十四ページ目・光太郎の信念
──日付は変わり、強い日差しが光太郎の顔を照らすと光太郎はゆっくりと瞼を開けていき、
「……エリ、ス?」
「意外と早く起きたわね、光太郎」
光太郎のベッドにもたれかかるエリスの頭をそっと撫でてやり、アヴリルが揶揄うように笑みを浮かべる。
かなり寝ていたのだろう、思うように身体を動かすには少しばかり時間がかかっていた。
「お、おはよう、ごじゃいまふ………」
「おはよ、エリス。
早く顔洗ってきなさい?」
「は〜い」
眠そうに覇気のない声で返事をしたエリスを苦笑しながら見送るとアヴリルは光太郎に向き合い、
「そういえば、Limit Overは分かる?」
当然知ってるよねとばかりに笑みを浮かべるアヴリルを見て光太郎は強く首を横に振って否定する。
「ま、それもそうよね。
Limit Overは簡単に言うとカードの魔力を全開放して放つ必殺技みたいなものよ。
強力な分、放った後はカードに満タンまで魔力をチャージする必要があるわ」
「つまり、一戦に一度しか使えない、って感じか」
「光太郎の場合はそうなるわね。
自力でチャージするのは不可能なんだし」
大変ねー、と溜息を吐いた光太郎を見て他人事とはいえ大笑いするアヴリル。
優しさとか思いやりといった言葉を彼女は忘れてしまったようだ。
「………大変だな」
「?」
光太郎に憐れまれても一切分からない、とばかりに首を傾げるアヴリルに光太郎は再度溜息を吐いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「──と、言う訳なんだが」
それから光太郎とアヴリルはたわいもない話を続け、いつのまにかアヴリル邸に戻ってきたユリウスが光太郎達にワセランとの話を一部改変して伝えていた。
「The Hanged Manの偽物が奪われた?」
「これについては面目次第もない。
だが、キサラギには良い機会だろうね」
珍しく謝ったと思えば、ユリウスには好奇に満ちた眼差しを光太郎に向けている。
アヴリルは明らかに不快そうにユリウスを睨み、エリスは同情の笑み。
光太郎に至っては、
「良い機会、って………」
首を傾げて理解すらしていなかった。
「ああ、偽物のThe Hanged Manを撃破してくれ」
アヴリルとエリスの予想は悪い意味で的中し、光太郎は心底嫌そうにユリウスを見つめる。
The Foolが思いのほか強力だったとはいえ、次も勝てるかは未知数なのだ。
「倒さなければ生徒達への被害が拡大しかねない状況だ。
キサラギ、お前なら防ぎたいと思うだろう?」
「そりゃあ、そうだけど」
「なら、躊躇う必要はないだろうに。
懸念でもあるのかい?」
「なんか、The Foolの本来の姿とは違うなって。
あくまでも勘だけど、こんなに強くはない気がする」
ユリウスの言いたいことは理解できる。
だが、自分の持っているThe Foolと本来のThe Foolよりも出力や能力が段違いに高いと思えてきた。
無論、光太郎は本来のThe Foolを知らない。
それでも尚、自分のカードケースに眠るThe Foolが異質に見えてきていた。
「──なるほど」
「……あ、気に障ったなら悪い」
「いや、寧ろ逆だとも。
それを理解できているのであれば問題ないさ」
小さく拍手してユリウスは満足そうに微笑み、申し訳なさそうな顔をする光太郎を励ます。
The Foolには異常を見受けられなかった以上、光太郎か外的要因に違いない。
「わ、分かった」
「それじゃ、とっとと終わらせてきてくれ。
あの程度なら二度目は苦労しない筈だ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「お腹、空いてきました………」
昼近くに差し掛かった頃に光太郎達はエウレカ学園に到着し、食堂の賑わいを見ながらエリスはお腹を押さえて食堂から目を逸らす。
光太郎は空腹よりもユリウス目線で余裕、と断言されて何とも言えない表情で学園内を探し回っていた。
「ユリウスの奴、簡単に言ってくれるよな………」
「それだけユリウスさんが期待してる、ってことですよ!
──食堂、寄りません?」
「ま、そういうことにしとくか。
そろそろ昼だし、飯食ってから再開しようぜ」
目を逸らすのも限界なのか、食堂の近くで一歩も動かなくなったエリスに苦笑して一緒に食堂に入ろうとした瞬間、
『緊急警報、緊急警報。
ランクCモンスターが学園内に侵入しました。
生徒は速やかに避難して下さい』
「──は?」
「光太郎君、避けて……!」
学園中に響き渡る音声と共にエリスが警告し、紫色の弾丸を左に避けた光太郎は腰に携えたカードケースごと上空にThe Foolを投げると空中で四散し、光太郎を漆黒の光が包み込む。
一度目は無我夢中だったが、二回目となれば冷静に状況を把握することができた。
『
『
選定されし星の担い手と成りて、邪悪なる者への鉄槌を!』
【ツギハコロスゾ、The Fool………!!】
『
自動音声が終了して漆黒の竜を象ったようなマントと全身鎧を纏った光太郎は向かってきた
相手のスピードと鎧の硬度が合わさった一撃は屍人を勢いよく吹き飛ばすも、
「光太郎君、無理はしないで……!」
「めっちゃ早い……!?」
屍人は何事もなかったように立ち上がり、屍人とは思えない速度で光太郎を取り囲むように走り回る。
屍人の特徴は物理攻撃が通り辛い代わりに、一度損壊すれば一気に瓦解するような脆い肉体を持つ。
それ以外は人間と同じくらいの能力しか発揮できないとエリスは習っていたが、目の前の屍人は常識を逸していた。
【オマエニハマケナイ、オネエチャンノタメニモ、マケラレナイ……!】
「お姉ちゃん……?」
声を荒らげる屍人の叫びの中に微かに聞こえた言葉に光太郎が反応し、距離を保ちながら相手の言葉に耳を澄ませようと動きを止める。
それを好機と見たのだろう、屍人は躊躇うことなく自身の腹に爪を立て、緑色の血を流しながら徐々に膨張する紫色の腐敗臭のする弾丸を創り始めていく。
『キサラギ、何をやっている!?
