十三ページ目・不穏の片鱗

保健室を出た後、ワセラン達はマーキュリーには挨拶をせずに立ち入り禁止と校則で定められたエウレカ学園の屋上にいた。


「さて、そろそろ見つけた頃か?」


軽口を叩くワセランにユリウスは眉を顰め、苛立たしげに前方に見える集団を睨む。


「……だろうが、最悪だな。

小鬼ゴブリン共の軍隊が10k先だ」


下卑た笑いを浮かべる小鬼ゴブリン達はユリウスに見られていることに気付かず、隊列を一切崩すことなく行進を開始する。

小鬼ゴブリンは頭は悪いが、残忍な性格と学習能力だけは比較的高い方だ。

時には竜退治よりも面倒な割に、勲章などは貰えない為か戦いたくない敵として上位に君臨している。


「良く見えるなぁ………

あの距離を魔術なしか」


「遠見はあまり得意ではなくてね。

奴を焚きつけた以上、キサラギ達には小鬼ゴブリンを委ねる余裕はないだろうさ」


何も見えねぇ、とぼやくワセランにユリウスは溜息を吐いてからニヒルな笑みを浮かべる。


「──つまり?」


「ワセラン、Aランクの騎士団に連絡してくれ。

余程の強敵で無ければすぐに殲滅される筈だ」


あくまでも自分が倒す気はない、という意思を示したままユリウスは騎士団の中でもAランクを指定した。


余談だが、騎士団、というものはエウレカ学園の有志、又は一部の才能や魔法などを持つ者は参加を義務付けられている。

基本的に魔術や魔法の習得量などでランクが決定し、一般兵のEから特殊部隊のA迄が選抜特待生アルティマニアではない学生が選ばれることになる。

選抜特待生アルティマニアといえば、ゼノフィア王国の近衛騎士団に所属し、王国の重要人物の守護にその人生を尽くすことが殆どだ。


「自分の手は下さない、ってか。

良いぜ、ユリウスだと断るだろうしな?」


「私自ら出れば良い、などとほざかれては迷惑だ。

今はやることがあるのだよ」


普通であれば、たかがDJにランクAの騎士団を動かす権限はない。

だが、ワセランはDJの傍らに行っている副業によって表裏問わず顔の広い人物であることをユリウスは知っていた。

貸しを作っておこうと思ったのだろう、皮肉を口にしながらもワセランは大鷲を屋上に喚び出す。


「はいはい、分かったよ。

じゃ、連絡してくるわ」


文句を言いながらもワセランは大鷲に飛び乗り、雄大な姿を誇るように上昇する大鷲を見送りながらユリウスは今までに起きた異変を整理していく。


「逆位置のThe Hanged Man、繁殖期の小鬼ゴブリンの襲撃、キサラギの魔法…………」


これが議会に報告されればたちまち議会は大騒動になること間違いなしの案件が、この後も起きそうな予感

にユリウスの好奇心は疼くばかり。

マーキュリーが聞けば説教ものだが、今は地獄耳といえども少女にかかりっきりだろう。


「実に、興味深い」


アルカナナンバーに秘められた謎、召喚獣、特殊魔法に古代文明の遺産………

それらに興味を持つユリウスは、新たに増えた興味の対象としてキサラギ・コウタロウを加え、暫くの間満足げに屋上から街中を眺めるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『久しぶりだな、ワセラン!

お前とこうして話すのも一年ぶりか?』


久しぶりに聞いた親友の声に自然と素の笑みを浮かべ、電話越しに元気な姿を思い浮かべる。

ゼノフィア王国では機械よりも魔法で会話することが多いのだが、ワセランとガエタンが会話する時は敢えて普段は使わない固定通話機オールド・マージと呼ばれる物を使うことにしていた。


「記憶力良いなぁ、ガエタン。

誰といつ話してたかなんてすっかり忘れちまった」


『DJなんだから覚えておかなきゃダメだろ!』


「そりゃそうだな!」


基本的にあらゆる物事を完全に記憶しているが、ワセランは最初に道化になることで常に気を張っている親友の気持ちを解そうとし、敢えて本題を切り出さずに雑談を続ける。

用件と依頼人を考慮すると、単刀直入に言った時点で即座に拒否されること間違いない。


『──で、話ってのは?』


積もり積もった話題が花開いたこともあり、ワセランとガエタンの話は二時間以上にも及んでいた。

そこで漸くガエタンが用件を思い出し、


「そうだった、そうだった。

お前の騎士団を動かして欲しい」


ワセランは気に留めてない素ぶりで応じる。

ユリウスには良い顔をされないだろうが、ワセランは大多数の一般生徒達のようにユリウスに怯えることはなかった。


『うちの団を動かせ、ってか………

良いけど、Sは勘弁してくれよ?』


冗談めかしく言ってはいるものの、ガエタンは僅かに殺気を籠めてワセランに問いかける。

Sランクは選抜特待生アルティマニアクラスの力無しでは間違いなく命を落とすとあるが、そもそもSランク自体あるのかすらガエタンには分からなかった。


「仮にあるとして、流石にSを気楽に頼めるかよ。

用件は10k先から小鬼ゴブリンの軍隊がエウレカ学園の方向に進軍してる、っていうタレコミがあった。

ランクはCだが、大丈夫か?」


ワセランは呆れたように呟き、ユリウスがワセランに伝えたことをそっくりそのまま伝える。

Cランク以上は突然変異オーバーソウルがある為、確実に討伐可能なAランクの騎士団をユリウスは希望したのだろうとワセランは睨んでいた。


『……小鬼ゴブリンの軍隊か。

ああ、油断しなければいけるだろう』


「頼むぜ、ガエタン。

小鬼ゴブリン共の軍隊なら最悪学生達で返り討ちに出来るかもしれんが、市民はかなりキツい」


渋々承諾したようなガエタンに同情しながらも、彼の正義感を刺激する為に小鬼ゴブリンの被害を受ける対象として市民を挙げる。

小鬼ゴブリンは人間の肉を好み、人間をどうやれば増やすことができる方法どの個体も知っているらしい。

それだけに、ワセランも野放しには出来なかった。


『了解した。

今から出撃する』


通信が切れ、ワセランは舌打ちしながら保健室へと息を切らして走り出す。


小鬼ゴブリンの軍隊がエウレカ学園に……

ったく、何の用があるんだろうな」


ユリウスが仕組んだのか、帝国の干渉か。

答えの出ない思案にワセランの苛立ちは徐々に募り、傍を通りかかった一般生徒達は腫れ物に触れるかのようにワセランを見送ったのだった。

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