十八ページ目・その眼差しの先にあるもの

「静かに。

明日の予定だけど───」


それから教授はアンジェリーヌを無視して話を続いていたものの、先程の衝撃を受けて光太郎の耳には全く入ってこなかった。

プロスペルが見せつけた輪のようなカードは恐らく、アルカナナンバー10・運命のWheel OfFortune

これにより、1-Eにはアルカナナンバーの所有者が少なくとも3人いることが分かった。


「実は俺もとかないよな………」


実はお馬鹿クラスと思わせて選抜特待生アルティマニアの隠れ蓑、なんていう事態は勘弁願いたい。

流石に皇帝クラスの人間はそう居ないだろうが、選抜特待生アルティマニアの戦力図を知らない光太郎は恐ろしくて仕方なかった。


「……光太郎君?」


珍しく顰めっ面で天井を見上げる光太郎を心配したのだろう、エリスはゆっくりと光太郎の肩を揺さぶってみる。

1回、2回、3回。

4回目、となる前に光太郎は我に返って、


「あっ、え、エリス?」


「教授の話、聞いてませんでしたね?」


咎めるように問いかけるエリスに光太郎は力なく項垂れた。


「……ああ。

アルカナナンバーのこと考えてた」


「アルカナナンバーを?」


「あいつがアルカナナンバーの所有者、ってことは、このクラスにアルカナナンバーを持ってる奴が他にもいそうだって思ったからさ」


「いえ、多分それはないと思います。

アヴリル教授から1-Eには私と光太郎君を含めて3人、と通達されたので」


ユリウスさんではありませんから、と自信満々に答えるエリス。

少しユリウスが可哀想に思わなくもないが、因果応報と思って敢えてフォローはしなかった。


「……そういうことにしとくか。

じゃ、そろそろ帰ろうぜ」


「はい、帰りましょう!」


「………いや、ちょっと待ってくれ」


帰宅する準備を始めた生徒達を見ながら光太郎が差し出した手をエリスがしっかりと握り締め、エウレカ学園から外へ出てすぐに光太郎は夜空を見上げた。

日本で見た星空よりも、目を凝らして見ないと見えないような小さな星々で構成されたような夜空。



──似ていても、違うんだな。



光太郎が小さく呟き、無言でエリスが光太郎の手を強く握り締める。

言葉にせずとも想いは通じ合う。

CMでよく見かけるような陳腐なモノと、日本では鼻で笑っていたというのに。


「光太郎君は、どこにいても光太郎君です」


「え………?」


そんな時、エリスの笑顔を見て懐かしい思い出が光太郎の脳裏をよぎる。

長い黒髪で、何度学校でいじめられてもそれを隠すようにいつも光太郎の前では微笑んでいた少女。

身体的特徴も、声も、何もかもが違う。

それでもなんとなく、似ているような気がした。


「ふふ、何でもありませんよ。

アヴリル教授が心配しますし、そろそろ帰りましょうか」


「ああ。

それと、お姉さんには見えねぇからな?」


エリスの変化にもしかして、と試しに光太郎が問いかけた直後、エリスは不満そうに頬を膨らませ、


「光太郎君………!」


「待て、魔術使うのは反則だろ……!?」


憤慨するエリスから全力で逃げる光太郎が多くの生徒に目撃されたという。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「徒歩移動、ってのは中々………」


