十七ページ目・オリエンテーション

「乗り物でも、ありゃ、良かったけどよ………」


エウレカ学園にある1-Eと書かれた教室の前で荒い息を吐き、光太郎の額に流れる汗をエリスがハンカチで拭う。

アヴリル邸からエウレカ学園までエリスをおんぶしながら移動していたが、かなり体力が減ってしまった。


「贅沢はダメですよ、光太郎君。

確かに、私はずっとおんぶされていましたが……」


最初は断っていたが、光太郎に押し切られて結局は善意に甘えることにしたエリスは咎めるように、


「──光太郎君がする、って言ったんですからね?」


「まぁ、そうだけどな」


光太郎は自分から言いだしたのだから、と苦笑するとエリスから借りたアルカナナンバーの入ったカードケースを握り締めると中に入っているThe High Priestessの力ですぐに疲れが消えていき、聞いていた治癒とは別物の力に光太郎は驚きを隠せない。


「The High Priestessってこんなに凄いのか……!?」


「はい!

今の光太郎君なら、治癒魔術よりもThe High Priestessの効果の方が良いと思って………」


エリスの説明によると、The High Priestessの特殊能力の一つに所持するだけで肉体の自然治癒の速度を劇的に向上させることができるという。

ただし、あまりにも酷い怪我や呪いなどには向かないらしいが、エリスの負担なく体力を回復させられるのはありがたい。


「治癒魔術はかなり大変なんだろ?

The High Priestessを持つだけで治るならこうしとく方がエリスの負担にもならないしな」


「いえ、問題はありませんよ……!?

光太郎君の為なら、頑張れますから」


「?」


頬を赤らめたエリスを不思議そうに見つめる光太郎。

幸い、新入生ということも相まって騒がしくなっていたことでそういった雰囲気に察した者は居なかった。


「はい、静かにして。

今からオリエンテーションを始めるわ」


その直後、ヒールの音を響かせながらパンツスーツ姿の女性が教卓の前に立ち、騒がしいとばかりに教卓に黒のバインダーを叩きつける。


──刹那、あれ程騒がしかった教室内が一気に静まり返り、光太郎は思わず息を飲んで様子を伺った。


「最初に言っておくけど、あなた達は一番下。

追われるのではなく、強者を無様に追いかけていく立場にあるわ。

1-Eの分際で映えあるエウレカ学園の一生徒を名乗るのであれば、卒業まで生き恥を晒していることを自覚しなさい」


「先生!

そのような評価、撤回して頂けませんか?」


「……クズの分際で、楯突くの?」


「ええ、私は不当と思えば楯突きますよ。

特に、人をクズ呼ばわりするような底辺教授には」


犯罪には手を染めていなかったが、度重なるサボりや授業の途中退室などで毎回説教を受けていた光太郎にとって、この程度は怒るに値しない。

だが、不本意ながらもこのクラスに所属しているのだろう、神経質そうな銀髪の少女が冷徹な眼差しで見つめる教授と真っ向から睨み合っていた。


「出た、真面目気取りのアンジェリーヌ。

黙ってれば良いのに………」


「高貴なお家柄のアンジェリーヌ・バイル様には俺達庶民の常識が通用しないに決まってるだろ?

見守ってあげなきゃ可哀想じゃん」


「うっわ、酷くな〜い?」


三人組が嘲笑したのを皮切りにクラス中がアンジェリーヌを笑い、悔しそうに震えるアンジェリーヌを見かねて光太郎が立ち上がろうとした瞬間、


「辞めときな。

あのお嬢様は庇われるのが大っ嫌いなんだ」


頬、額、鼻、指、首と至る所に絆創膏らしきものが貼られている男は呆れたようにアンジェリーヌを眺めるとプロスペル・キコワーヌと書かれた名刺を光太郎に向けて投げ渡す。


「いや、そういったって………

えっと、占い屋プロスペル店主、プロスペル──」


受け取った光太郎が名前を読んだと同時に続きを言わせまいとわざとらしくプロスペルは溜息を吐いた。


「ん、どうした?」


「ほぅ、コウタは理解が早いな。

お前ならファミリーネームを出さないと事前に占っていたが、やはり俺は素晴らしい」


「そりゃ、どうも………

でも、見てるだけって良くないだろ」


自慢げに笑うプロスペルに戸惑う光太郎。

ナルシスト気質な人間はあくまでも創作物の中だけだと思っていたが、こうして見るとそうでもなさそうに感じる。


「まぁまぁ、此処は俺を信じてみろよ」


ノリは軽そうでも、相手を信頼させるような優しげな瞳。

だが、光太郎はプロスペルに微かな違和感を覚えていた。


「酷くなったら助けに行くからな………?」


「ま、そうはならないだろうけどな。

仮に俺の占いが外れたら好きにしてくれ」


不安がちに尋ねる光太郎にどうせ外れないだろうけどさ、と派手に笑うプロスペル。

彼が何故自ら空気を読まずに高笑いをする理由を光太郎は理解出来ずにいたが、


「あ、あの、そういうことは辞めま──」


「私の問題に、首を突っ込むな……!」


「ほげぇ………ッ!?」


この混沌極まる教室内をどうにかしようと艶のある黒髪を腰まで伸ばした乙女のような姿をした少女、否、少年が震えながら手を挙げ、八つ当たり気味に飛んできたアンジェリーヌの飛び蹴りが彼の股間を直撃する。


「………大丈夫かよ、あいつ」


痛みのあまり激しく痙攣する少年を見て思わず目を逸らしてしまう1-Eの生徒達。

正直、光太郎は同じ男として思わず肝が冷えるような思いをした。

容赦なく金的を狙う女性を見たことはあるが、アンジェリーヌのものは明らかに魔力で強化されたキック。


──痛みは、想像を遥かに超えて筆舌に尽くしがたいものだと光太郎は確信した。


「──だから、言ったろ?」


「アルカナ、ナンバー………!?」


占いに使う道具なしで予想を見事に的中させた占い屋、プロスペル。

彼が得意げな表情で見せつけてきたカードに光太郎はより一層警戒心を強めたのだった。

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