【試し読み】時田爽子『熱中症 竜の愛した砂漠の男娼』

「責任とってくれよ」

 五ヶ月前に一度だけその身体を買った。この国では見慣れない小麦色の肌に、乾いた黒い髪。琥珀色の瞳が自分を睨みつけている。その人間はたった一人でこのカンガサラ王国にやって来た。

「腹にあんたの子供がいる。こんなの俺の手には負えない」

 そう言ってその人間、ゼンが無造作にめくった衣服の下の腹は、たしかにぽこりと膨らんでいた。




 五ヶ月前の夏、オイヴァは砂漠の国にいた。その地の太陽は、ジリジリと肌を焦がすような熱線を放ち、眩しすぎる陽の光のせいであらゆるものが白く霞んで見えるほどに苛烈だった。

 冬の長いオイヴァの国、カンガサラでは、太陽は常に穏やかで、降り注ぐ光は優しく人々を温めるものだったのに。

「あんた、死にたいのか」

 任務が片付き、暑くて仕方がないこの国ともようやくおさらばできる、そう思ったオイヴァは急ぎ宿泊先を出立したのだが、時間帯が悪かった。

 凶悪な太陽は、空の最も高い場所から己の存在を誇示している。要するに、真っ昼間だった。

「こんな昼間に、そんな格好で出歩く馬鹿はいないよ。死ぬぞ」

 朝のうちに宮殿に赴き、帰国の挨拶を済ませたその足で帰路に着いたのだ。オイヴァはカンガサラの武人としての正装姿で炎天下を歩く羽目になっていた。

 しかし暑くて人が死ぬとは意外だった。オイヴァの国では寒さのために人が死ぬのは珍しいことではないが、暑いというのも人の身体には毒らしい。

「少し休んで行ったらどうだ。営業時間外だけど、特別に上げてやるよ」

 しつこく声をかけてくる小柄な男が言った。声音からして少年と言っても差し支えないかもしれない。この国の人間らしく太陽から身を守るためのフード付マントを被っているため、顔は見えないが。

「娼館か」

「そ。他の店はまだ開いてないぜ。休める所はここだけ。どうする?」

「……水を貰えるか」

「水が欲しけりゃ上がんな」

 そう言って顔の見えない男娼は、背後の粗末な木の扉を指し示した。水を一杯貰うにも金がいるらしい。オイヴァはますますこの暑い国に嫌気がさしたが、とにかく太陽から身を隠すことのできる場所に行きたかった。


「マオ! 客だ。二階の部屋を使うぞ」

 男娼が受付らしきカウンターの奥に向かって声をかけると、でっぷりとした中年の男が出てきた。この娼館の主人だろう。

「ああ⁉ こんな時間に客だ? ゼン、お前変なのを連れ込んだんじゃあないだろうね」

「真っ昼間に出歩く馬鹿だが、見た目は変じゃねえよ」

 ゼンと呼ばれた男娼がそう言って汗だくのオイヴァを顎で示した。

「……ふん。まあいいだろう。金は持っていそうだ。北の部屋を使いな」

「分かった。行くぞ」

 二階を目指して階段を登るゼンの後ろ姿をオイヴァは追った。


「よっぽど金持ちに見られたんだな。これでもこの部屋はウチで一番の部屋だぜ」

 暑さでぼうっとする意識の中、オイヴァはゼンの声を聞いた。

「ほら、水」

 そう言って差し出されたコップの水を一気に飲み干すと、二杯目がすぐに注がれた。それも飲み干して、オイヴァはやっと人心地つくと部屋の中をぐるりと見回した。

 ゼンがオイヴァを連れてきたのはいかにもその為の部屋だった。寝台と、水差しや桶が置かれた卓。何も入っていない籠と、数枚の布が放り込まれている籠。それ位しか目ぼしい家具はない。オイヴァにはこの部屋のどの辺りが「一番いい部屋」になるのか分からなかったが、砂漠の国らしく窓は小さく薄暗い。日差しから逃れられたことがオイヴァには一番有り難かった。

「その暑苦しい服、脱げよ。見てるこっちまで暑くなる」

 そう言いながらゼンは自分もマントを脱いで、壁に打ち込まれた杭にそれを掛けている。

 マントを脱いで露わになった男娼の姿をオイヴァは観察した。この砂漠の国の民の多くがそうであるように、ゼンの髪は黒く、肌は白くない。そしてその色調を裏切るような琥珀色の瞳が印象的だった。全体の雰囲気としては身体を売り物にする人間にしては色香や妖艶さが乏しく、かと言って客に媚びる態度も取りそうにない。おそらくこの仕事に向いていないだろうなとオイヴァは憶測した。

 オイヴァは大人しくゼンに従い、正装を解いた。汗で肌に張り付いたズボンも脱ぎ捨てる。それでも肌に触れる空気が熱い。自分の身体から熱を発していて、周りの空気を温めているかのようだった。

