九ページ目・初陣

『──認証不可エラー


「なんで、失敗するんですか……!?」


「エリス、前見ろ………!」


困惑して動きが止まったエリスに屍人の拳が迫り、光太郎は乱暴にエリスを抱えて真横に飛び移る。

すると屍人グールの拳は光太郎の後頭部を擦り、ゴムのように勢いよく屍人グールの元に戻っていった。


「あの野郎、ゴム人間かよ………」


『実際はバネだろうけどね』


初めて見る屍人グールの攻撃にギリギリで回避を続ける光太郎の脳内に空気を読む気のない声がまたも響き渡り、光太郎の怒りは頂点に達しかけていた。

毎回の煽りと役に立たない指摘、必要な情報を勿体ぶるあの態度。

こうなると、怒鳴りながらも光太郎の意識が屍人グールに向いているだけマシと言えよう。


「んなことはどうでも良い!

ユリウス、なんか策出せ………!」


『せっかちだねぇ、キサラギ。

愛しのエリスがそんなにも心配かい?』


「い、愛しのって………!」


苛立ちから一転、怒りを忘れてしまうような煩悩が光太郎の思考を邪魔するように思い浮かぶ。

今朝の騒動も相まって、光太郎はエリスを妙に意識していることをユリウスは知っていた。



──怒りの赴くままに戦えば命がいくつあっても足りやしない。

まずは怒りを無くすことから始めよ。



今は亡き師匠の言葉に苦笑し、ユリウスは勿体ぶるように光太郎に尋ねる。


『間に受け過ぎるのは玉に瑕、という奴さ。

それより、打開策が欲しいんだろう?』


「ああ、あるならとっとと言ってくれ!

死んだ後に言われても無理だからなぁ!!」


光太郎の反応に虚をつかれたような顔で硬直し、思わず顎に手を当てて感心したように何度も頷いていた。

確かに、光太郎が死んでしまっては元も子もない。


『ほう、面白い表現をするものだね。

君には色々尋ねたいことがあるが………、エリスのやり方は見ていたのだろう?』


「見ていた、って………まさか!?」


『勘が鋭くて最高だよ、キサラギ。

多少のリスクはあるが、これしかない』


ユリウスはダミーの大アルカナを手に取ると入念にシャッフルしたのにも関わらず、自然に逆位置を指す愚者のカードを引いて納得する。

本当に、愚者は如月光太郎という人物を継承者に選んだのだと。

──後は、光太郎の覚悟次第。


「──良いぜ、俺は何も気にしねえ!!」


光太郎の答えに初めて笑みを浮かべ、ユリウスはダミーの大アルカナが光り輝いたことに気付く。

愚者は多くの失敗作を生み出し、たった一度だけ成功した人物がいた。


『最高の回答に感謝するよ、キサラギ。

さぁ、答えあわせと行こうか』


──如月光太郎は、失敗作か否か。

大アルカナに再度触れた時に浮かべたユリウスの笑みは、先程とは正反対の意味を持っていた。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



「光太郎君、本気………!?」


エリスの動揺は光太郎にも理解できる。

ユリウスは元々、無償で協力してくれるような聖人ではないと光太郎は分かっている。

それでも尚、誰かを救う選択肢が手に入るとしたら。


「ああ、俺は人類の幸せを願う男だからな!

この程度で終われるかよ………ッ!!」


──この男は、己へのリスクや代償を恐れない。


認証開始start-up、アルカナナンバー0・The Fool』


選抜特待生アルティマニアとして命ずる!

選定されし星の担い手と成りて、邪悪なる者への鉄槌を!』


無意識のうちにカードケースごと上空にThe Foolを投げると空中で四散し、光太郎を


「光太郎、君………?」


エリスは光太郎に触れようとしても、光は徐々に絶対零度の暴風となってエリスを拒むように吹き荒れていく。

光太郎に呼びかけても、反応は一切ない。

魔力が徐々に強まっていく光太郎を異常と感じてエリスがユリウスに魔力通信テレパスを送ろうとした瞬間、


認証完了コンプリート


「これが、特級礼装アルティマ・ウェポン……」


自動音声が終了したと同時に幻とされる漆黒の竜を象ったようなマントと全身鎧を纏った光太郎が感心したように呟き、エリスは驚きのあまりその場に卒倒していた。

倒れた理由は残念なことに、エリスが自信満々に解説しようとした特級武装アルティマ・ウェポンは肝心なところで使えず、初めて特級武装アルティマ・ウェポンに触れた光太郎が使用できたのを見て調子に乗った自分が恥ずかしくなっただけである。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



『………キサラギ、キサラギ!?

待て、今のThe Foolは正位置と逆位置、どちらを向いている!』


光太郎は必死になっているユリウスの声に疑問を抱きながらいつのまにか現れたカードデッキから愚者を取り出し、裏が白銀に変化した逆位置を指す愚者を見ていた。


「今は………、カードが逆になってる」


『────』


光太郎の答えにユリウスは声を失い、 黙ったまま必死になって思考を巡らせる。

The Foolを使用したとはいえ、規格外の膨大な魔力と季節外れの絶対零度。

成功例と失敗例の全てを網羅しているユリウスでも、今の光太郎は計算外だった。


「ユリウス?

おい、どうしたんだよ」


『今す───』


光太郎が呼びかけてもユリウスの反応はなく、僅かにくぐもった声が聞こえた後に一切聞こえなくなった。

何を言いたいのかは分からないが、強化魔術が無くても今ならあの敵に勝てるだろう。

過信や希望論ではなく、だ。


「悪い、待たせたな」


【オマエ二ユウヨヲアタエタダケダ。

オマエハ、オレニカテナイ。

サキホドノセントウデハンメイシタ】


屍人グールは片言で嘲笑うように指を指し、屍人グールの肩口から自然と噴き出た緑色の体液を新たな腕として再生した。

光太郎は後に知ることになるが、屍人グールは腕の本数と体躯の大きさで強さが一気に変動する。

例えば、光太郎の目の前にいる腕が三本生えた一般的な体躯の屍人グールであれば、一般学生達が五人で抜群のチームワークを発揮して漸く仕留められるかどうかといったところだ。


「そうか、助かったぜ」


【イサギヨクシヌナラジヒヲヤロウ。

モシサカラエバ………】


「──あんたがよく喋る敵で」


屍人グールの言葉を遮るように呟き、光太郎はゆっくりと背を向いてエリスの方を向いて歩いていく。

光太郎は魔術も魔法も唱えていない。

また、誰かが魔術や魔法を使用していない。

にも関わらず、

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