【試し読み】iroha『アンノウン・キングダム・デイズ 異世界で騎士の花嫁になりました』
序
「今日の映画、楽しみだな」
のんびりと笑ってみせた青年に返ってきたのは、呆れたような嘆息だった。
「何が楽しくて、俺は貴重な社会人の休日に幼馴染のお前と二人で映画を見ようとしているんだ。蓮もとっとと彼女つくれよ」
話しかけた相手から目を逸らされ、最初に声をかけた青年――蓮は首を傾げて背の高い相手を覗き込んだ。
「いやいや、こっちだってかなり貴重な土曜日なんだよ? 陽一が好きそうな映画をセレクトしたのにさ。相談に乗れとか、顔をたまには見せろとか、ワーワー言ってたのそっちじゃん」
蓮は幼馴染の不機嫌を気にした様子もなく、軽快な口調で言い返しながら信号が青に変わるのを待っていた。もう一方の青年――陽一は不満げに幼馴染を見やる。彼らの目の前で同じ信号を待っている女性たちがたまに振り返ってきても、陽一は視線も合わせない。先ほど別な交差点で赤信号なのにふらふらと歩き出そうとした幼馴染から目を離せないせいだ。
こうやって二人で休日に遊ぶのは、ごく当たり前のことだった。少し前までは。
「蓮。お前、顔色悪いし痩せたよな。今の会社、合わないんじゃないのか?」
陽一は己の不満な理由を言葉にしたのに、「気のせいじゃない?」とあっさり返されてしまった。
「陽一こそ。俺の心配している暇あったら、いい加減に結婚式いつやるんだか決めろよ。早めに申請しないと、休みもらえないんだからさ」
思い出した、と今度は蓮が軽く眉根を寄せて幼馴染に詰め寄る。そこでようやく陽一が苦笑いを浮かべた。
「蓮を、新郎側の席と新婦側の席のどちらにするかで美緒と揉めているんだよ。いっそ神父役でもするか?」
冗談めいた返しに、「確かに難しい問題だ」と蓮も笑い返す。
蓮と陽一と美緒。この三人は偶然生まれた日が近く、家が近所だったのもあって物心ついた頃にはいつも三人一緒だった。
それが崩れたのは、大学進学を機に陽一と美緒が遠い地へ引っ越してからだ。蓮は一人だけ彼らとは正反対の場所にある学校へ進み、それなりに学生生活を満喫した。久しぶりに地元で再会した幼馴染たちは恋人同士となっていて、寂しい気持ちが生まれたが、二人が幸せなら蓮も嬉しかった。
就職は三人とも地元だったので、休日は再びこうやって大好きな幼馴染たちに会えるようになったことは嬉しいが、自分でしっかり線引きをしないと結婚する二人に依存してしまいそうだった。
「神父役ね。でも、それ大丈夫かな。俺って昔から間も悪いし、アンラッキーだろう? 三人で同じもの頼んでいるのに、俺だけおまけがついて来ない、みたいなさ」
「確かに」
ついこの間入ったファミリーレストランでもそんなことがあった、と陽一が笑った時だった。
ようやく長い信号が赤から青に変わった瞬間、後ろから女性たちの高い悲鳴が聞こえた。それで驚き振り返った通行人たちが、蓮のいるあたりを見上げている。何人かは携帯用の端末を空へと向けていた。
黒い影が視界いっぱいに広がったかと思うと、酷い痛みと共に自分の視界を白い閃光が覆いつくしていく――それが、蓮の最期に見た光景だった。
1
夜を照らす松明の下、陽気な音楽があちらこちらから聞こえてくる。
人々は銘々におしゃれを楽しみ、老若男女を問わず踊り続けていた。出店には美味しそうな料理の数々がたっぷりと並び、乾杯の音がやむことなく続く。
「なにこれ、夢見ているのかな? すごい楽しそう」
先ほどまで感じていた酷い痛みは消え去り、蓮は音楽が鳴りやまない大きな広場の泉の中に立っていた。通りかかった人々も蓮を見ると笑いかけてきて、しまいには一緒に泉の中でびしょ濡れになり万歳をしている。蓮にハイタッチを求め、高い位置でお互いの手を打ち鳴らすと、満足げにまた別の場所へと去っていく。
お祭りをやっているらしい、というのはすぐに分かった。
だが、蓮が今まで見たことのある祭りの風景とは異なっている。木と木の間に吊り下げられている旗は見たことのないものだし、行き交う人々の髪や容姿はどう見ても日本人のものとはかけ離れていた。時折猫耳や犬耳がついている者までいる。
「海外のハロウィンっぽいかな?」