相手に猶予を与える暇があるならケリをつけろ!!』
屍人が次に話す言葉を一言一句聞き漏らさないようにしていた光太郎の脳内にユリウスの怒声が響き、光太郎は屍人から目を逸らさずに怒鳴り返す。
「んなこと言われたって、無茶があるだろうが…!」
『Limit Over は知っているだろう?
あんな雑魚、とっとと始末したまえ』
相手が元人間であろうと容赦しないユリウスへの怒りを押し殺し、光太郎は吐き捨てるように呟く。
「……知ってるけど、使わねぇよ」
『──何だと?』
ユリウスの静かな怒りが伝わり、光太郎は無意識のうちに唾を飲み込んでいた。
だが、仮に逆らってはいけない対象だとしても。
「俺は殺すんじゃない、ぶっ飛ばすだけだ!!」
──不殺の決意だけは、決して曲げるつもりはない。
『………キサラギ』
「あいつは元々人間だ。
なら、説得出来る筈だろうが……!」
『そこまで言うなら好きにしろ。
だが………』
ユリウスの言葉は途切れ、一撃で膨れ上がった紫色の弾丸ごと屍人が両断される。
人並み外れた剣速に切り口から緑色の体液が遅れて噴き出し、ゆっくりと、光太郎の前に立つ男を睨みながら崩れ落ちた。
『──
ユリウスの宣言と同時に何の前触れもなく鮮血のように赤く短い髪を撫で、仏頂面で光太郎を睨む青年が立っていた。
「あ、アルカナナンバー、4………!?」
『彼はThe Emperor。
戦闘力ではこの国でNo1に君臨し、私以外には一度も敗北しなかった男さ』
エリスが震え出し、ユリウスは満面の笑みを浮かべて光太郎を嘲笑う。
最強と呼ぶに相応しい男を前に、光太郎はどのような反応を見せるのか。
それを見たいが為に、マイケルを扇動して彼がいる時に襲撃させたのだ。
「……殺す必要、あったのかよ」
光太郎は理不尽な決着に思ったように声が出ず、絞り出すように震えながら男に問いかける。
これで自己満足の為というなら、間違いなく抑えている拳は男に迫るだろう。
「無辜の民を害する可能性があれば、容赦など不要だ」
「──────そうか」
怒りを堪え、光太郎は男の肩を強く掴む。
不意打ちを警戒していた男は興味を惹かれたのだろう、光太郎を真っ直ぐに見据えた。
「まだ、何か用か?」
「ああ。
なんで、人を殺して後悔しねぇんだよ……!」
日本の常識とこの世界の常識。
違うことは分かっているし、人を殺すことに躊躇いを見せれば此方が殺されることも分かっている。
だが、敵だとしても、殺してしまったのであればせめて祈りぐらい捧げても良い筈だ。
「俺が、奴を殺したと?」
だが、男は不愉快そうに光太郎を睨み、付き合ってられないとばかりに踵を返して去ろうとする。
それを、
「違う、なんて言わせねえぞ。
俺がこの目で見たか───!」
「──死体、いや、抜け殻を見ろ」
光太郎の糾弾が男の歩みを止め、振り返っては先程切り捨てた
「抜け、殻?」
「確かに、抜け殻です………!」
理解出来ずに考え込む光太郎を心配しながらエリスは
「
ユリウス、The Hanged Manにそういった能力はあるのか?」
『いや、全くないとも。
正直言って、偽物のアルカナナンバーはオリジナルとは全く別物と言うべきだね』
光太郎との通信からThe Emperに切り替えたユリウスは溜息混じりで答え、調査結果を基にした意見を長々と説明していく。
ユリウスの声が聞こえていない光太郎とエリスは首を傾げたままThe Emperを見つめるが、一切目線を合わせないようにか苦虫を噛み潰したような顔で上空を見上げるばかりだった。
「了解。
俺は作戦本部に帰投する」
『お疲れ様。
あの程度の雑魚で申し訳ない』
「思っていないことを口にするな」
要点を敢えて纏めなかったであろう話に付き合わされ、言葉の端々に苛立ちを露わにしながら通信を切ろうとするThe Emper。
だが、ユリウスは悪びれることもなく、顎に手をついて司令官のように挑発の意味を込めて笑ってみせる。
尤も、The Emperとは音声でしか通信していない為、ユリウスの行為に特に意味はなかった。
『実に手厳しい意見をどうも。
いやぁ、偽物の上に抜け殻とは………
量産化出来る可能性が高く、本物よりも使い易い。
これなら売れるかもしれないね』
感心したように思ってもいない美辞麗句を並べた後、ユリウスの声のトーンが一変する。
『──舐められたものだ』
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