十一ページ目・保健室の悪魔

それからワセラン達はユリウスの特殊魔術で学園に到着し、入室厳禁と書かれた保健室のドアを蹴破るように力任せに開けてみせる。

無論、保健室にいる患者の気分は彼等の関心にない。


「マーキュリー、いるかい?」


「ワセラン!

あんたが見舞いなんて、雨でも降るんじゃないだろうね」


すぐにワセラン達を追い出そうとした老婆はワセランの顔を見て苦虫を噛み潰したような表情になり、皮肉を口にしながら徐々に笑みを浮かべていた。

なんだかんだで仲が良い二人、とユリウスはマーキュリーとワセランを見比べ、似た者同士だろうなと考えると彼の笑いは止まらない。


「オレが見舞いに来ただけで雨は降らねぇって。

それより、あの坊主の容態は?」


唐突に笑い始めたユリウスを無視し、ワセランは当初の目的であったマイケル・ヴェルダーという名前の少年と彼にもたれかかる床まで伸びた一切手入れをされていない髪が特徴的な少女、背丈だけを見るなら幼女を見ながらマーキュリーに質問する。


「命は無事、意識は不明だよ。

いくら屍人グールの力を得たって、永久凍土に裸でいった馬鹿がボロっちい毛布一枚で寒さを凌ぎ切ろうとしてるようなもんさ。

生きてんのも………」


途中で言葉を噤み、マーキュリーは少女の頭をゆっくりと慈しむように撫で始める。

エウレカ学園の保健室にある道具で髪を整えてあげることはできず、髪を綺麗にするような魔術は発表されていない。

ワセランは唯一可能性のあるユリウスを強く睨むが、当のユリウスはどこ吹く風だった。


「男を救う為に必死な馬鹿が努力した結果さね。

誰にも頼りたくないから自分の血を使ってやる、なんて馬鹿げてるだろう?

でも、この馬鹿にはそれくらい大切なんだろうさ」


治癒魔術は魔法と比べ、魔力と自身の髪や血を使わなければ薬草と同じくらいの効力しか発揮しない。

ましてや、治癒魔術で死にかけの人間が息を吹き返すような効力を発揮したければ、見るも無残な姿に成り果てるか最悪死を覚悟する必要があるだろう。

それぐらい、治癒魔術は非効率で杜撰なものらしい。


「マーキュリー………」


マーキュリーは僅かに声を震わせ、悔しそうに保健室の天井を仰ぎ見る。

実戦訓練で死傷者が多発するエウレカ学園ではこういったことは珍しくない。

ワセランが慰めようにもマーキュリーは彼女を連れて別室に移動し、深い事情を知らないワセランがマーキュリーを引き止めることはできなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


一時間後。


「……ん、あれ……?」


「お、気がついたみたいだな」


「DJ、ワセラン……!?

それにユリウス・フラングメルまで!」


マイケルは目を覚ました直後の大物二人の登場で動転し、憧憬の念で二人を見つめる。

本来ならこうして話すことは凄く難しいのだが、二人がいる理由よりも二人と話せている自分に酷く興奮していた。


「これは実に光栄、といったところかな。

私の名前は忌避されているものと考えていたのだが」


「いえ、そんなことは………!

俺、貴方のファンなんです!!」


「珍しいこともあるもんだな、ユリウス?」


災厄の化身、帝国への切り札などと物騒な渾名と刃向かった人間への容赦ない私刑でユリウスは学園内に留まらず、王国、果ては敵国である帝国にまでその名が知られている。

暗殺、爆破、放火、落雷……と挙げればキリがない程の方法であらゆる個人、団体や議員達が殺害を試みたが、その全てを難なく防ぎ、逆らえないように自身の実験動物として使い潰すなどの非業の数々は畏怖の対象になるには充分過ぎるものだ。


「ああ、中々に興味深い。

畏怖か嫌悪しか抱かれたことはないが、これは存外悪くないな」


「あの、質問なんですが………

俺のThe Hanged Manは?」


ユリウスが悦に浸っている間、ベッドの下やポケットを探って見当たらないと嘆くマイケルにワセランは逆位置を指す偽物のThe Hanged Manを見せつける。


「悪いが、オレが没収させて貰った。

あんなのは使って良いものじゃない」


「そんな!?

俺の大切なものなんです、返して下さい!」


マイケルは慌ててワセランの持つThe Hanged Manに手を伸ばすも、高身長のワセランに低身長のマイケルの手ではThe Hanged Manに触れることすら出来ない。


「断る。

楽しい学園生活には必要ねぇと思うが、お前さんはなんでこいつを使いたがる?

偽物のThe Hanged Manのリスクは知っているだろう」


「…そりゃ、俺は十分に知ってますよ。

だけど、俺は姉さんを守りたいんだ。

いつまでも守られているなんて、絶対に嫌だ!!」


ワセランが説き伏せようとしてThe Hanged Manをマイケルに見せつけるとその隙を突かれ、マイケルはThe Hanged Manをワセランから奪い取ると一目散にエウレカ学園の裏路地に向かって走り去っていった。


「………ワセラン、ワザとだろう?」


「どうした、此処でやり合うか?」


悦に浸っていたユリウスはワセランを咎めるように問いかけ、冗談混じりの笑みを浮かべて手招きしてみせる。

そんな挑発を受けてもユリウスは全く動じず、


「いいや、寧ろ褒め称えても良いくらいだ。

これで奴は売人の元に行く」


「嫌だねぇ、全く。

人を弄ぶような美青年、ってのは性質が悪い」


揶揄うように見舞い品と思わしき林檎に手を伸ばし、ワセランは嘲笑うように齧り付く。

下品な食べ方だとワセランに呆れながらもユリウスはオレンジを掴み、お手玉のように遊び始めた。


「お前も大概だよ、ワセラン。

普通は説き伏せるべきじゃないのかい?」


「説き伏せるのは簡単だろうけどよ

人間、誰かの為に無茶する奴が悲惨な目に遭う時が……」


ユリウスに問われ、明るい人気者のDJワセランではなく、一人のワセランとして応える。


「一番、興奮するもんなんだぜ」


──人を弄ぶ、悪魔の笑みを浮かべて。

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