「拭いてやるよ。向こうを向いてな」

 ゼンは桶に入っていた水で手巾を湿らせるとそれを固く絞り、オイヴァを寝台に座らせて背後に立った。水に触れてひんやりとしたゼンの手がオイヴァの肩に触れ、濡れた手巾が肌を滑りながら身体の火照りを冷やしていく。

「……場末の娼館にしては、サービスがいい」

「そんな汗だくでベッドに入られたら堪らないからな」

 なるほど。汗だくの男に抱きすくめられるのはたしかに気持ちのいいものではないだろう。

「ゼン、と言ったか。手が冷たいな」

 それが今のオイヴァの身体には心地いい。

「あんたの身体が熱すぎるんだよ。あのままもう半刻も歩き続けてたら、ぶっ倒れてたぞ」

 金目当てで声をかけてきたのだろうと思っていたが、どうやら多少の親切心もあっての客引きだったようだ。オイヴァはゼンに対して少し心を許す自分を感じた。

「で、どうする? やってもやらなくても、金は貰うぜ。コップ二杯の水には、ウチじゃ値段が付かないからな」

「……とりあえず、触らせろ」

 オイヴァはゼンの身体に手を伸ばした。たぶん、その身体は今の自分よりも体温が低い。オイヴァは少しでも自分の身体の熱を冷ましてくれるものに触れていたかった。

「お触りだけの値段なんか無いぞ。正規料金でいいな? ああ、時間外の割増料金も」

「……金に煩いやつだ」

「これで食ってるんだ。しようがないだろ」

「わかった。お前の言い値で払う。払ってやるから好きにさせろ」

 そう告げると、ゼンは抗う素ぶりを見せていた身体の力を抜いた。オイヴァは邪魔な衣服を剥ぎ取り、ゼンの肌に触れた。


「あんたの国じゃ、みんな髪はこんな色なのか?」

 ゼンの滑らかな胸に頬を当てていたオイヴァに、ゼンが話しかけた。オイヴァは服を脱がせたゼンの身体を撫で回したり、肌と肌を触れ合わせるだけでゼンの肝心の場所には触れていなかった。性的な目的の愛撫もなく、男とただ肌を密着させているだけの時間が気恥ずかしかったのだろう。世間話でもして間を保たせようという意図が透けて見えた。

「金の髪の者は多くはないが、そう珍しくもない。茶髪も赤毛も、黒髪もいる」

 オイヴァはゼンにその金の髪を触らせながら言った。ゼンの細い指は、所在無げにオイヴァの髪を弄んでいる。オイヴァの髪はたしかに見事な黄金色だった。王家の象徴であるその色を、兄が激しく妬むほどに。だからこそオイヴァは、他の王族や貴族の男子とは違い、己の髪を短く切っていた。

「ふうん。で、みんなこんなに体温が高いのか? あんた、陽に当たり過ぎて体温が高いんだと思ってたけど、異常だよ、これ。体質か何かなのか」

 人間のゼンからすれば、オイヴァの体温は高く感じるだろう。逆に今のオイヴァにとってゼンの体温はひんやりと心地良い。

「ゼンの身体も少し熱くなってきた。……ここはどうなっている?」

 オイヴァはなんとなく話題をそらそうと、今まで触れていなかったゼンの股間に手を伸ばした。するとそこは、意外なことに反応を示していた。

「あっ」

 思わずと言った風情で声を漏らしたゼンは、こんな場所には不似合いなほど初々しかった。そこを立ち上がらせていたことと、声を聞かせてしまったことを恥じているのか顔を紅くしている。

 その困ったような拗ねているような表情をもっと見たくて、オイヴァはゼンの身体の上で伸び上がり、小さな顔を覗き込んだ。

「だって、あんたが、ずっと触ったり鼻を擦り付けたりしてくるから……!」

 そのじれったさで感じてしまったらしい。あんたのせいだ、と責任をなすり付けてくる人間のことを、可愛らしく思う自分がオイヴァは不思議だった。

「オイヴァだ。私の名はオイヴァ」

「……オイヴァ?」

「そうだ」

 上出来だ、とばかりにオイヴァはゼンに微笑みかけた。ゼンはそんなオイヴァを見て目を丸くし、すぐにその目を逸らした。その瞳が自分から逸らされてしまったことを、オイヴァは少し残念に思った。

「これはどうされたいのだ? 出したいのか、それともお前は挿れられたいのか」

「……俺の意思はどうでもいい。あんたの……、オイヴァの好きにすれば良い」

 オイヴァはゼンの希望を言わせたかったのだが、名を呼んでくれたことには気を良くした。なので、ゼンの身体が喜びそうなことを自分で探り当てることにした。それは普段のオイヴァからすればかなり珍しい行動だったが、本人はそうすることに何の違和感も感じなかった。


