十九ページ目・特殊委員会

『今年もこの季節がやってまいりました!

1年生限定の優秀な生徒達が競い合うブルーム・フェスティバル!!

今年は選りすぐりの8人が登場です!』


熱のこもった実況を得意とした2-Cのヤットルッド = クロンクビストの手振りであちこちで花火が打ち上げられ、エウレカ学園の生徒や学園外からの来客が集まって闘技場は瞬時に満杯になっていった。

因みに、選抜特待生アルティマニアのユリウス、プロスペル、エリスは特設された観覧席で試合を観戦している。


「ひ、人の数が………」


驚くエリスとは対照的にユリウスは楽しそうに人混みを眺め、一瞬だけ視線に殺気を籠めたことでエリスはいつも以上に緊張していく。


「当然だろうさ。

使い捨ての雑魚を集めるのは楽だが、優秀な手駒は一から育てるかこういう場でスカウトするに限る。

光と闇、どちらも注目している場は案外多いものだよ」


ユリウスは笑みを浮かべてはいるものの、視線は全くエリスの方に向けられることなく観客に注がれていた。

探し物か、警戒か。

どちらにせよ、ユリウスはあまりブルーム・フェスティバルには興味がなさそうということだけをエリスは理解した。


「じゃあ、光太郎君にスカウトが……?」


「どうだろうねぇ。

キサラギは勝ち進むだろうが、あくまでもグレイプニルが常軌を逸してるだけだ。

グレイプニルを奪いにくる輩は居ても、魔力のない光太郎をスカウトするメリットがない」


強力なのはあくまでも、アルカナナンバーやグレイプニルのような聖遺物。

光太郎自身には大した価値はない、と非情にもユリウスは切り捨てるように笑った。


「………」


エリスは頷かず、祈るように光太郎を見つめる。

いくら闘技場から出れば傷がなかったことになるとはいえ、過度のダメージは精神に多大な影響を与えることもあり得る。

その対策として、ルール違反スレスレの薄い強化魔術を掛けてはみたがあまり期待できないだろう。


「さて、お手並み拝見といきたいところだが──」


ユリウスは品定めをするように試合を見ようとした瞬間、


『王国審議長のイザベラと』


『同じく王国審議長のイザベルは如月光太郎を特殊委員会キングス・コールに召喚することを宣言します』


『消え去れ!』


唐突に現れた黒づくめの衣装に身を包む女性二人は瞬時に光太郎と共に消え、ユリウスは詠唱が間に合わなかったことを悟った。

無属性特殊魔法・ディスペラータ。

一般的な相反する魔術や魔法をぶつけて打ち消すものではなく、魔法そのものの発動を棄却するユリウスの魔法は刹那の差で転移魔法を防ぐことが出来なかった。


「クソ、私を超えたか………!!」


本来の90%を封印されているとはいえ、それでも尚詠唱速度はゼネフィア王国トップクラスとされている。

だが、詠唱速度だけならユリウスは自分以上の人間がいることは理解していた。


「ユリウス、さん………?」


エリスの問いかけにユリウスは眼鏡を外してから目頭を押さえ、数分沈黙してあらゆる感情を抑え込む。

情報演算は必要だが、オーバーヒートでは意味がない。


「──大丈夫だ。

私達も特殊委員会キングス・コールに行くとしよう」


数分後、ユリウスはいつもの冷静な自分を取り戻し、エリスを連れて特殊委員会が開かれるゼネフィア王国の会議室へと向かう。

いつものユリウスと安心したエリスは笑みを浮かべるも、


『愚かな、アルカナナンバーよ』


「ユリウスさん!!」


「くっ───」


ユリウスの背後から迫る凶刃には、気づくことは出来なかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「──要するに、特殊委員会はアルカナナンバーに関する重要な決議を行う場となります。

その為には、アルカナナンバー全員の出席が必要なので急遽召喚させて頂きました」


ユリウスが襲撃されてから十数分。

イザベルとイザベラが会議室で光太郎に懇切丁寧な説明を行い、光太郎は漸く自分が召喚された意味を理解した。

だが、光太郎の理解はしても納得はしていない様子にイザベラとイザベルは僅かに怪訝な視線を向ける。


「まぁ、言いたいことは分かったけどよ……

わざわざブルーム・フェスティバルに乱入してまで呼ぶ必要はあったか?

