逆さま猫の鳴き声

雨世界

1 私はここにいるよ。

 逆さま猫の鳴き声


 プロローグ


 私はここにいるよ。 


 逆さま猫の鳴き声


 本編


 ……今、私の隣にいてくれない、あなたのことを思い出しながら。 


 小学校六年生の坂ノ上日和が逆さま猫の鳴き声を聞いたのは、みーんみーんと蝉の鳴く、みんなで夏の小学校のプールに入って遊んだ帰り道でのことだった。緑色の森と道草と田んぼが広がる田舎の町で、日和は逆さま猫を見つけた。

 その日は、暑い夏の日の一日で、逆さま猫は神社の境内の日陰のところに隠れるようにして、丸まってじっとしていた。普通だったら、見逃してしまう場所。でも、日和は逆さま猫の泣いている声を聞いて、逆さま猫がそこにいるのだと気がついた。

 逆さま猫は傷だらけだった。

 逆さま猫は、じっと日和の目を攻撃的な瞳で睨みつけていた。

 とても生意気なやつだった。

 でも、日和はその日、とてもいいことがあって、すごく機嫌が良かったので、逆さま猫のことを無視しないで、きちんと傷の手当をしてあげることにした。

 日和は逆さま猫を拾って、家に帰った。


 逆さま猫を拾ったことは両親には秘密にしなければいけなかった。だから日和は逆さま猫を家の裏庭に移動させて、「ここでじっとしていてね」とお願いをして、じっとしていてもらった。

 夜になって、あたりが暗くなるとひよりは逆さま猫に晩御飯の残りを持って行って食事をさせた。逆さま猫はとてもお腹が空いていたようで、それを全部綺麗に残さずきちんと平らげた。

 そしてお腹がいっぱいになると、逆さま猫はそのまま裏庭の草木の間に隠れるようにして、眠りについてしまった。

 逆さま猫が眠ってしまったので、日和も眠ることにした。

 その日は、とてもよく眠れた。

 あまりにも眠りが深かったせいか、夢はなにもみなかった。


 朝起きて裏庭にミルクを持って移動すると、そこに逆さま猫の姿はなくなっていた。猫はどこかに行ってしまったのだ。

 逆さま猫がいなくなって、日和はすごく悲しい気持ちになった。

 日和はあまりの悲しさに、その日、涙を流してしまった。自分でもなんでこんなに悲しいのか、その理由がよくわからなかった。

 日和はいなくなった逆さま猫を探してみることにした。

 幸いなことに、今は夏休みで時間だけはたくさんあった。

 日和は最初に逆さま猫を見つけた神社の境内に行ってみた。でも、その日陰のところに、逆さま猫はいなかった。

 日和は次に町の中を歩いて逆さま猫を探してみた。

 なにもない田舎町だから、もしかしたらすぐに見つかるかも? と思ったのだけど、やっぱり逆さま猫はいなかった。

 次に日和は駅に行ってみた。

 駅員さんのいない無人の木造の駅。電車がやってきても、その電車に乗る人はほとんど誰もいなかった。

 でも、そこで日和ははっとした。

 ホームのところに逆さま猫がいたからだ。

 日和は駅の改札のところからホームにいる逆さま猫に「ねえ! どこにいくの!?」と声をかけてみた。

 すると逆さま猫はにっこりと笑って、「家に帰るんだよ!! 一晩、泊めてもらってありがとう!!」と大きな声で返事をした。


 それからすぐに電車が来て、逆さま猫はその電車に乗って、日和のいる田舎町からいなくなってしまった。

 でも、日和はもう泣いてはいなかった。

 お別れのとき、きちんと「さようなら」を逆さま猫とすることができたからだ。

 日和は満足げな表情で笑うと、麦わら帽子をきちんと一度、頭にかぶり直してから、元気に歩いて、自分の家まで帰って行った。

 それから逆さま猫がどうなったのか、日和にはよくわからなかった。

 でも、たまにテレビやネットの動画で見る、画面の中にいる逆さま猫さんはとても元気そうで、その顔を見るたびに日和はとっても元気になれた。


 だからそれだけで、日和はすごく満足だった。


 逆さま猫の鳴き声 終わり

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