十六ページ目・新たな目的

同時刻、アヴリル邸。

The Emperorと別れた光太郎は無理矢理エリスに引きずられながらアヴリル邸に戻ってきた。


「二人共ご苦労。

それと、キサラギには個別に話したいことがある」


光太郎が帰ってきて早々、面倒な偽物のに関してのレポートの作成を中断したユリウスはエリスにリビングで待つよう視線で促し、光太郎を連れて客室へと移動する。

アヴリル邸の客室は50を超えると自慢げにアヴリルが語っていたが、光太郎は改めてアヴリルの資金力に驚きを隠せない。

そんな光太郎とは対照的に、ユリウスは適当に選んだ部屋に入ると光太郎が入ったと同時に指を鳴らして結界を作り出す。


「………何だよ」


盗聴対策が済んだと見た光太郎はユリウスを睨むように見つめ、ユリウスは涼しい顔で受け流す。

The Hanged Manの一件で腹立たしいものを感じたが、それに対する糾弾をするような状況ではないことを光太郎は理解していた。


「単刀直入に言うとしよう。

さっきのようにお前が敵を殺さなければ、エリスは死ぬぞ」


当初、ユリウスからの非難は甘んじて受けるつもりだった。


──だが、あまりにも。


あまりにも理不尽な話に、光太郎の感情は爆発する。


「おかしいだろ!?

どうして、エリスが………」


「先程王国議会で決定されたことだ。

普段なら役立たずのThe Foolが当代においては最強の一角に届く可能性が高い以上、エリスを人質とすることが反乱への抑止力になると考えたらしい」


椅子を蹴倒して立ち上がる光太郎と全く動じないユリウス。

だが、淡々と説明しながらもユリウスも納得いかないのだろう、話すうちに握り拳に力が入っていく。


「………そんな」


立ち上がって呆然としている光太郎から目を逸らさず、ユリウスは話を続ける。


「王国議会の決定事項は簡単に覆せるものではないからね。

大方、情報屋から仕入れた情報を選抜特待生アルティマニアの人間が売り払ったのだろうさ」


「そいつに、心当たりは?」


「────アルカナナンバー・13」


恐る恐る尋ねてきた光太郎にユリウスは上着のポケットから大アルカナを取り出し、丁寧にシャッフルしてから一枚のカードを光太郎に見せつけた。


「え?」


「The Hanged Man。

売った可能性が高いのは、奴しか思い当たらないね」


光太郎の間の抜けた声を聞いて思わず吹き出しかけ、自信に満ちた表情で答える。

あたかも、確証を持っているかのように。


「The Hanged Man………!?

偽物って言われた奴じゃなくて、本物の?」


「勿論。

The Hanged Manは毎日死の寸前まで肉体と精神を追い込むような使い手なら恐ろしい程の強さを誇るが、楽して強くなりたい場合は最悪のカードだからさ」


ユリウスは過去を振り返るように楽しそうに語り、徐々に嘲るような笑みに変わっていく。

The Hanged Manの栄光と失墜を間近で見ていたユリウスとしては、嘲笑なしでこの一件は語れない。


「なるほどな………

でも、俺を売って何の意味が」


「それについては至極単純。

自分より強くなる可能性のある人間の足を引っ張るのが奴の趣味なんだよ」


「最悪だな」


ユリウスの説明を聞いて露骨に嫌悪感を示す光太郎。

性格上、与えられた力に過信せずに自分の努力で勝ち上がろうとする光太郎がThe Hanged Manを嫌うことは目に見えている。

その為、ユリウスは光太郎を煽るように更に言葉を紡ぐ。


「しかも、自分が勝てないと思った相手には徹底的に媚び諂うから尚気持ち悪い。

あの時は粋が───」


得意げに当時のことを語ろうとした瞬間、アヴリル邸にクレーターが出来そうな激突音が響き渡り、ユリウスは結界を解除して逸る光太郎を先に向かわせる。


「おい、大丈夫か………!?」


「な、何とか………大丈夫」


かなり勢いよく大地に打ち付けられた衝撃で少年は力を振り絞って身体を動かそうにも上手くいかず、


「あぐッ………!」


「いや、大丈夫じゃねぇよ……!

取り敢えず屋敷に入っとけ、な!?」


身体を揺さぶらずに光太郎は少年に強く訴えかけ、少年は申し訳なさそうに頷いた。

光太郎の熱意に気圧された形となったが、このまま生き絶えるよりかは彼に委ねることを選んだらしい。


「そ、そうかな……?