蓮は一人呟きつつ泉から出ようとしたが、今さら自分が何も着ていないことに気づき、困り果てた。楽し気に行き交う通行人は絶えない。勇気を振り絞って声をかけた人々は笑い返してはくれるものの、蓮の言葉が通じている様子はない。
「あのー、すみません。何か服を……服がダメなら布切れでも良いので……!」
ジェスチャーで伝えようとしても、どの人も笑顔で手を振りながら去っていくばかりで蓮の危機に気づいてはくれない。
この手は使いたくなかったが、大事な部分のみを己の手のひらで覆いそのまま泉から出る。今まで満面の笑顔だった人々の顔は一気に引きつってしまい、場の空気が凍り付いた。そんな中、フリーズした人々をかき分け、憤怒の顔をした中年の女性が現れた。身体を拭くための柔らかな布と、女性ものに見える服を力づくで蓮に押し付けてくる。どうやらお前の貧相な身体を見せるんじゃねえ、とっとと服を着ろ、ということらしい。
「ありがとう、サンキューサンキュー」
ふん、と中年の女性は鼻息荒く視線を逸らす。人々に注目される中、慌てて体を拭くと中年女性から借り受けた服を着た。着るやいなや強い力で引きずられ始めて、普段は能天気な蓮もさすがに焦った。
この状態、普通に考えてまずいのではないだろうか。
自分は公然猥褻なことをしてしまった上に、現在女性ものの服を着てノーパンで歩いている、あらゆる点で犯罪者となるリスクが高い状態である。いや、いっそ警察に突き出されれば日本大使館に取り次いでもらえる可能性もあるのではないか。
(よし)
なんとか持ち前のポジティブシンキングで気持ちを取り直した蓮だったが、彼が連れていかれたのは想定外の場所――ダンスステージだった。
怒れる中年の女性は何かを持ってくるように伝えると、周囲にいる男たちが大きな箱を持ってきた。そこから取り出されたものを見てさすがの蓮も後退る。それは化粧を施すためのあらゆるアイテムだった。
「俺、あの、そういう趣味は持ってなくて……全裸で泉にいたのはですね、不慮の事故って言いますか」
そう、不慮の事故だ。だが怒れる女性は「黙れ!」と言いたげに蓮を一瞥し、凄まじい勢いで蓮に化粧を施した。化粧を終えると青をベースとした飾り紐を蓮の黒髪に巻き付ける。着飾っている女性たちを見る分には楽しいが、彼女たちと似た格好に仕立て上げられてしまったことは楽しくない。
仕上げとばかりに蓮が着ている服の胸元に一輪の花を挿し込む。ふくよかな胸の持ち主なら胸の谷間に挟んだりしてセクシーな絵になるのだろうが、残念ながら蓮には男の薄い胸板しかない。大きな葉っぱがクリップ代わりになってはいるが、ちょっとした動作で胸元から落としてしまいそうだ。今まで怒っていた女性と視線が合うと、彼女はニヤリとした笑みを浮かべた。レースで飾られた上着もオマケでついてきた。完璧に近い女装をさせられた蓮は、もしかして己は女性になったのか、と軽い混乱を起こした。己の下半身を確認しようと恐る恐るスカートをたくし上げた瞬間――女性の顔が般若へと変わり、思いっきり拳骨を喰らってしまった。この世界は、思ったよりもバイオレンスである。
こっそりと自分が男のままであることを確認し安堵した蓮だったが、今度は着飾った女性たちによってダンスステージの上へと無理やり連れ出された。明らかにおかしい状況なのに、オーディエンスはみんな酔っぱらっているらしく、一人だけ異分子が交じっているのにツッコミが来ない。いっそのこと笑いとばされた方が気が楽なのだが。
そのまま女の子たちが横一列に並んでいるところに蓮も並ばされると、今までのテンポの激しい曲とは打って変わって、ゆっくりとした曲調の音楽が鳴り始めた。女の子たちは蓮と同じく一輪の花を胸の谷間に挿していて、胸元が大きく開いたドレスに照れ笑いしながら踊り出す。そんな可愛らしい様子を観客たちと共に見られないのが残念で仕方ない。
(動いたらこの花、落ちちゃいそうだし)
そもそも挟み込める豊満な胸がないのだから、花には自分自身でしがみついてもらうしかない。やがて女の子たちは前方に一人ずつ出ていくと、胸元の花を手に取って、ステージの下にいる男性たちに渡し始めた。この祭りの警備員なのか、全員きちっとしたつくりの服を着て、腰には長い剣みたいな棒を帯びている。そのうちの一人の顔を見て、蓮は驚いた。
