十ページ目・DJワセラン

「光太郎君、大丈夫………!?」


屍人グールを撃破し、確かな足取りから徐々に足取りが重くなっていく光太郎にエリスは駆け寄って支えるように鎧に手を触れる。


(こんなに、冷たいの………?)


いくら鎧とはいえ、触るだけで掌を氷漬けにしかねないぐらいに冷え切った鎧にエリスは違和感を抱く。

認証時の冷気や無詠唱での氷属性の特殊魔法。

The Foolが持つ筈の力とは全く違うものなのに、何故だろう。


「ああ、全然大したことな──」


戦闘Disarm終了ament


「光太郎君!!」


全身鎧が消えたと同時にThe Foolが光太郎のカードデッキに自動的に収納され、元の姿に戻った光太郎は無理して浮かべた笑みが消えて勢いよくエリスにもたれかかるように倒れ込む。


「無理、し過ぎです………」


そんな光太郎を見たエリスは自身に強化魔術を使用して受け止め、慣れない行為に四苦八苦しながらも光太郎を背負って歩き始めた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



それからアヴリル邸まで休み休み歩き、通学路からアヴリル邸が少し見える辺りに到着した頃。

強化魔術を使用しても疲労は積もったのだろう、エリスは公園のベンチに光太郎を降ろすと自分の額から流れる汗を小さなハンカチで優しく拭う。

強化魔術は丈夫な肉体があってこそ、と良く雑誌に載っているが、男性を背負って歩けるほどの体力はエリスにはなかった。


「光太郎君、大丈夫かな………?」


自分の魔術でも治療出来なくはないが、特級武装アルティマ・ウェポンの副作用となれば自分の魔術が原因で症状が悪化する可能性がある。

せめて、と濡らしたタオルでエリスが光太郎の顔を拭いても蒼白のままだった。


「──大丈夫かい、The High Priestess?」


「は、はい……って、DJワセラン!?」


浅黒い肌に飄々として掴み所のない雰囲気を醸し出す20代くらいの男はエリスに一瞬見惚れていたものの、すぐにいつもの調子を取り戻す。

DJワセランは女好き、という噂は本当らしい。


「オレの名前をThe High Priestessが知ってる、ってるのは光栄だね。

ま、今は急いでThe Foolをアヴリルの家に運ぼうか」


「どうして、それを………」


「ちょいとすまんが、お前さんの背に来客も乗っけるぞ………!」


エリスの質問に答えずにワセランが指笛を吹くと南から太陽に照らされた巨大な鷲が滑空し、三人に激突すると思いきや、恐怖で閉じた瞼をゆっくりと開けばエリスの視界には広大な青空と見慣れた街並みが広がっていた。


「これが、DJワセランの日常………」


「そういうこと。

相棒も狭い放送室は嫌いなんでね、初めはかなり苦労したのさ………

よし、見えたぜ………!」


ものの数分でアヴリル邸の玄関に到着し、ワセランが光太郎を担いで鷲から飛び降りるとエリスはおっかなびっくりで慎重に降りていった。


「辿り、つけた………」


「アヴリル邸には魔術か空を飛んだ方が早い、ってのは知ってるよな?

まぁ、ワイルドに陸路を突っ走るファンキーな野郎ぐらいに良いバイクがあるなら陸路もアリだが」


疲れがどっと押し寄せてふらふらし始めたエリスは玄関先で安堵の溜息を吐き、ワセランと共にアヴリル邸の中へ入っていく。

この時、後にエリスは光太郎を預かってワセランと玄関先で別れるべきだったと後悔することになるとは当時のエリスは思っていなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



リビングに続くドアがゆっくりと開かれていき、光太郎達が見たと思われる膨大な魔力の説明を求めて勢いよく駆け出したユリウスとアヴリルだったが、


「わ、ワセ、ラン………」


「………最悪の来訪者だね」


ワセランを見た途端、げんなりとした顔でソファに座り直す。

明らかに歓迎されていないムードであったが、ワセランは全く気にすることなく床に座るとエリスを椅子に座るよう微笑みかけた。


「珍しい組み合わせだな、お二人さん

アヴリル教授とThe──」


「ナンバーはやめろ、ワセラン」


二人の年齢差がかなりあっても呼び捨てにするユリウスに苦笑し、ワセランは思い出したように前屈みになると、


「すぐに勘付かれると思うが、お前さんの意思を尊重してやるよ。

それと、アルカナナンバーの偽物は保健室に投げ込んどいたぜ」


「………感謝はしよう。

保健室であれば、逃亡や自殺の恐れはない」


エウレカ学園に通う人間は卒業までに誰もが一度は対面する保健室の悪魔。

無論、淫魔サキュバス夢魔インキュバスのような男女にとっての憧れとは程遠い存在を思い出し、冷や汗をかきながらユリウスは納得した。


「だろう?

