十五ページ目・悪魔のスイーツ

The Emperor から何とか逃げ延びたマイケルは瀕死の身体を投げ込むように路地裏に飛び込み、異空間の中へ身を投じる。


「どうして、こんな………」


吐血して青白い表情のまま、自己の振り返りに意識を持っていかれていた。

何が悪かったのか。

何がいけなかったのか。

自分の至らぬ点が土砂のように積み重ね、何も考えられなくなっていた。


『やり方を間違えただけだ、マイケル。

落ち込んでも何も解決しやしない』


「じゃあ、どうすりゃ良いんだよ……!?」


『貴様はただ、愚直に行動すれば良い。

一握りの愚者は賢者の思うようには動かないこともある』


そんなマイケルを慰める男の声にマイケルは苛立ち、苛立ちを晴らすだけ為にマイケルは声を荒らげる。

わざわざ自ら体力を消耗させるマイケルに男は呆れながらも、次のカードの贄にする為に発破をかけた。


「分かっ───」


『チッ、乱入ときたか』


──だが。

男が偽物のを回収し、新たな偽物のアルカナナンバーを渡そうとした瞬間、予兆もなく現れた白の魔方陣がマイケルの身体を通過すると一瞬でマイケルの姿が消えていった。

ただ生贄が消えただけなら舌打ち一つで済ませて次を探すのだが、消したのが男の嫌いな人間となれば舌打ち一つでは到底済みそうにない。


「乱入ではない。

我はただ、主君の命じたことを成す」


男が苛立っているのを察し、毒々しい紫と緑色のパンチパーマに敢えて似合わないアロハシャツとジーンズを着た男は彼が唯一忠誠を誓うボスの名を借りて端的に答える。

無論、独特な格好をするのは生贄を奪われた男が仕事での服装を特に気にするからだ。


(エヌマエル、俺の妨害をするのにボスの名前を出しやがって……)


──エマヌエル・カトゥリスキー。

性格破綻者として知られ、お遊び感覚で収監と脱獄を繰り返し、遂には帝国から追い出されるように組織に所属した男。

戦闘力は所属してすぐに武闘派として知られる組織で頭角を現し、残忍さと女性への執着だけはボスを上回っていると言えるだろう。


しかし、面白くないことに新参者のエヌマエルの方が最古参として先代からボスに尽くした男よりも扱いは良い。

その上、最近は調子に乗ったエヌマエルの部下達がエヌマエルの発言はボスの言葉と同等と言い始め、遂には内部でボスを支持する保守派とエネマエルを支持する革命派の抗争が勃発しかねない状況にまで陥っていた。