俺としては、バイクが欲しく───」


「それでしたら、光太郎様には特注のバイクをご用意しておきました」


なんの前触れもなく現れた漆黒のバイクを前に光太郎の思考は硬直し、思わずバイクに手を触れる。

洗練されたデザインに加えて可能な限り空気抵抗を無くした車体。

耐魔力、耐熱、耐水etc………と頑丈さは問題なし。

最高速度500kの大型バイクは燃料として電気、魔力、水のどれかで補充できる上、自動召喚機能付きと他にも色々と付属された逸品としての威光を感じた。


「えっと、あんた達が……?」


まさか、と振り返る光太郎の期待にイザベラとイザベルは小さく首を横に振って否定する。

となればユリウスだろう、と思う光太郎だったが、


「いえ、私達ではありません。

特注のバイクはアヴリル教授からのプレゼントです」


「あ、あ、アヴリ───」


「何か用?」


あまりにも予想外過ぎる回答に光太郎は偶然通りかかったアヴリルの肩を掴み、


「お前なぁあああ………ッ!?」


「いきなりなんなのよ………!?」


自分の抱えた様々な感情を遠慮なくアヴリルにぶつけるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



ブルーム・フェスティバルで勝っても負けても、バイクは手に入るって訳か」


本来なら簡単に手に入ったと分かれば、光太郎の口からは溜息しか出てこない。

体力をかなり削って放つグレイプニル頼りで戦う、となれば少しは不安を抱えてしまうのは仕方ないだろう。


「仕方ないでしょ?

グレイプニルは確かに強力だけど、アンタを含めて今回のブルーム・フェスティバルに出てきた奴の中に窃盗系専門の生徒がいたの。

本来なら教授が許可することはないんだけど、グレイプニルが手に入ると思えば、ってことでしょうね」


「でも、アヴリル……」


「教授」


そう呼ばないと絶対に許さない、とばかりに立ち止まって真正面から光太郎を睨みつけるアヴリル。

ただ残念かな、身長の差から兄を見上げる我儘な妹のようにしか見えない。


「アヴリル、教授。

グレイプニルってそんなに欲しいものなのか?」


「そりゃあね。

グレイプニルは高ランクのアクセサリーだし、アンタみたいな魔術や魔法が使えない連中、使えても基礎魔術で精一杯な奴にとってはかなりの逸品。

それに」


「それに?」


「多くの武器や防具、ポッピンを作成する時に貴重な素材の代替素材にすることもできるわ。

そういえば、ポッピンは説明できるかしら?」


「ああ、ポッピンって種類が豊富な体力とかを回復する道具だろ?」


説明出来ないと思い込んでいたアヴリルは心底不快そうな顔で溜息を吐く。

教えた覚えは一切ないが、どこかで見聞きしたのだろうと思うと複雑な顔になってしまった。


「間違ってはいないけど………、まぁいいわ。

細かいところは授業で学ぶとか自習しておきなさい」


「了解。

待たせてるだろうし、行くか」


感情を飲み込んでアヴリルはそっと手を差し出し、光太郎は意味が分からずも優しく手を握り締める。

特殊委員会は片方がアルカナナンバーを所有した男女一組で参加すること、との規定があるにせよ、光太郎の表情は硬い。


『──エリスと行きたかったんでしょう?』


「はぁ!?」


緊張しながら会議室に向かって歩く中、唐突に艶のあるアヴリルの言葉が誘惑するように脳内に響き渡る。

悪戯好きのアヴリルを警戒しておくべきだったと思うには、あまりにも、遅過ぎた。


「ねぇ、はっきり言ってくれても良いんじゃない?」


「うるせぇよ!

ほら、遅刻したら困るだろ……!」


アヴリルのニヤケ顔は一向に収まりそうになく、必死に明言しないように堪えながら光太郎はアヴリルの手を引いて会議室に入っていくのだった。

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