十二ページ目・何故、人は力を求めるのか

血相を変えて走り出したマイケルは治ったばかりの身体を酷使するように全速力で走り、徐々に視界が霞んでいく。

一部の金持ちしか相手をしないような腕の良い医者とは違い、素人の治癒魔術であればこれでもマシな方だ。


『何故、力を持っていない。

姉を救えないお前に価値は?

生きる価値は、あるのか?』


「お、俺は…….…!」


自分を苛むような幻聴が聞こえ始めた頃、裏路地に入ると同時に意識が遠のいていく。

すると徐々に、徐々に幻聴は消え、くぐもった男の声が聞こえ始めた。


『久しぶりだな、マイケル。

お前はThe Hanged Manの力を使いこなせたか?』


「……いや。

The Foolとかいう変な髪型をした男に氷漬けにされた後は覚えていない。

どうして、俺は生きて……」


氷漬けにされた時、明らかに自分は死んでいた。

にも関わらず、こうして生きている。

実はこれは死後の世界では、などとマイケルは考えていたが、男は指輪を見ろとマイケルに告げた。


『恐らく、宝剛石の力だろう。

最高級の身代わり石だが、どこでそれを手に入れた?』


「これは、姉さんが………」


『──なるほどな。

貴様の姉は、余程運が良かったのだろう

エンドゥリオファミリーは滅多に闇市に流さない以上、盗品か取引で手に入れたのだろうな』


男はそれを否定するように笑い、マイケルは指輪として加工された宝剛石を優しく撫でる。

宝剛石には大きなヒビが入ってしまい、一流の職人でも二度と直すことは出来ないだろう。


「……俺、そんな大事な石を」


『気に病むな、マイケル。

貴様の命は貴様の姉の宝剛石で助けられたものだ。

姉を想うのであれば、宝剛石を砕かれた原因となったThe Foolを殺せ』


マイケルは悔しそうに指輪を外し、男の誘いに乗りそうになるが、あの時の恐怖を思い出す。

最初は優勢であったにも関わらず、アルカナナンバーを一枚使われただけで圧倒的な敗北を喫した。



──また、戦えというのか。



召喚獣でありながら人の姿を得て世界を救った覇者と同じ、氷帝と呼ぶに相応しい、あの冷気に。



「──無理だよ。

逆位置のThe Hanged ManはThe Foolに勝てない」


勝ちたい、という気持ちを押し込んで男に告げる。

贋作は本物には敵わないからこそ。

格好良い創作物の英雄達には、決して、なれない。


『諦めてしまえばそこまでだ』


「無理だって言ってるだろう!

逆位置のThe Hanged ManはThe Foolに手も足も出なかった!!

俺に何が出来るんだ、言ってみろよ……ッ!」


男に実体があれば胸ぐらを掴んで怒鳴り散らしていたところだが、胸の内にある感情を吐露するだけで怒りを収める他ない。

カードを受け取った時も、何度か話した時も声以外の情報をマイケルに与えなかった。

そんな胡散臭い男に騙されて尚、マイケルはこうして男に縋りに来ている。


『落ち着け、マイケル。

貴様が勝つ為に必要なものは、これだけだ』


突如降ってきた小さな小瓶が頭に落ちて割れ、紫色の液体がマイケルの感情を蕩かしていく。

悔しさ、悲しみ、怒り、恐怖。

そういった感情が薄れるにつれ、


「こ、コレ、ガ………?」


『そうだ。

貴様は、最強だ』


「ユリウス、二、モ………?」


『当然だろう。

誰にも守られる必要はなく、誰も貴様には敵わない』


恐る恐る、この世界で最強と名高い男の名前を口にし、男は一切否定せずにマイケルを褒め称える。

褒められるとすぐに調子に乗り、簡単に騙される都合の良い玩具。

浮き立つマイケルを見て、男は嘲笑うような笑みを浮かべた。


「コレデ、コレデ………!」


幸か不幸か、マイケルは男に一切気づかずにその場を後にし、男は誰にも気付かれることなく路地裏に姿を現した。

白を基調としたスーツを着用し、剃髪した頭にスーツと同じ色の真新しい帽子。

男はポケットに仕舞っておいた煙草を手にすると、先に火をつけて紫煙をくゆらせて呟く。


「──扱い易い玩具だ。

踊れ、壊れるまでずっと」

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