追いかけっこが終わり、光太郎は疲れきった表情でアヴリルに不満を口にしようとリビングで向き合っていた。

だが、光太郎の不満をしっかりと聞いたアヴリルは呆れたように溜息を吐く。


「魔力を使わない移動用のボックスは騎士団と教授に優先的に支給されるし、ただ楽して帰る為に使うのは罰則ものよ。

嫌なら魔法使いなさい、魔法」


「魔法が使えないことを分かって言ってるだろ!?」


「はいはい、悪かったわね。

だとしても、バイクと車、飛行船はかなり高いけど………、払えるの?」


一例だけど、とアヴリルは前置きしてから最低価格の乗り物と一般人の購入可能な最高価格の乗り物が記載されたカタログを光太郎の前に広げてみせる。


「───け、桁が、3つおかしい」


光太郎はカタログを自分の手元に寄せ、乗り物の最低価格の数字の桁をゆっくりと数えていった。

1.2.3.4.5.6.7.8.9。

これは乗り物の最高の値段だろうと思いながら最高価格を見た瞬間、0が3列目に突入していた。

確かに商品は全てにおいてピンキリだが、あまりにも桁が一般人の感覚を凌駕している。


「せめて1つ多い、って言いなさいよ。

ま、ただで手に入る方法はなくはないけどね」


アヴリルはワザとらしく札束を机に軽く叩きつけ、煽るように光太郎を嘲笑う。

余談だが、教授の給料はこの国の中では二番目に高いとされる。

この札束ですら、アヴリルにとっては端金に過ぎないかったことを光太郎は後に知ることになる。


「ただで………!?」


「ええ。

来週に開催される1年生限定のトーナメント。

その優勝商品に今年は特注のバイク製造権とエネルギーボックス10年分が貰えるわ」


エウレカ学園の生徒全員ではなく、あくまでも1年生限定となれば自然と光太郎のやる気が溢れ出る。

The Foolの力を使えば勝てる可能性はなきにしもあらずだ。


「トーナメント……、楽しそうだな」


「The Hanged Manを探してきて欲しくはあるけど、アンタも困ってるようだし。

特別に参加を許可するわ」


呆れながらも推薦状と思わしき書類にアヴリルがサインし、光太郎に投げ渡す。

面倒臭がりな面があるアヴリルでも、こうしてみると曲がりなりにも教授なのだと光太郎は改めて実感した。


「よっしゃ!

そういえば、トーナメントでアルカナナンバーって使っても良いのか?」


「はぁ?

アルカナナンバーの使用を許可してないでしょうが」


「え……?」


念の為に聞いた光太郎の表情が徐々に固まっていき、可哀想と思ったのかアヴリルは白銀のリストバンドを光太郎に手渡した。


「悪いけど、今回はこっちね。

王者の証King code用に作られたアルカナナンバーは出力が段違いなのよ」


王者の証King code………」


また一つ、疑問が増えていく光太郎に同情しながらもアヴリルは説明を敢えて省く。

光太郎に逐一丁寧に説明しても良いのだが、複雑な状況を理解できる程光太郎はまだこの世界には慣れていないとアヴリルは判断したからだ。


「ま、今はトーナメントに勝つことと、それを使いこなすようになりなさい。

相手への物理攻撃禁止とか馬鹿らしくて仕方ないわ」


「アヴリルは魔法専門じゃねぇの?」


──刹那、アヴリルはこの世のものではないものを見たような表情を浮かべ、呆れたように再度溜息を吐く。


「アンタ馬鹿ぁ?

教授は凄いように思ってるみたいだけど、アタシは毒の専門家ってだけよ。

魔法は何となく覚えたし、努力したのは毒が通じない相手をどう毒殺するかってぐらい」


(レベルが違い過ぎんだろ………ッ!)


アヴリルは毒特化とはいえ、移動魔法を使えたことから毒以外は使わないだけで実際は色々使えるのだろう。

プライドかは知らないが、余程のことがなければ使う気がなさそうな点を除けば。


「ユリウスには効かなかったけどね」


「そうだろうねぇ。

アヴリルが新しい毒を学ぶ頃には、私がとっくに耐性を得ているのさ」


全く敬意を払わず、自慢げに語りながら唐突に現れるユリウスにアヴリルが無詠唱で紫毒の弾丸タランチュラを撃つも、自動で展開された水色の障壁がユリウスに触れる前に完璧に無効化されてしまう。


「本当に腹立つ!

アンタってばあの時も───」


何度紫毒の弾丸タランチュラを撃っても障壁は壊れず、止むなく武力から言論に戦いの場を移していった。

無論、アヴリルにとっては屈辱ものである。


「仲良いな、あの二人」


「ふふ、そうですね」

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