『まぁ良い、奴から回収出来ただけ良しとするか』


その為、組織の最古参でありながらも保守派にはならず、あくまでも中立を保つことを良しとしていた。

この立ち位置に他の幹部は不満げだったが、物資や資金といった組織の基軸は全て男が握っている。

豊富な人脈、土地、召喚獣を筆頭とした武具の確保も男を仲介させなければ市販品程度の品質だった。

組織の中でエヌマエルが武の中核なら、男はそれを最大限に引き出す智の中核。

中立や敵対する保守派を暗殺することもあるエヌマエルでも、色々な視点から見て男を殺すことは出来ない。


「主君はまた新たなアルカナナンバーを望んでいる。

流通は頼んだぞ」


故に、部下では到底入れないような場所も相まってエヌマエルは男に頼みがある時は自分が行かざるを得なかった。


『……好き勝手やられるのは迷惑なんだがねぇ』


「何か言ったか?」


日頃の不満が溜まりに溜まったのか、小さく呟いた男の声がした方向にエヌマエルが鋭い眼差しで睨みつける。

エヌマエルが地獄耳なことを忘れてうっかり聞かれてしまった男は溜息を吐き、


『何も言ってねぇよ。

お前が居たら売れるものも売れなくなる、とっとと消えてくれ』


「言われずとも。

それと、マイケルには放置」


男はエヌマエルを追い払うように僅かに怒気を込めたものの、放置という言葉に驚きを隠せない。


『……始末、の間違いだろ?』


「違う。

主君は、ゆりうすに居場所を突き止められることを警戒。

あいつ、何をしでかすか分からない」


エヌマエルの真剣な表情に思わず吹き出しかけ、必死に笑いを堪えながら呆れたように内心で呟く。

実際に行動を共にした男の違い、エヌマエルはただユリウスの噂などを知っている程度。

本格的に活動をしていた時の彼を見ていれば、ユリウスがその力で世界を統べないことに疑問を抱くぐらいのものだというのに。


(──見つかるのは時間の問題だな。

前のボスの方が面白可笑しくやれたもんだが、さて)


「聞いているのか?」


脳内でエヌマエルを馬鹿にしていて呼びかけに気付かなかった男は面倒臭そうに、


『一言一句聞き漏らしてねぇよ。

っと、悪いがそろそろ客と会う時間だ。

頼むから早く帰ってくれ』


「我は伝えたぞ」


エヌマエルが帰っていったのを見て、呆れ顔で姿を現す剃髪の男。

彼の胸ポケットに仕舞われていた煙草の箱には紅葉の葉が印刷され、Autumn leavesと耽美な文字で記されていた。


「……煙草でも吸わねぇとやってられん」


喫茶店に到着すると事前に偽名で予約したボックス席の鍵を受け取り、質の高い黒革の椅子にどっかりと座り込む。

室内禁煙とあるが、躊躇うことなく煙草の先に火をつけて紫煙をくゆらせる。

誰が何と言おうとこの時間が至福であり、減っていく煙草を見て僅かな寂寥感を覚えてしまうのだった。


「あ、あの………?」


それから暫くの間吸っていた男は慌てて此方に駆け寄る人影を視認し、名残惜しそうに煙草の火を消して喫茶店のボックス席に小柄な少女を招き入れる。

こういった場所で如何わしい行為などをする輩もいるのだろうが、男には全くその気はなかった。


「取り敢えずケーキでもジュースでも、好きに頼んでくれ」


警戒心と罪悪感で萎縮した少女の前でメニューを広げ、値段に相応しい程の芸術品とも呼べるデザートの数々に少女の食欲を激しく刺激される。

こういった場所では警戒しなくてはいけないというのに。

普通なら絶対に食べられないようなデザートを前に、少女の警戒心は食欲で塗り潰されていく。


「い、良いんですか………!?」


「勿論。

何なら全種頼んでくれたって構わん」


躊躇いがちに聞いた少女に男は満面の笑みを浮かべ、優しい親戚の叔父のように振舞ってみせる。

無論、報酬の未払いはないとばかりに少女の前に札束を置いて、だ。


「じゃあ、お言葉に甘えて………」


少女がベルを鳴らし、ウェイトレスに注文票を手渡してすぐに注文通りのデザートやドリンクが魔方陣から出現する。

普段は中々見れない光景だからだろう、少女は目を輝かせて思わず涎を垂らし掛けてしまいそうになっていた。


「お待たせ致しました。

どうぞ、ごゆっくり」


「美味しそう………!

頂きます!!」


ウェイトレスが去った後、勢いよく食べ進める少女を見ながら男は静かに食事代を暗算する。

今回はデザートに約20万セルシ、ドリンクが1万セルシという代金に食事はかなり安く済ませようとする男から見れば何とも言えない気分にならざるを得ない。


(ま、必要経費としては安い方か)


だが、食事ではなく武具などを請求された場合には、この数万倍は飛ぶ可能性が高い。

そう考えると安いと言えるのだが………、男は諦めたように溜息を吐いて考えるのをやめた。


「ん………、ご馳走様でした!」


食べ終えて両手を合わせ、警戒心のカケラすら感じられない元気な挨拶に男は思わず笑みを浮かべる。

尤も、


「お粗末様でした、ってとこか。

さて、本題に入るわけだが───」


少女が何に困って、何に憧れ、何を欲しているのか。

それを事前に全て調べ上げた男は、一枚のアルカナナンバーを見せて問いかける。


「──新たな力を、どう使う?」

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