◆ ◆ ◆


 一方、自らオイヴァをこの部屋に招き入れたはずのゼンは今の状況に戸惑っていた。

 大概の客は男娼を拘束する時間分の代金がもったいないという理由から、部屋に入ってすぐにゼンを四つん這いにして目的の場所に己の昂りを押し込むことに専念する。客に出すものを出させて、その対価として金を受け取る。それがゼンの仕事だった。

 こんな風に、身体を触られるだけなんて商売はしたことがない。その上、ただ肌と肌を触れ合わせているだけで感じてしまうなど、自分でも信じられないことだった。

「アッ、ちょ、っと! 俺は、いいから! ヤルんなら、さっさと突っ込めばいいだろ……!」

 オイヴァの大きな手が明らかに意図を持ってゼンの中心を包み込んできたのを感じ、ゼンは焦った。

「好きにして良いと言ったはずだ。それに私はまだ勃っていない」

 ゼンは思わずオイヴァの股間を見た。下着姿のオイヴァの股間には膨らみがあり、たしかに息づくモノがその存在を主張していたのだが。

「ほら。触ってみろ」

 手を引かれて無理やり触らされたモノは、まだ硬くなっていなかった。だが、勃たせてもいないのに、大き過ぎる。その大きさにゼンは思わず息を呑んだ。

「それでまだ勃ってないって、どういう……。や、ヤル気ないならもう帰れよ!」

 それが屹立した状態を想像して、ゼンは思わずみすみす客を逃すようなことを口走っていた。金は欲しいが、そんなモノは入らない。ゼンの瞳に不安の色が浮かんだ。

「ゼンの声を聞いていれば勃つから大丈夫だ。お前の好きなところを探そう」

 先程まで具合が悪そうだったオイヴァは、ゼンとは対照的にこの状況を愉しんでいるようで、すっかりその気になっている。

 大きく熱い掌がゼンの薄い胸をまさぐり小さな胸の粒に触れると、柔らかく解すように指で揉み込んだ。

「い、やだっ。そんなとこ、……触るなっ……!」

 ゼンはそれまでぞんざいな態度と蓮っ葉な言葉で武装していたが、実のところこの店ではまだ数回しか客をとっていなかった。この娼館に来て日が浅いこともあるが、人気のある男娼とは言い難かったのである。

 そのため、乳首を触られた経験は数えるほどだった。ゼンを抱いた男たちは、ゼンの快楽にはまったく無頓着で、ゼンの仕事はただ苦痛に耐えるだけのものだった。ゼンは、そんな場所を触れられ苦悶だけではない声を上げる自分に戸惑った。

「んぅっ、いた、痛い……。そこ、もう引っ張るの、やめ……。やだぁ」

「もう少し我慢しろ。ほら、紅く可愛らしく染まってきたぞ。美味そうだ」

 そう言ってオイヴァは紅く染めたゼンの乳首をぱくんと唇に咥えてしまった。いたぶられ腫れ上がった乳首にオイヴァの熱い舌が触れている。そのチリチリとした痛みを癒すように胸の先に優しく舌を押し当てられ、ゼンは痛いのか気持ちがいいのかわからなくて混乱した。

「あ、あぅ。いや、や、いや……」

「何がいやなんだ?」

「胸……も、取れる……」

「これのことか?」

 オイヴァが口に含んだ乳首に軽く歯を立てた。

「やぁッ……! イっ、やめッ……!」

「気持ちがいいんだろう? ほら、こっちはちゃんと立ち上がっている」

 そう言って触れられた性器はたしかに自分の先走りでべたべたになっていた。

「これ以上弄ると本当に泣かせてしまうか」

 今更なにを。ゼンは乳首を弄られただけで取り乱す自分が情け無かった。だが、こんな風に触れられるのは慣れないのだ。ただ痛めつけられる方がよっぽど気が楽だった。

 乳首が解放されてほっとしたのも束の間、ゼンは体勢を変えて腰を持ち上げさせられた。そしてその箇所に触れた物の感触に驚愕した。もう突っ込まれるだけで終わりだと思っていたら、そこにぬるりとした熱い感触があったのだ。それはつい先程まで自分の乳首で味わっていた感触と同じで、オイヴァが自分の窄まりに何を差し込んだのかゼンはすぐに思い至った。

「やっ、やだ! だめだ……! そんなところ、やめッ、……ンっ」

 暴れるゼンの腰をオイヴァは押さえつけ、舌を奥へ奥へと入れてくる。尻の割れ目にはオイヴァの吐息がかかるのを感じる。そんな屈辱的な姿を確認する勇気はなく、ゼンは背後を見ることができなかった。力強い腕に押さえつけられ逃れられないと知ると、ゼンは自分の腕に顔を埋め、穴の中を生き物のように動き回る感触と羞恥に必死で耐えた。

 男娼の尻の穴に舌を入れる客など聞いたことがない。ゼンは思った。こんなのはまるで獣だ。獣が捕らえた獲物を捕食する前にいたぶって遊ぶように、ゼンの身体はオイヴァに好きにされて貪り食われてしまう。

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