じゃあ、お言葉に甘えて」


「そういえば、名前は?」


光太郎はゆっくりと彼を背負い、アヴリルへの元へ急ぎながら気になっていたことを口にする。

唐突かつ予想外の質問に少年は数秒固まった後、


「僕はマイケル……、じゃないや。

アーヴィン・ハインケルト。

出来れば、これからも宜しくね」


優しげな声音で微笑みながら自身の名を告げるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


──数時間後。

アーヴィンを連れて自室に訪れた光太郎を室内に入れ、入室と同時に疲労で寝落ちた光太郎が目を覚ました頃にはアーヴィンの治療は終わっていた。


「思った以上に酷い怪我よ。

正直、生きている方が奇跡ってくらい」


光太郎が目覚めたことを確認し、呆れながらもアヴリルは丁寧に説明する。

だが、光太郎が全く知らないような専門用語の羅列でその殆どが分からなかった。


「アーヴィンは助かる、か……?」


「ええ。

代わりに、一年は療養して貰わないと」


光太郎の問いにアヴリルは自信に満ちた笑みを浮かべ、光太郎はそっと胸を撫で下ろす。

いくら異世界とはいえ、瀕死に近い傷を一瞬でリスク無しには治せない。

そんな甘い考えを持っていた光太郎は無言で自分の浅はかさを恥じていた。


「そっか………

でも、一年ならまだ良い方だね」


「アーヴィン!

寝なくて平気なんかよ………!?」


「うん、アヴリル教授のお陰で今は大丈夫。

講義を受けられないのは残念だけど」


ベッドから身体を起こしたアーヴィンは光太郎に微笑みかけ、安心させるようにぼやいてみせる。

必修単位とされている模擬戦を落単することで留年は確定してしまったが、


「ま、仕方ないわよ。

生きてるだけマシだと思ってなさい」


アヴリルの言う通り、こうして生きている。

それに、実家の農業を継ぐことに決めた以上、学園内での成績は然程気にならなかった。


「そうですね、アヴリル教授。

僕は療養に専念しています」


「それじゃ、また後でね」


思ったよりも元気なアーヴィンにアヴリルは安心し、光太郎を連れてリビングに戻る。

本来ならとっくの昔に連絡事項の説明をしていたところだが、疲労困憊の光太郎と瀕死のアーヴィンというイレギュラーもあって数時間遅れての説明が始まった。


「……って訳だから。

光太郎とエリスはオリエンテーション、ユリウスは忘れずに会議に出席しときなさいよ」


数十分に渡る説明の後、アヴリルはユリウスに釘をさすように睨みつける。


「私よりもキサラギに言うべきだろう?」


「悪いけど、サボリ魔のアンタよりも光太郎の方が信じられるわね。

それに───」


不満そうなユリウスに呆れながらもアヴリルはエリスに視線で促し、エリスは両胸で光太郎の腕を挟むように抱きついた。


「え、エリス?」


いつもなら恥ずかしさのあまり、一目散に逃げ出してしまうエリスを光太郎が見つめても一切動じない。

疑問符が光太郎の脳内を支配する中、


「一緒にオリエンテーション、ですからね?」


監視役可愛いお姉さんも付けたから大丈夫でしょ」


自信満々に微笑む女性陣。

だが、ユリウスは天を仰ぎ見るように大袈裟に視線を逸らし、


「……これには憐れみを感じざるを得ない」


お姉さんという割には小さな背丈を一瞥して吹き出しかけた。

これでは腹違いの兄妹の方が余程似合っている。


「うるせぇな!

それじゃ、遅れないように出発しようぜ」


「は、はい………!」


照れ隠しに光太郎が怒鳴るとエリスと共にエウレカ学園に向かい、姿が見えなくなってからアヴリルはアーヴィンを見つめる。

偽物のThe Hanged Manの使い手とユリウスから聞いているが、偽物のアルカナナンバーを使ってまで何を求めていたのか。


「───良かったの、アーヴィン?」


当事者が居ない今、アヴリルは問い詰めるように尋ねる。

誤魔化しても答えなくても良し。

ただ、アーヴィンの反応が見たかったのだ。


「さぁ。

少なくとも、姉さんが生きているなら幸せですよ」


アヴリルの問いにアーヴィンは苦笑し、自分の考えをそのままアヴリルに伝える。

彼女にとって期待通りの答えかは分からないが、と内心思いながら表情を変えずに自室に戻っていくアヴリルをアーヴィンは静かに見送っていた。


「姉さん、か」


金髪の少女と光太郎に家族関係があるとすれば、初見ならどう見ても姉弟よりかは兄妹と断言できる。

だが、金髪の少女を見ている内に無意識に姉と重ね合わせてしまい、最近病弱となって徐々に背が縮んでしまった姉に深い悲しみを抱くのだった。

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