第2話 トレッキーな雷人は抽選で転生の権利を獲得した

 ある日曜日、SF映画のリバイバル版を映画館に観に行った帰り道。三上みかみ雷人らいとは運転していた車で追突事故を起こし、死亡した。


「おめでとうございます。交通事故死亡者限定キャンペーン期間中に亡くなった方の中から抽選を行い、貴方あなたに特賞が当たりました」


 落ち着いているが、しかし頭の中に響くような声で、雷人は目を覚ました。どうやら下を向いて立っているらしい。


「……僕はどうしたんだ?」


 雷人はぼんやりする頭をゆっくり振りながら、顔を上げた。

 雷人の目の前には黒髪で大きな群青色の瞳をした整った顔立ちの少年が立っている。少年は無表情で雷人を見ている。


貴方あなたは先ほど亡くなりました」


 少年が淡々と言った。

 雷人はその言葉で自分が交通事故にあったことを思い出す。『僕が死んだ? そんな馬鹿な!』と雷人は目を白黒させる。


「特賞は記憶を保持したままの未来の好きな時代への転生。もしくは本日0時からのやり直しです。ご希望はどちらですか?」


 動揺する雷人には構わず、少年が言葉を続けた。


「……転生? ラノベじゃあるまいし、君は誰なんだ?」


 雷人がくし立てる。


「私はグレン。神様のようなものだ。忙しいので詳しいことは割愛する。貴方あなたの後に抽選結果を待っている人が、まだ100名ほどいるんだ。手間をかけさせるつもりなら、特賞を取り消させてもらうよ」


 グレンは急に口調を変えると、脅すようなことを言いながら、苛立ちの表情を浮かべた。全く状況が理解出来ないが、せっかくの特賞が取り消されるのは惜しい気がして、雷人はそれ以上の追及を止め、口をつぐむ。


「転生とやり直し、どっち?」


 グレンが再度、ぶっきらぼうに質問する。

 その言葉に雷人は考え込む。未来の好きな時代への転生か、今日のやり直し。本当に死んでしまっているならどちらを選ぶべきか。今日をやり直せば、交通事故を無かったことに出来るだろう。そちらを選ぶのが無難だ。だが……


「未来に転生っていうのは、例えばワームホールを使って時空を超えることが出来る技術が確立した時代に転生したい、というリクエストも可能って事かい?」


 雷人が真剣な表情でグレンに訊ねる。


「可能だよ」


 グレンはそう言うとしばらく沈黙し、いぶかしむように眉をひそめると口を開いた。


「ワームホールって、君。トレッキーみたいなこと言うね」

「ッ! ト、トレッキーだなんて心外だな! 僕は海外ドラマが好きなだけだよ。海外ドラマを見る上でスタートレックとえっくすファイルの知識くらい持っていないと、ドラマ中のジョークも理解できないだろ」


 雷人は顔を真っ赤にし猛然とグレンに反論する。


「そういうものかな?」

「そういうものなの!」


 首を捻るグレンに雷人が言った。


「まあ、何でもいいや。とにかく、ワームホールを使って時空を超える技術が確立した時代に転生させることは可能だ。未来への転生にするかい?」


 グレンは気を取り直し、雷人に確認する。


「マジ? 是非、未来に転生でお願いします!」


 雷人は嬉しそうに答える。


「家族には二度と会えないし、記憶は保持されるけど未来では全く役に立たないと思うよ。それでも良いの?」

「問題ないよ! ワームホールの技術が確立した時代に行けるなら、そんなの大したことじゃない!」


 グレンの忠告を雷人は笑い飛ばす。


「わかった。では、転生する時代や場所の簡単なオリエンテーションを行おう。オリエンテーション終了後、君の転生措置を行う」


 グレンはそう言うと、体の前で手を大きくゆっくりと振る。するとまばゆい光を放って凝った装飾の姿鏡が出現した。出現と同時に鏡面に映像が映し出される。


「君が転生する時代、地球は環境破壊が壊滅的に進み死の星となっている。人類は地球を離れ、新しく植民することが可能な星を求めて宇宙を旅している」


 グレンの言葉に呼応こおうして、巨大な宇宙船が真っ暗な宇宙を進む映像が鏡に映し出される。雷人は瞳を輝かせて「すごいッ!」と感嘆かんたんの声を上げる。


「人間は凍結胚の状態で保存され、宇宙船の管理に必要な人数だけ人工子宮を使って育成される。そして脳が成熟した段階で脳だけ培養液へ移される。君が転生するのもこういう運命の人間だ」

「……は?」


 鏡面に映る培養液に浸かった脳の映像を見ながら、雷人が間の抜けた声を上げる。


「体を保持するためのエネルギーを節約するためらしい」

「な、なるほど……」


 グレンの説明を何とか理解しようと、雷人は頭をフル回転させながら頷いてみせる。


「そして120年に一度、宇宙船はワームホールを使用して時空を超える」

「なんで120年?」


 雷人がまた疑問を口にした。


「脳だけの状態になっても、人類が健康に生きられる期間はその程度が限界らしい。所詮、有機物だからね。しかも脳は時空を超える際に重篤なダメージを受け機能を失う。その為、生存限界期間と時空を超える周期を合わせているようだね」


 グレンが答える。雷人はまた「……なるほど」と頷き、別の質問をする。


「ところで脳だけになっても映像コンテンツなんかの娯楽を楽しむことは可能なのかな?」


 さっきまでとは違う鋭い視線で雷人はグレンを見つめ、グレンの答えに耳を澄ませる。


「可能だよ。地球を離れる以前に作られたすべてのコンテンツを楽しむことが出来るし、別の植民星を探す他の宇宙船とも連絡が取れる技術も確立しているから、新たに作られたコンテンツも豊富だ。個人で君の時代の映画以上のクオリティの作品を作る人もいる」


 鏡面には雷人が見たことも無いコンテンツ映像が次々に映し出される。雷人は映像のクオリティの高さに圧倒された。


「……スタートレックの同人映画とかもあるのかな?」


 雷人が呟く。


「は?」


 グレンはいぶかしむように雷人を見る。


「いや、何でもない! 気にしないで! 十分理解した! さあ、早く僕を未来に転生させてくれ!」


 雷人は慌てた様子で、グレンをかす。


「わかった。では始めよう」


 グレンは雷人の前に手をかざす。すると雷人の体が光を放ち、だんだんと消え始めた。


「長寿と繁栄を!」


 雷人は消える瞬間、嬉しそうな笑顔でそう叫んだ。


 雷人が消えてしまった後、グレンはかざしていた手を下すと、ため息交じりにこう呟いた。


「……やっぱりあいつ、トレッキーだったな」と。

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