったらしく、まだ完全に服を着終えてない。

 アチコチで下着や肌が見えている。

 ロクに化粧もしてない……のは、元からか。

 ハーミットと違ってシェリオは余り着飾らない。


「あのリング、ちょっと微妙だった。

 あれならお風呂の方がいいな」


 大急ぎでシャツの前ボタンを留めながら、シェリオが真人の代わりに操縦席へ飛び移り、操縦桿を握る。

 ハーミットも試したのだろうか、同意したように頷く。

 真人は一度ピンクの残像と化した後、コックピットの出口で再出現した。


「シェリオ、ハーミット、船をできるだけ遠くへお願い!

 僕は一度船外へ出ます。

 瀬良さんたちはラウンジで席に着いてください、最悪は戦闘が始まります。

 鈴音さん、瀬良さんたちをお願いしますね?

 ――アピオン、おいで!」


『チャージは完了している、了解だ』


 アピオンが真人の腕に移り、そのまま接合する。

 真人の背中に光の翼のようなドロープニールが小さく展開されると、今度はピンクの閃光と化して扉から飛び出ていった。


「シートが余るようだから、僕は残ってもいいかな。

 モニターで監視するくらいはできるよ」


「でしたら鈴音の隣をお使いください。

 シェリオ、正面クリアしました。

 ナビゲーションコード・エントリー! 発進お願いします」


「りょーかい、サブエンジン始動。

 ゲートシップ、発進するよ!」

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