ま、奴さんの体力はオーバーキルレベルのThe Foolの魔法と逆位置のThe Hanged Manの影響で死にかけだ。

無事に済むと良いがねぇ」


飄々と笑うワセランと次第に顔が青ざめていくユリウス。

端的に言えば、The Foolの魔法は使

その前提が覆されることは何千年続く歴史の中で、一度も起こりえなかったからだ。


「……待て、キサラギが魔法を?」


脳が未知の状況への理解を拒み、衝動が体中を駆け巡る。

人間は追いつめられていくと時折予想外の力を発揮することがあるが、ユリウスはそれを意図的に引き起こそうと自身にプレッシャーをかけていく。


「おいおい、そっちが重要かよ!

情報源に死なれたら面倒だってのに、The Foolの心配じゃなくて魔法ときたか。

お前さんには人情がねぇなぁ」


「あいつがこれで死ぬならその程度で切り捨てるが、あの規模の魔法をキサラギが使ったとなれば実に興味深い!

歴代のThe Foolと何が違うのか、他のアルカナナンバーに影響があるか………

実に研究意欲が湧いてくるじゃないか!!」


ワセランの言葉を戯言と聞き流し、ユリウスは興奮のあまり震えだす両手を強く握り締め、独自の理論とデータの整合性を確認する為に召喚獣の腹を撫でて浮かび上がる膨大なテキストを一瞬で把握する。

あらゆる分野をそつなく、また専門家を上回る成果を挙げるユリウスは選抜特待生アルティマニアの麒麟児、などと表現する者もいるが、ワセランは真実を知らないリスナー達を偶に羨ましく思う。

そういった勘違いができる程、戦火とは無縁の地域に住んでいるのだろうと。


「「……」」


「悪りぃ。静かにしてるわ」


「───」


ワセランが感傷に浸っていると光太郎の治療に専念していた二人の視線が主にユリウスに向けられ、ワセランがおどけたように両手を挙げてすぐにユリウスを連れて外に出る。

ユリウスは外に連れられながら何か物申したげにワセランを睨むが、敢えて陽気に笑うワセランは全く意に介さない。


「全く………、エリスは順調?」


「はい!

アヴリル教授のお陰で、いつもより魔術の持続時間が長く保てていますから………」


ワセラン達が外に出たことを確認したアヴリルは溜息を吐き、紅茶を飲みながらエリスの魔術をサポートする為の呪符に力を籠める。

元々は他者に魔力を分け与える箱をユリウスが作り出したものだが、特殊なアヴリルの魔力では扱い辛いということもあり、アヴリルは独自に改良した手製の物を使用している。


「ま、私がサポートしていない時もこれくらい持続させられるようにしていきなさい。

私もずっと居られる訳じゃないんだから」


「はい、頑張ります」


アヴリルの言葉を受け、真摯に応えるエリス。

自らの無力さを理解しながらも一生懸命に取り組むエリスをあたかも姉のように見守り、アヴリルはエリスに期待して一枚の証明書にペンを走らせるのだった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



──同時刻、アヴリル邸前。

アヴリルから逃げるように屋敷を出た二人は視線を合わせないように空や庭を眺めていたが、実に嫌そうな顔でユリウスは口を開く。


「──ワセラン」


「なんだ、喧嘩したいなら後にしてくれ」


「そんな無益なことに時間を割けるか。

それよりも、保健室に用がある」


軽く呆れ顔で流そうとしたワセランをユリウスが強く睨み、欠伸を噛み殺してから覚悟を決めたような顔で微笑みかける。


「了解。

付き合ってやるよ、ユリウス」

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