「陽一……?」
幼馴染の陽一よりも顔面点数はかなり上がっている気はするが、不機嫌そうな雰囲気といい背の高さといい、他人とは思えない佇まいである。
『******、***!』
後ろから声をかけられ、今度は蓮がステージの中央へと連れていかれる。男性に花を受け取ってもらった女性が歓喜の声を上げていることから、告白タイムみたいなものが始まっているようだ。中には花を受け取ってもらえずに泣き出してしまった女の子もいる。蓮はその子が可哀想になってしまい、相手の男にタンスの角に小指をぶつける呪いをかけたりしていた。
告白を終えたふくよか体型の女の子が、次はお前の番だと思いっきり蓮の背中を叩いてきた。彼女の手には花が残っていて、受け取ってもらえなかった恨みが込められているのを一瞬感じた。日本人男性の平均より身長体重ともに下回る蓮の体は勢いよく吹っ飛び、すんでのところでステージのへりに片方の足で立ち止まる。……が、その反動のせいで頑張って自力で留まっていてくれた花はぽろっとステージの下に落ちてしまった。
「あ」
その花に気に取られて、警備員たちが立ち並ぶところへと体が傾ぐ。蓮の目の前には、幼馴染に似た男がいて――花もろとも、蓮はその男性に向かってダイブしてしまった。今までどんちゃん騒ぎの様相を呈していた会場は一気に静まり返る。
襲いくる痛みはほとんどなく、すぐに蓮が目を開けると幼馴染に似た男の上に跨り、押しつぶしていることに気づいた。
「すみません、俺……今、すぐにどきますから」
慌てて自分の体を動かそうとしたが、腰が抜けてしまったのか思うように立ち上がることができない。不満げなため息が聞こえたかと思うと両脇に手が差し入れられ、無理やり横へとどかされた。相手の男が上半身を起こすと、蓮が男の顔に落とした花がその手元に落ちる。渋い顔のままで己の手にある花を見つめると、男はじろりと蓮を睨みつけてきた。
『****、*******?! *****』
蓮たちの周囲には男女問わず人々が駆け寄ってきた。何人かは蓮に声をかけて手を差し伸べてくれたのだが、何語なのかも分からない蓮はただ曖昧に笑うことしかできない。蓮が押しつぶした男が蓮の代わりに返事をすると、人々がほっとした顔になる。ステージ上では男の返事を聞いた途端、いくつもの悲鳴が上がった。
『***! *****、**!!』
男が怒りながら蓮の腕を掴み力ずくで立たせると、周囲から割れんばかりの大歓声が沸き起こった。見ず知らずの自分をここまで心配してくれていたのかと、人々に手を振り返した蓮だったがそんなことができたのは束の間のこと。男の手で荷物同然担ぎ上げられ、広場を後にする。
「あの、どこへ……むしろここはどこなんでしょう?」
背の高い男の肩から見える世界は思ったよりも広く、怒れるマダムも笑顔で見送るのが見えた。
2
広場から少し離れたところには馬が何頭も繋がれていて、男は迷いのない足取りで一際体躯の良い黒馬へと近づいた。のんびりと草を食んでいた馬は主が戻ってきたことに気づくと顔を持ち上げ、耳を動かす。
男は馬に驚くほど優しく、馬をいたわっているのか首のあたりを軽く叩いている。優しくされる馬が羨ましく思えてくるくらい、蓮を馬に乗せた男の手つきはぞんざいだった。少しして蓮の後ろから男が騎乗する。蓮には何の説明もないまま、馬は駆けだした。
(さっき踏んづけちゃったこと、すごい怒っているのかな。俺、ノーパンで立派な服の上に落ちちゃったしな……)
同じことをされたら、普段怒ることのない蓮でもさすがに怒りたくなるかもしれない。馬のスピードは素晴らしく、たてがみにしっかり握りしめていないと振り落とされそうだ。無言のまま手綱を握る後ろの男に背を預けることもできず、体が緊張する。
余裕のない中で、己の視界に映っては流れ過ぎ去っていく街の光景は、蓮が知る日本のものとは大きく異なっていた。ビルやコンビニエンスストアが一軒もない代わりに、西欧風といえばいいのだろうか、レンガ造りの小さな家々が連なっているのだ。通りを挟んで美しく整えた庭のある屋敷が続いたりと、ちょっとした観光気分を味わえた。寝ているうちに、どこか遠い国の広場の泉に放り込まれてしまったのだろうか。そんなことを考えているうちに、蓮を乗せた馬は一際大きな庭のある屋敷へと入っていった。
(この人もお屋敷派の人ってことか。確かに身なりは立派そうだけど)
金持ちな上に容姿に恵まれているのはうらやましい限り。彼がのんびり考え事をしていられたのも、馬から引きずり下ろされ、男の寝室らしい部屋の寝台に思いっきりよく突き飛ばされるまでだった。
蓮の薄い胸元で必死に耐えていたあの花がぽいと机の上に放り投げられ、思わず蓮は「ああ……」と声を出してしまった。不機嫌顔の男は蓮が着せられていたレースの上着を取り払ってしまう。大きく開いているドレスの胸元が腰に向かってずり下ろされ、その勢いで生地が破れる音が聞こえた。どうしてこんなことをされるのか理解ができない。腕の力を使って枕側にずり上がろうとしたが、足首を掴まれて無理やり引き戻された。
「おい、さすがにこれは酷いだろう?!」
折角怒りのマダムが貸してくれた服なのに。破れてしまった服を怒りのマダムに見せたら、己は生きていられるのだろうかと蓮は震え上がる。抗議のつもりで男を睨んだが、不機嫌な男はものともせずに裾の長いスカートをたくし上げてから……恐らく、絶句した。
『***、********!?』
お前、男だったのか? と言わんばかりに蓮のそこを凝視している。さすがに恥ずかしくて手のひらで隠した。……が、蓮の平坦な胸を見ているし、さっきノーパンで押しつぶしたのだから気づかない方がおかしい。そこはどうなのか。
苦虫を噛みつぶしたような顔になると、男は寝台から一旦離れて小さなテーブルから何かを取ってきた。それから呆然としたままの蓮の首元へ喰らいつくように口づけると、そのまま愛撫を始める。今テーブルから取ってきたばかりのものは何かの液体のようで、男は片手にそれを垂らすとすくみあがったままの蓮自身に触れてきた。
「……いや、さすがにちょっと……」
逃げようと足を動かすが、ぎゅ、と大事な部分を握られそうになって途端に連の動きは鈍る。怒りのマダムから借りたスカートは巻きスカートになっていて、留め具を外されてしまうと蓮の腰に引っかかっているただの布切れと成り果てた。それにしても、こんなに容姿が良いのにどうして蓮なんかを相手にしようとするのか。
蓮が冷静でいられたのも、乳首と大事なところを同時に責められるまでだった。
「や、それは……弱い……んっ」
自分でも驚くくらい甘い声が鼻から抜け出てしまって蓮の顔が赤くなった。態度は最悪なのに、愛撫する手つきや唇は優しいのもかえって辛い。すぐに追い詰められそうになったところで、男の指からあっさりと大事なところは解放されてしまい――今度はあらぬところに液体が塗り込められ、蓮の大事なところは衝撃ですくみあがってしまった。
「ひゃっ、ホントそれは無理だから!! ……あっ」
ぬるぬるとした感触に耐え切れず男を見上げても、止めてくれる気配はない。こんな段階になってもまだ表情が硬いまま、男の顔が近づいてきて、蓮の唇に口づけてきた。そのまま舌が入り込んできて蓮の歯列をなぞる。
何とも言えない感触に悶えていると優しく髪を触られてじれったくなり、睨みつけようと相手の顔を見上げると――綺麗な、深い蒼の瞳の持ち主であることに気づく。
まじまじと見ると陽一には似ていない。似ているのは不機嫌そうな雰囲気くらいだったかも、と蓮は全力で現実逃避しようとしたが、力が抜けた瞬間にぬるりと入ってきた指に全身に鳥肌が立った。それなのに、男に執拗に弄られているうちに後孔に感じていた変な感触が少しずつ泣きたくなるような快楽に変わっていく。
(あの液体に変なもの……入っていたのか?)
そう思わないと自分を納得させられないくらい、蓮の身体は快楽に従順だった。恥ずかしい声を必死で我慢しようとしたものの止められず、微かに喘いでしまったのを契機に蓮は自分の深いところまで男の侵入を許してしまう羽目になる。
熱く硬いものに貫かれた時はさすがに男らしい絶叫が出てしまったが丁寧に慣らされていたせいで(あれ、意外と気持ちいい……)と思ってしまったのは内緒にしよう、と蓮はかたく心の中で誓ったのだった。
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